第6話 4月 フェリー乗り場(離島) kana
佳奈 kana
あかりとおしゃべりしていると、遠くのほうに島が見えてきた。
どんどん大きくなっていく島を見て、この船の目的地があの島なんだと、私は理解した。
「私たちって、どのくらい遅刻してるの?」
あかりに訊ねられたけれど、スマホがないから時間がわからなかった。
「時計探そうか」
そう言って、私たちは船室に戻った。
「まだ挽回できる可能性はある」
席に座って時計を見ると、私はなるべく小さい声で、あかりにそう伝えた。
「私たち以外に、生徒は誰も乗っていないのに?」
あかりが怪しむように言う。
「入学式って何時からなの?」
私はうるさいって注意してきたおじさんを、ちらっと確認してから応じる。
「入学式は明日だよ」
「えっ。じゃあ、今日はなにをするの?」
「入寮式」
理解したのか、ああっと声をあげながら、あかりが言う。
「いっしょにやればいいのにね」
「なんかね、二日に分けてやるから意味があるらしい」
「なんでよ」
「そうすると、島にお金が落ちるからって」
入学式は朝いちばんにやるから、参加する父兄は島に泊まらざるを得ないのだ。
うちのおばあちゃんからは、足腰も弱っているし、しんどいから行けないって言われたけれど、ほかの生徒たちのお父さんやお母さんが、きっとたくさん訪れるに違いない。
息子や娘が、これから三年間暮らしていく場所を、見てみたいだろうからね。
「海沿いの旅館がね、予約でいっぱいになるらしいんだよ」
「おお」
あかりが感動したように声をあげると、あのおじさんがこっちを見てきた。
私はあかりに目配せして、怒られないように静かにしておく。
あかりは、おとなしそうな見た目に反して、気が強い女だ。
おとなにも、絡まれたら平気で言い返す。
自分を育ててくれたおばあちゃんでさえ、大声で罵るほどの女なんだ。
ちょっと憧れるところもあるけれど、私は無益な争いは好まないのだ。
私たちは内緒話をするみたいに、ひそひそと話した。
そんなことをしているうちに、船は島へと到着した。
◇
どうせなら、いちばん乗りしてやろうと話し合って、先陣を切って船を降りる。
「風が気持ちいいけど、日差しが強くて、暑いねえ」
「4月でこれじゃ、夏、どうなるんだろうねえ」
そんなことを言い合いながら歩いていくと、「ようこそ学園の島へ」って書かれた大きな看板が目に入ってくる。
その横を通り過ぎると、小さな立て看板があることに気がついた。
潮風にさらされているせいか、薄汚れて、不穏な空気を醸し出している。
「『学園誘致反対』だってさ」
あかりが読み上げてみせる。
見なかったことにしてフェリー乗り場に入ると、エアコンの効いた涼しい風が頬をなでた。
まっすぐ歩いて建物を出たところで、私は立ち止まり、鞄から学園のパンフレットを取りだした。
建物から漏れ出す、涼しい風をほんのり浴びながら、パンフレットに目を落とす。
「急にどうした?」
「スマホないから、パンフレットの地図を見ようと思って」
あかりも寄ってきて、地図を覗き込む。
「佳奈ってスマホ持ってなかったんだね。私も持ったことないよ」
「あ、いや、私は持ってたんだけど、私用のスマホは持ち込み禁止って書いてあったから、おばあちゃん家に置いてきた。そのうち、解約される気がする」
「なあんだ」
なんで、残念そうなんだ。
それより、あかりのやつ、ほんとになんにも知らないんだな。
学園から送られてきた書類とか、一切見てなさそう。
しょうがないやつだから、私が教えてやることにする。
「入寮式のあとに、ひとり一台、学園から配られるらしい」
「へー」
あかりは、にやにやしはじめた。
「うれしいの?」
訊いてほしそうな顔してるから、訊ねてみる。
「いや」
どう見ても、うれしそうな顔で、あかりは否定してみせた。
私はどっちかと言えば、そこまで学校に管理されるの億劫なんだけど。
校則でスマホ自体を禁止されるよりは、ましだけどさ。
「それより地図見なくていいの?」
話が脱線して忘れてた。
「右行くか、左行くかってそれだけなんだけどね」
島をぐるっと一周するように道路が走っているのは、パンフレットを見て知っているから、どっちから行けば近いのかって、ただそれだけの話なのだ。
左だねって、私は言おうとした。
実際、言ったのかもしれなかった。
「邪魔だ」
耳元で大きな声がして、振り返ろうとしたとき、なにかが肩にぶつかって、私はふっとばされた。
とっさに受け身を取って、くるっと一回転して身体を起こす。
地面になにかを引きずったような、ずざーって音がして振り返ると、あかりが地面にびたーんって、うつ伏せに倒れていた。
受け身も取れずに、地面に這いつくばるなんて、こいつ、運動神経ないなってすぐにそう思った。
あかりは、よろよろと上半身を起こすと、周囲を見回して、大声をあげた。
「謝ってください!」
あかりは、私たちにうるさいって注意した、あの男性の後ろ姿に向かって叫んでいた。
そこで、私はなにが起きたのかを理解した。
ぶつかりおじさんってやつだ。
おじさんは振り返りもせずに、私たちが行こうとした、左の道を歩いていく。
「お、こんなところにでっかい虫がいるなあ」
道路脇の茂みに、見たこともない種類の、おっきな虫がいた。
私はそいつを無造作にもぎ取っていく。
「おじさん! 落とし物ですよ!」
おじさんに駆け寄りながら、声をかける。
振り返ったおじさんに、手の中に閉じ込めた虫を見せてやると、そいつは勢いよく、ぶつかりおじさんに飛びかかっていった。
「ひい」
あかりの悲鳴が聞こえた。
おじさんは声もあげられずに、腰を抜かすように崩れ落ちた。
「ざまあ! ばーか! ばーか!」
私はそう叫びながら、勢いよく駆け出していった。




