第46話 8月 台風襲来1 akari
あかり akari
「お母さんとの約束だから。長期休暇は必ず家族と過ごすって」
夏休みに入ると、遥香はそう言って、実家に帰っていった。
恋人よりも、家族のほうが、上なんだ。
付き合いはじめてから、毎日いっしょにいるせいか、情が移ってきて、私も遥香のこと、恋人のように想っているのかもって、考えさせられることが増えてきた。
だけど、やっぱり、遥香と私は違うんだって、がっかりさせられることは、なくならない。
その度に私は、こんなとき、佳奈だったらなあって考えてしまう。
そんな佳奈は、毎日、朝早くからなにをしているのかと思っていたら、なんてことはない、補習を受けるために学校へ通っているみたいだった。
あんな簡単な試験で、赤点を取るとか、信じられない気持ちだ。
逆にどうやったら、そんなことになるのか、教えてほしい。
まじめに授業聞いてたら、試験勉強なんかしなくったって、赤点にはならないでしょ。
答案用紙に、名前、書き忘れたんじゃないの。
いっしょに過ごす人もいないし、補習、頑張っているあいつを冷やかすのも、どうなのかなって思って、私は部屋に引きこもり続けていた。
お昼過ぎ、強い雨の音で目が覚めた。
目が覚めると、私は無意識に、女子寮のアプリを開いている。
またいちだんと、人が減っている。
世間では、お盆休みに入ったのかな。
こんな雨だというのに、在宅表示がほとんどない。
佳奈は部屋にいるみたいだ。
あいつは、私といっしょで、おばあちゃんを絶対許さないつもりだから、実家には帰るつもりないんだろうな。
私の気持ちがわかるのは、やっぱりあいつだけだ。
私はスマホを投げ捨てて、枕元に置いてある、紙切れを拾い上げる。
『おばあちゃん、ありがとう。すき』
なんで、あかりちゃんじゃなくて、おばあちゃんなんだよって思うけど、
「私も好きだよ」
そう言ってやったら、あいつってどんな顔するのかな。
「これって、浮気になるのかな」
私はベッドから抜け出して、お昼ご飯を食べに行くことにした。
◇
食堂の営業時間はまだ終わっていないのに、もう誰もいないと思ったのか、片付けがはじまっていた。
気まずくなった私は、あきらめて、1Fの売店へ向かうことにする。
行ってみると、売店は閉まっていた。
お盆休みってことかな。
コンビニみたいに、毎日休まず営業しているものと思っていた。
雨の音がすごいから、外の様子が気になって玄関に出てみる。
この島に来て、いちばんくらいに強い雨が降っていた。
寮母さんもいない。
まるで、この島から、人間がいなくなってしまったみたい。
スマホを取りだして、女子寮のアプリを眺めてみる。
ぽろぽろと、在宅表示は確認できる。
佳奈も、相変わらず、部屋にいるな。
みんな、この雨だから、部屋でおとなしく過ごしているんだろうな。
なんとなく、人恋しいと、思ってしまった。
空腹のせいかな。
いや、人懐っこい恋人なんて、持ってしまったせいだ。
いつも元気で、私のことを誰よりも理解してくれる、友だちなんて、持ってしまったせいなんだ。
佳奈のやつ、いつも気安く私の手を引いてくるし、遥香のやつだって、恋人同士という事実を免罪符にして、べたべたと触ってくるから、人肌の温かさとか、心地よさに、すっかり慣らされてしまった。
実家にいた頃は、いつもひとりが当たり前で、なんとも思っていなかったのに。
私は、貸し出し用の傘を手に取って、雨の降る中、女子寮を抜け出した。
◇
生け垣で囲まれた古い大きなお屋敷。
その門の前に立つと、インターホンなどはないようだった。
仕方なく、玄関先までやってくると、引き戸の脇にインターホンのボタンがあるのがわかった。
ボタンを押すと、足音がして、会いたかったあの人が出てきた。
はじめて見る、半袖のTシャツに、ショートパンツ姿。
髪をいい加減に縛って、棒アイスを咥えて、いつものクールな姿は微塵もなかった。
私は、思わず、ふふっと笑ってしまった。
「あれ、あなた」
傘をさしているせいで、顔がよく見えなかったのか、かがんで私の顔を覗き込むと、葵先輩が驚いたような顔をした。
私は、自分が受け入れられるか、不安だった。
友だちの家に遊びに行く経験なんて、したことなかったから。
追い払われないものか、試してみたい気持ちも少しだけあった。
私はそうやって、すぐ人を試してみたくなる、しょうもないやつなんだ。
「ちょっと待ってて」
私に気づいた先輩は、すぐに家の中に引き返した。
と、思ったら、すぐに戻ってきて言う。
「雨だから、玄関あがってて」
「はい」
私は小さく返事をして、傘をたたんで玄関まであがる。
見た目の先入観があるせいかな。
畳の匂いに混じって、独特の匂いがする。
古い家の匂いってこうなのかな。
「誰だい」
奥から話し声が聴こえる。
おばあちゃん、みたいだ。
「ええっと、なんだろな、友だち」
防音とかあったもんじゃない。
ぜんぶ、丸聞こえだ。
「直人ちゃんかい?」
「なおくんじゃなくて、学校の友だち、女の子」
「内地の子なんて珍しいねえ」
なんども友だちと言ってもらえて、私は照れくさい気持ちになる。
たとえそれが、おばあちゃんへのわかりやすい説明のためだったとしても、うれしい気持ちを、我慢できなかった。
「遠慮なくあがって。こっち、おばあちゃんいるからさ、私の部屋行こう」
葵先輩は、長袖のカーディガンを羽織って出てきた。
あっさり私を受け入れてくれた先輩の背中を追って、私は階段をあがっていく。
階段の上に、小さな廊下があって、左右にふすまがあるのが見えた。
なんかあれだな。
ドラえもんの、のび太くんの部屋へ向かおうとしているみたい。
一軒家なんて、住んだことないし、入ったこともないから、非日常的な、物語の中の世界にいるみたいで、すごく新鮮な感じだ。
まさしく、のび太くんの部屋の位置にあるふすまを開けると、そこが先輩の部屋みたいだった。
女子寮の先輩の部屋って、誰かさんの言葉を借りるなら、「偽物の世界」もいいところだったんだなって思った。
先輩の部屋には、物がたくさんあって、いつもの殺風景な部屋とは違い、色鮮やかだった。
葵先輩という人に対する、解像度が急激に高まったような気がしてくる。
家具はやたらと古っぽいけれど、本棚には少女漫画や少女小説が並んでいたりで、彼女の私物は女の子らしさにあふれていた。
「どうしたの、急に」
部屋に足を踏み入れると、先輩が訊ねてくる。
「たまたま通りかかったので」
「こんな土砂降りの日に?」
それもそうかと思って、私は苦笑いでごまかす。
この人に嘘をついたところで、上手に騙せる気がしない。
「っていうか、私の家、教えたことあったっけ?」
葵先輩が首を傾げながら言う。
そういえば、私が一方的に知ってしまっただけだったんだ。
「え、ああ、言ってましたよ」
「そうだっけ?」
先輩もはっきり覚えていないみたいで、私たちは顔を見合わせて固まった。
「あ、アイス食べたかった?」
手に持ったアイスを、私が欲しがっていると勘違いしたようだ。
「ちょっと待ってて」
そう言って、葵先輩は部屋を出ていく。
それにしても、なんであの人、上だけ羽織ったんだろ。
部屋着姿を見られるの、恥ずかしいのかな。
もしかして、ノーブラだったとか。
「いいから、おばあちゃん」
下で話している声まで、丸聞こえだ。
一軒家ってそういうものなのかな。
「せっかく雨の中、遊びにきてくれたんだから」
「足悪いんだから無理しないで。私がやるから」
「ご挨拶したかったのに」
おばあちゃんと押し問答しているな。
私はにやりとしながら、先輩の部屋を見回してみる。
「ラジカセだ」
あの人、こういうレトロなもので音楽とか聴くんだ。
うちにも小さい頃にあったけど、気づいたら壊れていた。
懐かしさを感じてくる。
ここは、何十年も前から、時間が止まっているみたいだ。
「座ってていいのに」
後ろから、先輩の声がして振り返る。
お盆を持った、葵先輩がそこにいた。
「ずいぶん、賑やかですね」
「うるさくてごめんね」
棒アイスと、湯呑みがふたつ、それから、おまんじゅうがふたつ載った小皿が、お盆の上に載っている。
「いえ、実家を思い出しました」
私は先輩に促されるようにして、座卓に向かい合うようにして座る。
「おばあちゃんとふたり暮らしなんですか?」
葵先輩は、湯呑みを私の前に差し出しながら応じる。
「親は本土で働いてるから、滅多にこっちには帰らないんだ。ほんとは、お盆休みは帰るって話だったんだけど、台風来てるでしょ? だから、今年は帰るのやめるんだってさ」
なんか、家で会う葵先輩って、雰囲気がぜんぜん違う。
いつもの、おとなっぽいお姉さんじゃなくて、年相応の女の子っていうか、まるで同い年の友だちみたいだ。
この人も、学校では仮面を被っている人なんだ。
私が親近感を覚えていると、先輩が微笑んだ。
「娘より、自分の生活なんだよ、結局のところ」
なんか、この人のこと、一気に好きになってきた。




