第52話 8月 夏祭り2 akari
あかり akari
夏祭りの日は、女子寮の門限がなくなるらしい。
夜の外出なんて、いつぶりだろうって、なんだかわくわくしてくる。
日が沈む頃。
女子寮の外で、遥香と待ち合わせ。
どちらかの部屋に迎えに行って、いっしょに行けばいいのに、わざわざ時間を決めて待ち合わせしたいと言うから、3分前には部屋を出た。
待ち合わせって言われると、時間より早く行かないといけない感じがするから、結局、早く出ることになってしまうんだ。
待ち合わせ場所に決めた木の下へ行くと、すでに遥香が来ていた。
浴衣に合わせて、長い髪の毛をアップにしていた。
見慣れない姿に、改めて、遥香ってきれいだなって思わされてしまう。
「悔しいけど、きれいだね、遥香」
私が挨拶代わりに言うと、遥香は目を輝かせながら、
「うう、かわいい」
と、震えた声で絞りだすように、そう褒めてくれた。
自分が褒められたことも、忘れている。
あっさりした、佳奈のリアクションとは正反対だなって思った。
あいつって、私のこと、そんなに好きじゃないのかな。
「チューしたくなっちゃう」
いや、この女が私を、好きすぎるのか。
私は、周囲を見回してみる。
「人がいるからしないよ」
半ば呆れた調子で言ってやると、遥香はまんざらでもない顔をした。
「手、繋いで歩こうよ」
並んで歩きはじめると、遥香が手の甲で、私の腕をぽんぽんって叩きながら言う。
「どうしよっかなあ」
「えぇ、やだやだ」
そんなこと言いながら、じらされてうれしそうなんだよなあ、こいつ。
「遥香と手繋ぐと、『捕まった宇宙人』みたいになっちゃうから」
「そんなにおっきくない」
私は、無視して歩き続ける。
遥香が、「もう我慢できない」って顔をしているのを見て、笑ってしまう。
「デートなんだよ」
「ああ、恋人同士だったっけ、私たち」
このまま、要求に応えないでいたら、どうなるのか試していたら、ちょっとだけ腰を落とした遥香に、手をつかまれた。
「我慢できなかったの?」
「ごめんなさい」
そんなこと言いながら、ぎゅうって離さないように力を込めてくる。
遥香の「好き」が、繋いだ手から伝わってくるみたいで、心がずきずきした。
「お祭りだし、浴衣のお礼もしてないから、今回だけは特別に許してあげるけど、私がいいって言うまで、勝手なことしないで」
「はい」
しおらしく返事をしてみせながら、遥香はやっぱり、ご褒美もらったみたいな顔をしているのだった。
◇
学園の脇を通ると、校庭に生徒たちが集まっているのが見えた。
夏祭り実行委員会が企画した出店やら、出し物があるようだけど、あんまりおもしろそうじゃないので素通りしていく。
なんか盛り上がってはいるけれども、あくまで内輪受けって感じだった。
坂道を下り、学園の下の神社を見下ろすと、人であふれかえっていた。
「お祭りだあ」
遥香が感動したように声をあげる。
どんちゃんやってる音が聴こえるけど、どこから鳴ってるんだ。
鳥居をくぐると、どこから現れたんだっていう、浴衣姿の見慣れない人間たちが、出店に列を作っていた。
「すごい人だね、観光客なのかなあ」
「下の旅館、どこもいっぱいらしいよ」
私が訊ねると、遥香が教えてくれた。
「あ、お母さーん。こっち、こっち」
握っていた手を離して、遥香が家族連れに手を振っている。
「お母さん?」
私の声は、雑踏に消えた。
遥香は目立つから、すぐに見つけてもらえたみたいだ。
両親と弟、かな。
「遥香ちゃん、遅いわよ」
お母さんから、遥香ちゃんって、呼ばれているんだ。
「あの、この前話してたお友だち。あかりちゃん」
遥香が私を友だちと紹介している。
女の恋人がいることは、両親にはまだ内緒なのかな。
「こんばんは」
遥香のお母さんに声をかけられたので、軽く会釈を返す。
お母さんは、遥香よりは小さかったけれど、女性にしては大きい。
なによりも、お父さんがでっかかった。
たぶん、この神社に集まっている人の中で、いちばんくらいにでっかいんじゃないだろうか。
なるほど、そういう家系なのね。
納得していると、生意気そうな弟と目が合った。
目線が私と同じ位置にある。
「うわ、高校生のくせに、ちっさ」
遥香とおまえがでかいだけで、小さい呼ばわりされるほど、小さくはないんだよ、こっちは。
うわってなんだよ、うわって。
「あかりがかわいいからって、気を引きたいんでしょう?」
「ちげーし」
姉弟でわちゃわちゃしはじめた。
「行きましょう」
お母さんが、呆れた顔で子どもたちに声をかけている。
「あ、はあい」
遥香が返事をしている。
そういうことか。
遥香は、家族とここで待ち合わせをしていたんだ。
◇
楽しそうな、遥香たちを眺めながら、後ろを歩く。
なにか食べたいねって、家族四人で話してる。
私ってなんで、ここにいるんだろうな。
明らかに場違いだし、足が重たくなってくる。
遅れていると、遥香が振り返って、私に駆け寄ってくる。
「あかりは食べたいものとか、ある?」
「ないけど」
気の抜けた状態で、遥香の顔を見上げていると、
「歩くの疲れちゃった?」
と、心配そうに言われる。
「あっちに座ろっか」
遥香に手を引かれて、並べて置かれた仮設のベンチに腰を下ろす。
「確かにちょっと疲れたかも」
席につくと、一気に疲労感が襲ってきた。
隣に座った遥香の顔を見上げると、手をあげて家族になにやら合図を送っていた。
またいちだんと、疲労感が押し寄せてくる。
「家族旅行かなにかなの?」
「ん。なんか、私の生活風景を見たいんだって」
「へー。遥香がどんな生活してるか、知りたいんだ」
言いながら、しんどくなってくる。
「まあ、あれでも親だからねえ。来なくていいよって言ったんだけど」
「そんなこと言うの、よくないよ」
私の小さな声は、どんっていう大きな音で、かき消された。
「花火がはじまる合図かなあ」
遥香が立ちあがって、家族を手招きしている。
こっちに気づかないお母さんのところへ、遥香が駆け寄っていった。
親子で話している姿を、私は黙って見つめている。
なんでかわからないけれど、泣きそうな気持ちになった。
「姉ちゃんも食べなよ」
耳元で急に声がしたから、びくっとしてしまう。
振り返ると、たこ焼きを手に、もぐもぐやっている弟が笑っていた。
「おまえ、いいやつだね」
弟が、ははって笑った。
その顔、遥香によく似てるなあ。
差し出されたたこ焼きをひとついただくと、
「あたりまえだろ」
と言って、弟は胸を張る。
「熱っつ」
ひと口で放り込んだら、熱すぎて口の中が燃えたかと思った。
「ばかだあ」
と、指をさして、弟がぎゃははって笑いだした。
くそガキめって思いながら、頑張って咀嚼していると、弟もひと口でたこ焼きを放り込んで、「うお、熱っつ」って言いながら苦しみはじめたので、私は急いでたこ焼きを飲み込んでから、
「ばかだあ」
と、指をさして笑ってやった。
どうやら、私に対抗したかったみたいだ。
隣に座った弟と、ふたりでたこ焼きを食べ終わった頃、両親と話していた遥香が、ようやく私のところへやってきた。
私は立ちあがって、遥香に声をかける。
「お腹痛くなってきちゃったから、私、帰るね」
「え」
一瞬にして、遥香が悲しい顔をする。
下腹部を押さえて、演技をするつもりだった私は、無意識に胸を押さえてしまう。
「だって、まだ花火」
泣きそうな声で、遥香が言う。
恋人と、いっしょに花火を観るのが夢だったんだよね。
それは、わかるんだけど、私はここにいたくなかった。
ここに、私の居場所はないから。
「ごめん、遥香。なんか急にはじまっちゃったみたいで」
遥香はなにか言いたそうに、口を動かしているけれど、声はでていなかった。
「おおう」
遥香が私を抱きしめたのを見て、弟がびっくりしたような、変な声をだした。
「ごめんね、遥香」
遥香の胸の中で、私はそう言って謝った。
「残念だけど、また来年もあるもんね」
私を解放しながら、遥香は自分に言い聞かせるように、そう言っていた。
また来年、あるのかな。
そのとき、私たちって、まだ恋人なのかな。
「せっかく、ご両親も来てくれたんだし、家族みんなで楽しみなよ」
遥香は小さく頷いて、私を見送った。
遥香は私の嘘に、気づいていたのかな。
なんとなく、見透かされているような気がするのは、私が罪悪感を抱いているからなのだろうか。
学園に続く坂道を登りながら、神社の境内を見下ろすと、いちばん奥の社の前に、浴衣姿の葵先輩と、直人先生がいた。
あくまで、夏祭りの運営スタッフ同士を装っているようだけれど、私には、恋人同士にしか見えなかった。
◇
遥香と別れた私は、学園の敷地に入っていく。
美代子先輩とおしゃべりしている、コバンザメがいた。
「佳奈」
「あれ? 遥香といっしょじゃなかったの?」
驚いた様子で、佳奈が言う。
「ん。いいの。行こう」
私は佳奈の手を取って、校舎の外へ、歩きはじめた。
「え、まだ仕事終わってない」
あ、そうか。
こいつ、生徒会なんだっけ。
夢中になっていて、忘れていた。
「あとは私がやるから、だいじょぶ」
美代子先輩が、佳奈に声をかける。
「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて。ありがとうございます」
先輩に手を振る佳奈を、私は強引に引っ張っていく。
「どこ行くの? こっち、神社の方向じゃないよ」
校舎を出て、坂道を登りはじめると、佳奈が訊ねてきた。
「私たちの山に行こう」
「え、入山申請、出してたっけ?」
「出してないから、直接お願いしてみよう」
うははって、佳奈が楽しそうに笑う。
「上から花火を観てやろうって言うんだね。おもしろいじゃん」
悪い顔をしながら、佳奈が笑う。
「でしょ」
私も悪い顔を作って応じてみる。
「間に合うかなあ。花火、もうすぐはじまっちゃうよ」
はじまりの合図なのか、どーんって音が聴こえた。
「終わるまでに、間に合えばいいよ」
私たちは、どちらからともなく走りだした。
山道へ続くゲートのところに、もはや顔見知りの、いつもの警備員さんがいる。
「お祭りなので、ご容赦」
佳奈が両手を合わせて拝み倒すと、
「今日だけ。お祭りだからね。学校には内緒だよ」
と言って、警備員さんは見逃してくれた。
私たちは、わあって喜びあって、山道を駆けあがっていく。
「元気がいいや」
そう言って笑う、警備員さんの声が、背後から聞こえていた。




