第43話 7月 絆の時間(佳奈)2 kana
佳奈 kana
「どうやるのか、見せていただくことってできますか」
勇気をだして、お願いしてみた。
「え、それはちょっと、無理、かも」
即座に否定された私は悲しくて、うなだれるほかなかった。
美代子を頼れなかったら、私は誰を頼ればいいのか、迷子になってしまったからだ。
「私、どうしたらいいか、真剣に悩んでて」
正座した自分の膝を見つめながら、私はそう漏らすよりなかった。
「ごめんね、佳奈ちゃん」
この世の終わりだと、そう思った。
真実の世界というのは、偽物の世界なんかよりも、はるかに過酷で、残酷な世界なんだ。
自然界だって、そうだもん。
わかってる。いや、わかってた。
「私、お姉さん役、失格だね。私だけは、いつだって佳奈ちゃんの味方でなければいけなかったよね。お姉さんの私が見放したりしちゃ、いけないんだあ」
ぐすっと鼻をすする音がして、顔をあげると、涙がすーって伝っていくのが見えた。
「美代子」
私は思わず、声にだしてしまった。
「その呼び方、嫌いなんだあ」
ぼこっと胸を殴られた。
全力じゃないけど、まあまあ、強い力で殴られた。
胸の脂肪のおかげで、押されたって感じで、痛くはなかったけれど。
怒ったら、涙が引っ込んでくれたみたいで、私はほっとした。
「七海先輩には、そう呼ばれていたじゃないですかあ」
私は言い訳してみせる。
「年上のお姉さんが呼ぶのはいいの。年下はちゃんと、『みよちゃん』って呼ぶこと」
そのこだわり、異常、じゃないか、美代子。
「わかったよ、みよちゃん」
うふふって、みよちゃん先輩は満足そうに笑う。
先輩という敬称は、別になくても構わないみたいだ。
「まじめな性教育だと思って、お姉さんがひと肌脱いであげるからね」
「ありがとうございます」
みよちゃん先輩は立ちあがると、
「今日のことは、絶対、誰にも言わないこと」
と、もう一度、私に釘を刺して、ベッドに横たわった。
私も立ちあがって、ベッドのそばに座る。
みよちゃん先輩は、覚悟を決めたように、ふうっと息を吐いて、足を開いてみせた。
「あ、今日は白なんですね」
先輩が足を閉じて、スカートを押さえたので、白い布が見えなくなった。
「恥ずかしくてできなくなるから、黙っててほしいんだあ」
「すいません。いつものくせで」
みよちゃん先輩って、髪型とかおしゃれだし、たまに見える下着も、おしゃれなの着けてるなあって思っていたけれど、こういう素朴なやつもはいてるときあるんだなあ。
なんの勝負の日でもない、ごく普通の日だったからかな。
「見えたらすぐ色を報告してくるんだから。佳奈ちゃんって、変態なんだあ」
「よく言われます」
「人生で一度でも言われちゃいけないんだあ、それ」
私たちは、きゃっきゃと笑いあう。
笑い声がしなくなると、しーんとした部屋で、制服のままベッドに横たわる、美代子の姿だけがあった。
私は言われたとおり、黙って見ていることにする。
ふう、ふうって、なんども息を整えながら、覚悟を決め直しているのがわかる。
やったことないけど、バンジージャンプをする前って、こんな感じなのかなって思う。
緊張感が伝わってくる。
美代子の顔がずっと赤い。
汗が滲んできて、体温があがっているのがわかる。
私もするときはそうなるから、気持ちがわかって、どきどきしてくる。
ゆっくりと、みよちゃん先輩は足を開いた。
そのまま両膝を立てると、あまりに恥ずかしい格好に、私まで恥ずかしくなってきてしまった。
「笑っちゃ、だめだからね」
絶対、笑ったりなんかしないですって言いたかったけれど、黙って見ていろと言われたので、その命令を優先して、私はなにも言わないでおく。
先輩の手が、白い生地の上に伸びてきた。
それから、固唾をのんで、私は見守った。
白い砂地を這う、蛇みたいに、うねうねと指が動き回っていた。
先輩の爪、きれいに整えてあるんだなって、そんなことを考えたりもした。
濡れたような息を吐いて、声がでないように我慢しながら、からだを震わせている先輩を見ていると、自分が毎日しているそれを俯瞰しているような気持ちになってきて、はあはあと、呼吸が乱れてゆくのを抑えられなかった。
私が呼吸を乱しているのを感じ取ったのか、みよちゃん先輩の声も、徐々に大きくなってゆく。
たぶん、いっしょだって、安心してくれたのかな。
そうだったら、うれしいな。
指を這わせるのをやめると、先輩は、ぎゅうって足を閉じて、腰を浮かせた。
我慢できなかったのか、小さく声が漏れると、べたっと脱力して、みよちゃん先輩は、だらんと横たわった。
お腹のあたりが、まだ、びくびくと、小さく震えているのが、制服のブラウス越しにもわかる。
はあっと大きく息を漏らすと、「おわり」って、照れくさそうな、ひと際高い声をだしながら、先輩はスカートを直してみせた。
「ありがとうございました」
寝ている先輩には見えていないけれど、頭を下げてお礼を言う。
「下半身に力入らなくて、急に起き上がれないんだあ」
先輩が照れたような調子で言う。
「私もいつもそうなるから、わかります」
ふふって先輩が笑ってくれた。
ちょうどそこで、チャイムが鳴った。
こいつ空気読めるなって、私は笑った。
「私がおかしいわけじゃないって、それがわかって安心しました」
身体を起こして、ベッドに座った先輩に、私はそう声をかけた。
「学校で、もっときちんと教えてあげたらいいのにね」
「あ、お茶飲みますか?」
「ん。ありがと」
私は、ちゃぶ台の上のペットボトルをつかむと、グラスにお茶を注いで渡してやる。
のどが渇いていたのか、みよちゃん先輩は、あっという間に飲み干してみせた。
「あの、やり方、教えてくれて、ほんとうにありがとうございました」
「正しいやり方かどうか、わからないけれど、何時間もかかるものじゃないって、わかってくれたかなあ」
「はい」
時間がなくなって、なにも手につかない状態は、解消できそうだ。
「なにもしないでするより、刺激も強いと思うから、佳奈ちゃんの気持ちも、きっと鎮まってくれるんじゃないかなあ。あとは適度に運動をして、体力を消耗しよう」
私が頷くと、みよちゃん先輩も、うんうんって頷いた。
「ところで、みよちゃん先輩は、どうやってそれ、覚えたんですか?」
「え」
時間が止まった。
ペットボトルをつかんだまま、私は答えを待つ。
なんか、待つというくせが、ついてしまっていた。
「ネットでおとなのお姉さんがしているのを見たから」
申し訳なさそうに、みよちゃん先輩が言う。
すかさず、私は注意してみせる。
「なにを見ているんですか、先輩。だめですよ、そんなの見ちゃ。絶対、18禁ですよね?」
「中学のとき、男の子たちが話しているのを小耳に挟んだだけ。私が教えてって頼んだわけじゃないし、不可抗力なんだあ」
グラスを握りしめたまま、みよちゃん先輩は立ちあがる。
「だって、自分のからだのこととか、興味津々だったんだもん」
私はペットボトルを置いて、立ちあがり、言い返してやる。
「そりゃ、みよちゃん先輩みたいな、むっちむちのぷりっぷりに育ってきちゃったら、そうかもしれないですけど、そういう問題じゃないですよ」
みよちゃん先輩が、正気に戻った顔をした。
「もう。さっきから、美代子になに言わせるのよう」
私は身体をつかまれ、柔道の投げ技をくらったみたいに宙を舞う。
「ふぐ」
私はベッドに叩きつけられた。
その衝撃で、ベッドからふわっと、美代子の匂いが私を包み込んでくる。
すーっと息を吸い込むと、私は落ち着きを取り戻した。
やっぱり、美代子が好きだ。
「かわいかったです、先輩。なんか、びくびくしながら、からだを震わせている先輩、とっても愛おしかった」
なにも答えないから、怒っているのかなって、起き上がって、先輩の顔を見てみると、ペットボトルを冷蔵庫にしまっている横顔が、耳まで真っ赤に染まっていた。
美代子、すぐ顔に出るから、わかりやすいんだ。
「あ、長居しちゃってすみません」
もう、絆の時間は終わっているんだった。
私は慌てて立ちあがり、帰り支度をする。
「私が無理を言ったせいで、パンツ汚れちゃったみたいで、すみませんでした」
「そういうの、言わなくていいんだあ」
顔を真っ赤にしながら、みよちゃん先輩は頭を抱えた。
「このあと着替えるつもりだし、お洗濯すればいいだけだからね」
「そうですよね、余計なお世話でした」
「余計なお世話っていうか、うん。佳奈ちゃんとのコミュニケーションは、まだまだ私には難しいみたい」
「ちゃんとついてきてくださいね。これから、生徒会活動でもいっしょなんですから」
「誘ったの、ほんのり後悔してるう」
「それこそ、言わなくていいんだあ」
先輩のまねをしながら私が言うと、私たちは、お互いを指さして、大きな声で笑いあった。
美代子というお姉さんがいてくれて、ほんとうにありがたいなあ。
やっぱり、絆の時間を考案した、七海先輩って天才だなあ。
私は満足感でいっぱいになりながら、部屋に帰った。
◇
部屋に帰ってくると、ドアポストに手紙が入っていることに気がついた。
いつからあったんだろう。
気がつかなかったな。
この前、あかりの部屋のポストに、手紙というほどでもない手紙を入れたから、そのお返し、とかじゃないよね。
取りだしてみると、しっかりした手紙で、字を見てすぐに差出人がわかった。
「おばあちゃんだ」
春にも手紙をもらって、返事をだしていなかった。
その恨みごとってわけじゃないとは思うけれど、便りがないのはいい知らせと思っていますと書いてあった。
終活もひと段落して、あれだけ物であふれていた部屋もすっきりしました。
大切にしていた本もすっかり減ってしまって、すこしだけさみしくも感じています。
そんな言葉に、はっきりと書かれてはいないけれど、私に会いたいのかなって、そんな雰囲気も感じた。
春にもらった手紙と同じで、夏休み、帰省するなら迎えに行くので連絡くださいという言葉で締めくくられていた。
もうすぐ、夏休みなんだよなあ。
「おばあちゃん、私、夏休みは毎日、補習だよう」
国語以外、ぜーんぶ、赤点。
日本語しゃべれるだけの、お馬鹿さんってわけ。
私はもう、笑うしかないのだった。




