表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第三章 倒錯者たち
44/48

第44話 7月 夏休みの補習授業1 kana

  佳奈 kana


「みよちゃん先輩!」


 夏休み初日の朝。


 赤点を取った罰として行われる補習授業に出席するため、女子寮を出ると、制服姿のみよちゃん先輩を見つけた。

 大きな声で呼び止めると、先輩が振り返ったので、私は大喜びで駆け寄っていく。


「もしかして、先輩も補習ですか?」

「うん。佳奈ちゃんって、朝から元気なんだあ」

「先輩のおかげで、よく眠れるようになったので。なにがとは、ここじゃ言わないですけどね」


 きゃははっとふたりで笑いあう。

 ほかにも補習授業に向かう、女の子たちが歩いているからね。


 先輩といっしょに登校できるのがうれしくって、私はみよちゃん先輩の手を取った。

 うふふっと笑いながら、先輩が私の手を握り返してくる。


 そのまま、手を繋いで短い通学路を歩く。


「先輩は補習、何教科あるんですか?」

「今回はねえ、頑張ったから、数学と英語だけ」

「優秀じゃないですか」


 国語以外、ぜんぶ赤点の私とはえらい違い。

 さすが、二代目寮長を任されるだけあって、頭のできが違う。

 先輩は得意げに胸を張って続ける。


「数学はわけわかんないから、あきらめてるんだけど、英語は去年の冬は大丈夫だったんだよなあ。生物に力を入れすぎて、いっぱいいっぱいになってしまった」

「好きなんですか? 生物。私も生き物は好きですけど」


 みよちゃん先輩は、ちょっと照れくさそうな顔をして応じる。


「ん。生物を勉強したら、佳奈ちゃんのこと、もっとわかりそうな気がしたから。いっぱい点取れたし、なんか必要以上に頑張っちゃったみたい」

「みよちゃん先輩」


 私は感動して声を漏らす。

 先輩が、うれしそうに笑った。


「結果、特に理解は深まらなかったけどね」

「当たり前ですよう。私、そんなに単細胞な生き物じゃないです」


 あははっとふたりで楽しく笑いあう。


「今度、勉強教えてください」


 私は美代子と会う口実を作るために、そうお願いしてみる。

 なんだかんだと、美代子は先輩だから、気安く会うのは、まだ気恥ずかしいっていうか、ちょっと誘うのに勇気がいる感じなんだ。


「終わった教科のことなんて、なんにも覚えてないよう」

「じゃなきゃ、赤点、取らないですよね」


 ぎゃははっと、私たちは、きたなく笑う。


「夏休みって、絆の時間、ないんですかね?」


 女子寮アプリの行事予定は、空白になっていた。


「始業式の前日までないよ。ほとんどの生徒が実家に帰省してしまうし、食堂もいつもより空いてたでしょ? 補習がある子は、終わるまで帰れないけどね。私もお盆には帰っちゃう」


 そうなんだ。

 顔を見れなくなるの、さみしいな。


「冬休みはどうなんですか?」

「冬は年末には一気に人が減るかなあ。私も去年は28日に帰って、始業式の前日にようやく帰ってきたんだあ。補習も冬は27日でおしまいだし、ゴールデンウィークやお盆休みとおんなじで、先生たちも帰っちゃうからね」


 この学園の一年間の姿が、なんとなくわかった気がする。


「短い時間だけど、先輩と登校できて、うれしかったです」

「私もいっしょなんだあ」


 昇降口でバイバイってして、私は一年生の補習教室へと向かった。


 ◇


 教室に着くと、やんちゃそうな男の子ばっかりで、女子がほとんどいない。


 治安の悪そうな教室に、居心地悪く入っていく。

 補習は座席が決まっていないから、どこに座ればいいのか悩ましい。


「あ、志乃ちゃん」

「あら、佳奈さんも補習なのね」


 ちょうどよく、志乃ちゃんの隣に座れた。


 一時間目が終わって、二時間目になると、ぞろぞろと人が出ていく。

 代わりに、新しい生徒がやってくる。

 教科によって、赤点を取った人は違うから、教室の生徒は毎時間入れ替わるみたいだ。


 私はずっといる。

 さながら、玉座に鎮座する、赤点女王みたいだ。

 志乃ちゃんもずっといるなあ。


 補習は午前中でおしまいだから、お昼休みには解散になる。

 帰りは志乃ちゃんとふたりで帰ることにした。


 そのまま、お昼ご飯もいっしょに食べようって約束しながら歩く。


「志乃ちゃんってさ、補習、何教科あるの? 私はね、国語以外、ぜんぶ」


 自分で言って、自分で笑う。

 こんなに赤点取るやつ、ほかにいないよ。


「ぜんぶ」

「え?」


 耳を疑って訊き返すと、志乃ちゃんは、こいつ耳が遠いのかと呆れた顔で言い直す。


「ぜんぶよ。全教科」


 私が座っていたのって、玉座じゃなかったんだ。

 ただの椅子、なんだ。

 玉座には、志乃ちゃんが座っていたってわけなんだ。

 このお方こそ、本物の、赤点女王なんだ。


「面倒くせえ、ですわ。せっかくの夏休みだというのに」


 私は、ひれ伏すしかなかった。


「まあ、早起きできるから、ちょうどいいですけれど」

「すっごく、プラス思考」


 その余裕が、女王たるゆえん、なのかな。


 ◇


 食堂に移動すると、朝よりもさらに閑散としていた。


 ふと、あかりはどうしているのかなって、女子寮のアプリを開いてみる。

 在宅表示になっていた。

 あいつのことだから、たぶん、まだ寝ているんだろうな。


 カレーライスを受け取り、志乃ちゃんと向かい合って、おしゃべりしながらいただく。


「志乃ちゃんって、どうしてこの学園を選んだの?」

「名前書ければ入れるって知ったからよ。おかげで、1秒たりとも受験勉強しないで、高校生になれましたわ」

「名前書く練習くらいはした?」

「馬鹿にしてます?」


 からかったのがバレてしまった。

 カレーを頬張りながら、ふたりで笑いあう。


「志乃ちゃんって、賢いね」

「私、楽しいことだけ、していたいの」

「それって、たぶん、みんなそう、だよね」


 ほんとにそれをやってのけるなんて、さすがは女王様だねって感心した。


「ネットでどんな馬鹿でも、出席できればきちんと三年で卒業できるって書いてあったから、この学園を選んだのよ。留年する人はいないって。でも、補習があるなんて聞いてなかったわ」


 深いため息を吐いて、志乃ちゃんはカレーを口に放り込む。

 苦い顔で、もぐもぐやっている。


「なんで、留年という制度がないんだろうね」

「たぶん、寮の部屋数が決まっているから、留年とかされると困るんだと思うわ」


 確かに、ずっと居座られたら、その分だけ新しい子が入ってこれなくなっちゃうなあ。


「留年がないとしたら、ペナルティってどんなのになるの?」

「退学に決まっているじゃない。いきなり追放よ」

「え、こわ」


 カレーを食べる手が思わず、止まってしまった。


「前例、まだないらしいけどね。校則にも書いてあるわ。留年という制度については、まったく書いてもいないから、噂どおり、留年はないってことなのよ」

「よく見てるね、志乃ちゃん」

「だって、そのためにこの学園に入ったんだから。デマだったら困るじゃない。私はちゃんと、裏を取った上で、勉強していないんだから」

「勉強しないための努力は、惜しまないんだね」

「あなた、やっぱり、私を馬鹿にしてませんこと?」


 私は笑ってごまかしながら、生徒手帳を開いてみる。


「退学は、学園が必要と判断した場合って書いてあるね。この主語になっている『学園』って、具体的に誰のことをさすんだろう」


 学長、とかなのかな。


「国語赤点の私に、それ聞くう?」


 鋭い指摘に、ぎゃははっと声をだして私は笑った。

 志乃ちゃんも、いっしょになって笑っていた。


「志乃ちゃんさ、クラスに好きな男の子、いるでしょう?」


 志乃ちゃんと話すの、おもしろくなってきたから、私は遥香から仕入れた情報をもとに、かまをかけてみる。


「なんで、そんなことわかるの?」


 お嬢様を演じるのも忘れて、志乃ちゃんが訊ねてくる。


「バレバレだと思うなあ」

「そんなに顔に出てる?」

「恋してる顔に、なってるよ」


 悪魔のように囁いてみる。


「やだあ」


 わかりやすい反応に、私は笑ってしまった。

 志乃ちゃんって、おもしろい。


「もしかして、補習受けてる男子の中にいたりする?」


 一瞬にして、照れ笑いを浮かべていた、志乃ちゃんの顔が曇った。


「私、かっこよくて、頭がいい男の子が好きなの。赤点取って補習なんか受けてたら幻滅する。百年の恋も冷めちゃう」


 人って、自分にないものを求めるのかな。


「馬鹿も休み休み言え、ですわ」

「馬鹿が言うと、説得力、あるね」


 ぎゃははっと、ふたりで声をあげて笑った。


 冷静に考えると、笑ってる場合なのかな、志乃ちゃん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ