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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第三章 倒錯者たち
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第47話 8月 台風襲来2 akari

  あかり akari


「台風、来てたんですね。ただの雨かと思ってました」


 私が言うと、先輩は驚いた顔をする。


「あ、知らなかった?」

「ネットもテレビもラジオだってないし、学園アプリじゃ雨マークしかわかんないから」


 これって、防災上の観点から、本来であれば問題あるな。

 生徒たちは、そもそも避難場所に住んでいるから、実害は少ないと思うけれど。


「じゃあ、『犯人』のせいだね。ひどい人がいたもんだ」


 おもしろくて、ははっと私は笑った。


「ラジカセなんてあるんですね」


 私はその機械を指さして言う。


「よく知ってるね。聴いてみる?」

「はい」


 私は興味があった。


「あ、アイス、溶けちゃうよ」


 立ちあがった先輩が言うので、私は個包された袋をあけて、アイスを口に放り込む。


「なに入ってたっけなあ」


 そう言いながら、先輩がスイッチを入れると、音楽が鳴りはじめた。

 前回、中断されていたところなのであろう、曲の途中からはじまる。


「知らない曲ですけど、昭和歌謡ですね」

「わかるんだ」

「おばあちゃんが好きなんで」

「これ、ひいおばあちゃんの遺品」

「うへえ」


 思わず、変な声がでた。


 この家自体、歴史を感じる佇まいだったけれど、代々ここに暮らしてきた人たちなんだろうなって思わされた。


「音質、最悪でしょ」


 葵先輩が笑いながら言う。

 おまんじゅうをひとつ手にとって、口に運んでる。


「でも、そこがいいです」


 もぐもぐしている先輩が、んふって笑った。

 かわいい顔してるなって、私は思った。


「私もそう思う」


 お茶を流し込んでから、先輩が言う。


「よく聴くんですか?」

「よくは聴かないよ」


 にやっとしながら言うので、私も声をだして笑ってしまう。


「そうですよね」


 あっという間に食べ終わってしまった棒アイスの棒をもてあそんでいると、先輩が手を差し出してきた。

 棒を渡してやると、彼女は横着して、部屋の隅にあるゴミ箱に、それを投げ入れようとした。


「あ、外した」


 小さく舌打ちして、立ちあがればいいのに、這うようにしてアイスの棒を捨てに行く。

 なんか、こういう一面もある人だったんだなって、私はますます先輩のことが好きになってくる。


「郷愁に浸りたいときに聴くかなあ」


 ごみ捨てを終えると、先輩は普通に話を再開する。


「高校生になってから、もうずっと聴いていなかった」

「女子寮との二重生活ですもんね」


 じゃあ、このテープは、先輩が中学生のときから、時間が止まったままだったんだ。


「まんじゅう、食べな」


 ひとりで食べているのが気まずかったのか、おまんじゅうをすすめられた。

 想像どおりのあんこの味だったけれど、朝からなにも食べていないから、やたらとおいしかった。


「普段はどんなの聴いてるんですか?」


 おまんじゅうをかじりながら、訊ねてみる。


「え、昭和歌謡だけど」


 もぐもぐしながら、んふっと笑ってしまった。


「好きなんですね」

「好きっていうか、馴染む」


 なんか、わかる気がする。


「小さい頃は、お母さんが家にいて、おばあちゃんとふたりで、歌謡曲を流しながら、家事やってたからさ」

「私とおんなじだ」


 お母さんは、私が小学校にあがる頃に家を出ていって、それから帰って来なくなった。

 うちのお母さんが好んで聞いていたのは、昭和歌謡じゃなくて、70年代から80年代くらいにかけて流行ったらしい、ポップスだったけれども。


「私、あなたの選ぶ曲も好きだよ」


 思いもよらないことを言われて、私は、おまんじゅうを食べるのも忘れて、ぽかんとしてしまった。


「そういうの、早く言ってください」


 ようやく出てきた言葉をぶつける。


「黙って勉強してるから、聴いてないのかと思うじゃないですか」

「あの音量で?」


 先輩は正論を投げ返してくる。


「まあ、そうですけど。興味ないのかと思ってました」


 先におまんじゅうを食べ終わった先輩の顔を見つめる。

 そんなことを思っているとは知らなかったって顔をしていた。

 意外と鈍感なのかな、この人。


「次の絆の時間は、先輩が選曲しますか?」


 それもいいなと思いながら、提案してみる。


「ん、いい。人が選ぶ曲を聴くほうが楽しいから」

「あ、ずるい」


 私は思わず、そう口にした。


「自分で選ぶと、結局、同じのばっかり聴いちゃうしね」

「好きで選ばせていたんですね。私に気を遣っているのかと思っていました」


 いっしょに楽しんでくれてたんだ。

 そう思うと、純粋にうれしかった。


 おまんじゅうを食べ進めながら、先輩の部屋を見渡してみる。

 机の上が、やりかけの状態になっていた。


「家でも勉強しているんですね」


 後ろを振り返った先輩が、机を見て、ああっと声をあげた。

 急に私が来たから、中断したんだろうな。


「好きなんですか? 勉強」


 宿題ってわけじゃ、なさそうだなと思って訊ねた。


「学校の先生になりたいから」


 葵先輩は、さらっとそう答えた。

 私はいたずら心を刺激されてしまう。


「直人先生と、いっしょに働きたいからですか?」


 先輩は、表情を変えなかった。

 私は少し、悔しい気持ちになる。


「どうだろうね。職業のイメージが、そのくらいしかできなかっただけかも」

「学校嫌いなんで、信じられないです」

「私も中学校は、嫌いだったなあ」


 この島に中学校はないって聞くから、本土の学校に通うのが嫌だったのかな。

 それとも、本土の人間と気が合わなかったのかな。

 たぶん、小学校で関係性が出来上がっている子たちに混ざることになるんだろうから、それがやりにくかったとか、かな。


 私みたいな、反抗期が理由ではなさそう。

 それでも、私は共感を覚えて訊ねた。


「それなのに、学校で働く仕事がしたいんですか?」

「その程度、お金もらえるなら、むしろ喜んでやるでしょ」


 おもしろいお姉さんだなって思って、私は笑った。


「その発想はなかったです」

「仕事なんて、なに選んでも大変だろうからねえ」


 こういうとこ、すごくおとなっぽいな。


「教員なら島にも働き口、あるし」

「小学校、あるんでしたっけ? 中学は船で通うとか」

「生徒より職員のほうが人数多いけどね」

「島に同級生いないって言ってましたもんね」


 ははっと先輩が楽しそうに笑ってくれた。


「葵ちゃん」


 階下から、おばあちゃんの呼ぶ声がした。


「はあい」


 大きく返事をして、葵先輩が部屋を出て行く。

 私はおまんじゅうを食べ終えて、お茶をいただきながら、先輩を待つ。


「避難警報、出てるらしい」


 戻ってきた先輩が言う。


「え、台風で?」


 私も立ちあがって訊ねる。


「線状降水帯、かなあ? 台風はまだこれから。私たちも学園の体育館に避難しよう」

「あ、おばあちゃん、連れて行くの、手伝いましょうか? 足、悪いんですよね?」

「あれ? 聞こえてたの?」

「はい」

「恥ずかしいな、まったく」


 防音のない家に文句を言いながら、先輩が階段を下りていくので、私も追いかける。


「私、貴重品集めて戸締まりしてから追いかけるから、おばあちゃん頼んでもいい?」


 なんか、家族の一員になれたみたいだった。


「わかりました」


 そう返事をして、おばあちゃんといっしょに家を出る。


 学園へ向かう道中、避難を呼びかける放送が、どこからともなく、大きな音で鳴り響いてきた。


 ◇


 この学園から見て山の反対側は、急斜面で土砂崩れなどがよく発生して、海岸沿いの道路が寸断されたりということが、過去にもよく起こっているらしい。


 近年、いままでなかったような集中豪雨に見舞われるケースが増えてきた関係で、山のこちら側でも、ちょくちょく土砂災害が発生するようになってきたのだとか。


 その関係で、高潮などへの警戒エリアだけでなく、高台に暮らす住民も、避難対象になっているのだと、おばあちゃんが道中話してくれた。


 学園のおかげで、頑丈な避難場所ができて、ほっとしているんだとおばあちゃんは言う。


 きっと、そういった事情もあって、学園の誘致は、賛成多数になっていったんだろうなと、私はそんなことを思いながら、話を聞いていた。


 学園に着くと、すでに避難してきた人たちがいた。


 直人先生といっしょに、佳奈が島の人たちを体育館へ案内している。

 あいつ、生徒会に入ったみたいだから、手伝わされているのかな。

 忙しそうで、私とは目も合わなかった。


 昇降口で、足の悪いおばあちゃんが、靴を脱ぐのを手伝っていると、葵先輩が追いついてきた。


「あ、制服に着替えてきたんですね」

「そうね」


 いつもの先輩に戻ってた。


 制服に身を包んで、学園に足を踏み入れると、スイッチが入るのかな。

 私も学校という場に足を踏み入れると、スイッチが入るから、なんとなく気持ちがわかる。

 こんな休みの日にまで、スイッチは入れないから、先輩は徹底してるな。


 おばあちゃんを先輩に引き継いで、私は直人先生のところへ向かった。


「手伝います」


 学校からなにも指示は受けていないから、このまま帰ったっていいのだけれど、災害となれば非常事態だ。

 お年寄りばかりのこの島では、貴重な若者として、少しでも協力しなければならない気がした。

 長年、おばあちゃんとふたりで暮らしてきたから、そう思ったのかもしれない。


「あかりも島にいたんだね、助かるよ」


 直人先生の指示で、私も働くことになった。


 どうやら、学園ができてから、はじめて島民の避難が行われることになったようで、みんな勝手がわからないらしい。


 お盆休みで、職員も不在だから、島民でもある直人先生が、島に残っていた生徒たちに呼びかけて、島民の避難を手伝わせていたようだ。


 ◇


 放送を聴いて集まった人たちの波も収まり、概ね、避難は完了したのかなって思った頃だった。


 私は、島民が集まっている体育館の中で、直人先生と葵先輩の立ち話に聞き耳を立てていた。

 視線は、島民のお世話に奮闘している、佳奈の姿を追っている。

 あんなに走り回って、元気なやつだ。


「本家のおじさんたちが、来ていないね」

「あの人は来ないんじゃないかな。学園のこと、嫌ってるし」

「人の命がかかってるんだから、そういう問題じゃないだろう」

「そういう人なんだよ」


 不穏な話が聞こえて、私は直人先生のほうを振り返る。

 先生と、目が合ってしまった。


「そうだ。ちょうどいい」


 なにが、ちょうどいいんだ。

 直人先生が、私を手招きしている。


 先生のところに行くと、


「佳奈!」


 と、先生が大きな声で名前を呼んだ。


「はい!」


 大きな声で返事をして、佳奈が駆け寄ってくる。


「あかりとふたりで、まだ避難していない人を体育館まで連れてきてほしい」


 私と佳奈は、ふたりで顔を見合わせた。

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