第44話 7月 夏休みの補習授業1 kana
佳奈 kana
「みよちゃん先輩!」
夏休み初日の朝。
赤点を取った罰として行われる補習授業に出席するため、女子寮を出ると、制服姿のみよちゃん先輩を見つけた。
大きな声で呼び止めると、先輩が振り返ったので、私は大喜びで駆け寄っていく。
「もしかして、先輩も補習ですか?」
「うん。佳奈ちゃんって、朝から元気なんだあ」
「先輩のおかげで、よく眠れるようになったので。なにがとは、ここじゃ言わないですけどね」
きゃははっとふたりで笑いあう。
ほかにも補習授業に向かう、女の子たちが歩いているからね。
先輩といっしょに登校できるのがうれしくって、私はみよちゃん先輩の手を取った。
うふふっと笑いながら、先輩が私の手を握り返してくる。
そのまま、手を繋いで短い通学路を歩く。
「先輩は補習、何教科あるんですか?」
「今回はねえ、頑張ったから、数学と英語だけ」
「優秀じゃないですか」
国語以外、ぜんぶ赤点の私とはえらい違い。
さすが、二代目寮長を任されるだけあって、頭のできが違う。
先輩は得意げに胸を張って続ける。
「数学はわけわかんないから、あきらめてるんだけど、英語は去年の冬は大丈夫だったんだよなあ。生物に力を入れすぎて、いっぱいいっぱいになってしまった」
「好きなんですか? 生物。私も生き物は好きですけど」
みよちゃん先輩は、ちょっと照れくさそうな顔をして応じる。
「ん。生物を勉強したら、佳奈ちゃんのこと、もっとわかりそうな気がしたから。いっぱい点取れたし、なんか必要以上に頑張っちゃったみたい」
「みよちゃん先輩」
私は感動して声を漏らす。
先輩が、うれしそうに笑った。
「結果、特に理解は深まらなかったけどね」
「当たり前ですよう。私、そんなに単細胞な生き物じゃないです」
あははっとふたりで楽しく笑いあう。
「今度、勉強教えてください」
私は美代子と会う口実を作るために、そうお願いしてみる。
なんだかんだと、美代子は先輩だから、気安く会うのは、まだ気恥ずかしいっていうか、ちょっと誘うのに勇気がいる感じなんだ。
「終わった教科のことなんて、なんにも覚えてないよう」
「じゃなきゃ、赤点、取らないですよね」
ぎゃははっと、私たちは、きたなく笑う。
「夏休みって、絆の時間、ないんですかね?」
女子寮アプリの行事予定は、空白になっていた。
「始業式の前日までないよ。ほとんどの生徒が実家に帰省してしまうし、食堂もいつもより空いてたでしょ? 補習がある子は、終わるまで帰れないけどね。私もお盆には帰っちゃう」
そうなんだ。
顔を見れなくなるの、さみしいな。
「冬休みはどうなんですか?」
「冬は年末には一気に人が減るかなあ。私も去年は28日に帰って、始業式の前日にようやく帰ってきたんだあ。補習も冬は27日でおしまいだし、ゴールデンウィークやお盆休みとおんなじで、先生たちも帰っちゃうからね」
この学園の一年間の姿が、なんとなくわかった気がする。
「短い時間だけど、先輩と登校できて、うれしかったです」
「私もいっしょなんだあ」
昇降口でバイバイってして、私は一年生の補習教室へと向かった。
◇
教室に着くと、やんちゃそうな男の子ばっかりで、女子がほとんどいない。
治安の悪そうな教室に、居心地悪く入っていく。
補習は座席が決まっていないから、どこに座ればいいのか悩ましい。
「あ、志乃ちゃん」
「あら、佳奈さんも補習なのね」
ちょうどよく、志乃ちゃんの隣に座れた。
一時間目が終わって、二時間目になると、ぞろぞろと人が出ていく。
代わりに、新しい生徒がやってくる。
教科によって、赤点を取った人は違うから、教室の生徒は毎時間入れ替わるみたいだ。
私はずっといる。
さながら、玉座に鎮座する、赤点女王みたいだ。
志乃ちゃんもずっといるなあ。
補習は午前中でおしまいだから、お昼休みには解散になる。
帰りは志乃ちゃんとふたりで帰ることにした。
そのまま、お昼ご飯もいっしょに食べようって約束しながら歩く。
「志乃ちゃんってさ、補習、何教科あるの? 私はね、国語以外、ぜんぶ」
自分で言って、自分で笑う。
こんなに赤点取るやつ、ほかにいないよ。
「ぜんぶ」
「え?」
耳を疑って訊き返すと、志乃ちゃんは、こいつ耳が遠いのかと呆れた顔で言い直す。
「ぜんぶよ。全教科」
私が座っていたのって、玉座じゃなかったんだ。
ただの椅子、なんだ。
玉座には、志乃ちゃんが座っていたってわけなんだ。
このお方こそ、本物の、赤点女王なんだ。
「面倒くせえ、ですわ。せっかくの夏休みだというのに」
私は、ひれ伏すしかなかった。
「まあ、早起きできるから、ちょうどいいですけれど」
「すっごく、プラス思考」
その余裕が、女王たるゆえん、なのかな。
◇
食堂に移動すると、朝よりもさらに閑散としていた。
ふと、あかりはどうしているのかなって、女子寮のアプリを開いてみる。
在宅表示になっていた。
あいつのことだから、たぶん、まだ寝ているんだろうな。
カレーライスを受け取り、志乃ちゃんと向かい合って、おしゃべりしながらいただく。
「志乃ちゃんって、どうしてこの学園を選んだの?」
「名前書ければ入れるって知ったからよ。おかげで、1秒たりとも受験勉強しないで、高校生になれましたわ」
「名前書く練習くらいはした?」
「馬鹿にしてます?」
からかったのがバレてしまった。
カレーを頬張りながら、ふたりで笑いあう。
「志乃ちゃんって、賢いね」
「私、楽しいことだけ、していたいの」
「それって、たぶん、みんなそう、だよね」
ほんとにそれをやってのけるなんて、さすがは女王様だねって感心した。
「ネットでどんな馬鹿でも、出席できればきちんと三年で卒業できるって書いてあったから、この学園を選んだのよ。留年する人はいないって。でも、補習があるなんて聞いてなかったわ」
深いため息を吐いて、志乃ちゃんはカレーを口に放り込む。
苦い顔で、もぐもぐやっている。
「なんで、留年という制度がないんだろうね」
「たぶん、寮の部屋数が決まっているから、留年とかされると困るんだと思うわ」
確かに、ずっと居座られたら、その分だけ新しい子が入ってこれなくなっちゃうなあ。
「留年がないとしたら、ペナルティってどんなのになるの?」
「退学に決まっているじゃない。いきなり追放よ」
「え、こわ」
カレーを食べる手が思わず、止まってしまった。
「前例、まだないらしいけどね。校則にも書いてあるわ。留年という制度については、まったく書いてもいないから、噂どおり、留年はないってことなのよ」
「よく見てるね、志乃ちゃん」
「だって、そのためにこの学園に入ったんだから。デマだったら困るじゃない。私はちゃんと、裏を取った上で、勉強していないんだから」
「勉強しないための努力は、惜しまないんだね」
「あなた、やっぱり、私を馬鹿にしてませんこと?」
私は笑ってごまかしながら、生徒手帳を開いてみる。
「退学は、学園が必要と判断した場合って書いてあるね。この主語になっている『学園』って、具体的に誰のことをさすんだろう」
学長、とかなのかな。
「国語赤点の私に、それ聞くう?」
鋭い指摘に、ぎゃははっと声をだして私は笑った。
志乃ちゃんも、いっしょになって笑っていた。
「志乃ちゃんさ、クラスに好きな男の子、いるでしょう?」
志乃ちゃんと話すの、おもしろくなってきたから、私は遥香から仕入れた情報をもとに、かまをかけてみる。
「なんで、そんなことわかるの?」
お嬢様を演じるのも忘れて、志乃ちゃんが訊ねてくる。
「バレバレだと思うなあ」
「そんなに顔に出てる?」
「恋してる顔に、なってるよ」
悪魔のように囁いてみる。
「やだあ」
わかりやすい反応に、私は笑ってしまった。
志乃ちゃんって、おもしろい。
「もしかして、補習受けてる男子の中にいたりする?」
一瞬にして、照れ笑いを浮かべていた、志乃ちゃんの顔が曇った。
「私、かっこよくて、頭がいい男の子が好きなの。赤点取って補習なんか受けてたら幻滅する。百年の恋も冷めちゃう」
人って、自分にないものを求めるのかな。
「馬鹿も休み休み言え、ですわ」
「馬鹿が言うと、説得力、あるね」
ぎゃははっと、ふたりで声をあげて笑った。
冷静に考えると、笑ってる場合なのかな、志乃ちゃん。




