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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第三章 倒錯者たち
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第53話 8月 山中にふたり akari

  あかり akari


「地図、持ってきてないや」


 山道を早歩きで進みながら、佳奈が言う。


「地図なんてなくても、道は覚えてるから迷わないよ」


 山頂を目指すのも、これで四回目なんだから。


「わあ」


 どーんと大きな音がして、森の中に光の雨が降ってきた。

 どちらからともなく、感嘆の声をあげる。


「急がないと、間に合わないや」


 そう言って、佳奈が走りだす。

 私も走ろうとするけれど、浴衣姿じゃ上手に走れそうになかった。


「待って」


 大きな声で呼び止めると、佳奈が足を止めて振り返った。


「これじゃ動きにくい」


 私が帯を解こうと四苦八苦していると、佳奈が駆け寄って解いてくれる。


「こんなの、いらない」


 私は浴衣を脱いで、岩の上に載せる。


「いいの?」

「帰りに回収すればいいよ」


 下着姿になって、走りだそうとした私は、佳奈の様子を見て足を止めた。

 佳奈は、制服を脱ぎはじめていた。


「なんで、あんたまで脱いでんの?」

「ふたりでいっしょなら、恥ずかしくないでしょ」


 ひとりにさせたくなかったんだと、私にはわかった。


 佳奈は、制服のブラウスを乱暴に脱ぎ捨てて、下ろしたスカートといっしょに岩の上に置いてみせる。

 傷だらけの、誰にも見せたくない足を、私にだけは見せてもいいと思っている。


 下着姿で、私たちは駆け出していく。


「涼しくて気持ちいいや」


 走りながら、佳奈が笑う。


「ビキニの水着みたいなもんだね」


 私もそう言いながら、走る。


 好きだ。

 好きだ、好きだ、好きだ。


 大声で叫びたい気持ちを堪えながら、走る。


 どんどんぱらぱら。

 花火の音を聴きながら。

 光のシャワーを背中に浴びながら。


 解放感に包まれながら、私たちは、走る。


 早くしないと、花火、終わっちゃう。


 ◇


 山頂の広場にたどり着いたとき、花火の音は止んでいた。


 煙の匂いがするけれど、妙に、静かだった。


「えー、終わっちゃったのかなあ」


 山頂のベンチに向かいながら、私が声を漏らすと、


「まだ終わるなー!」


 と、佳奈が大声で叫んだ。


 ベンチに並んで腰かけると、走り疲れた私たちは、はあはあと、息を整える。

 夜の山頂から見える景色は、きらきらしていて、宇宙の星を見上げている気分だった。


「あっちが、打ち上げ場所かなあ」

「フェリー乗り場の近くの海岸って聞いた」

「じゃあ、あっちかな」


 島の夜景を見ながら、ふたりで話し合っていると、空が光った。

 遅れて、地響きみたいな、どどどどって音が迫ってきた。


 空に大きな花が咲いて、夜の山に、光の洪水が押し寄せてくる。

 私たちは声を失って、その光景を見つめた。


 私たちは、花火と同じ高さにいた。


「写真撮りたかったなあ。スカートのポケットに入れっぱなしだった」

「写真じゃ、この美しさは表現できないよ」


 あははって、楽しそうに笑う、佳奈の顔がよく見える。


 ああ、なんて、美しい景色なんだろう。


 私のからだは、その美しさに引かれて、勝手に動き出していた。


 佳奈、大好き。


 私は花火を観ることもしないで、佳奈の横顔だけを見ていた。

 その顔が、だんだん近づいてきて、私は彼女の正面に回り込んで、その唇にキスをした。


 大好きな人とするキスは、いままでしてきたどんなキスとも違っていて、頭のてっぺんから、足の先までしびれるような、そんな感覚がした。


 ずっとこのままでいたい。


 目を閉じて、花火の音が聞こえなくなるまで、私たちはそうしていた。


 静かになると、ふー、ふーっていう、佳奈の鼻息が聞こえて、急に恥ずかしくなった。

 頭がぼうっとしていた私は、そこで意識がはっきりして、佳奈の唇から離れた。


「花火、終わっちゃったね」


 夜の闇に包まれて、その表情ははっきり見えないけれど、佳奈の声は、少しだけ照れくさそうだった。


「きれい、だったね」


 クライマックスの、激しい花火の音だけしか、ろくに味わってもない気がするのに、私はそんなことを言う。


「美しい、景色だった」


 佳奈まで、そんなことを言うので、私は自然と笑ってしまった。


「走ってきた甲斐があるわ」


 そう言って、佳奈も笑っていた。


 ふたりでキスをしたことには、なにも触れないまま、何事もなかったかのように、私たちは山を下りていく。


「あった」


 置いてきた浴衣を発見して、もうすぐ家だとわかる。

 私は両手を広げて、着せてって、佳奈にアピールしてみせる。

 ふふっと笑って、佳奈が浴衣を手に取った。


「しょうがないなあ」


 また、浴衣を着せてもらう。


 先に制服を着ればいいのに、佳奈は下着姿のまま、私に浴衣を着せてくれようとする。

 差し出された浴衣に袖を通すと、佳奈が私の正面に回って、前を合わせてくれる。

 腰紐を結ぼうとして、私に抱きつくような姿勢になったとき、私は我慢できなくなってしまった。


 気がつくと、私は佳奈を抱きしめていた。


 下着姿の佳奈は、ほとんど裸みたいなものだから、人肌のあたたかさと、やわらかい感触が、抱きしめる腕から伝わってくる。


 なにしてんの、あかりって、呆れられるものだとばかり思っていた。

 それなのに、佳奈は、なにも言わずに、私の背中に腕を回してきた。


 力を込めて、抱きしめられたのを感じたとき、私は、生まれてはじめて、しあわせだって、心からそう思えた。


 好きって言葉を、このとき、言えたらよかった。


 素直に言葉にすることだけが、どうしてもできなくて、私はしばらく、なにも言わずに佳奈と抱き合い続けた。

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