第42話 7月 絆の時間(佳奈)1 kana
佳奈 kana
「私、最近、変なんです」
絆の時間。
私は、みよちゃん先輩に思い切って相談してみた。
「え、最近?」
みよちゃん先輩は驚いた様子で問いただす。
注目してほしいのは、そこ、じゃないんだよなあ。
そう思っていると、先輩が注ぐお茶があふれそうになっているので、私は慌ててグラスを指さしてみせる。
はっとして、みよちゃん先輩がグラスに口をつけた。
あふれそうになったお茶を、じゅるじゅると吸い込む美代子に、私は野性味を感じてしまう。
「これ、私のにするね」
「みよちゃん先輩なら、私、ぜんぜん構わないですよ」
「あ、じゃあ、どうぞ」
どうぞ、なんだ。
じゅるじゅるにされたグラスを、美代子はすーっと私の前にすべらせる。
「冷たくておいしいですね」
せっかくだから、じゅるじゅるされたところに口をつけて飲んでみた。
美代子の唇に触れたときの感触を思い出してくる。
「いつもこのお茶で、飽きてしまったりしないかなあ。私は好きなんだけど、これ」
「みよちゃん先輩が好きなら、私だって好きですよ」
うふふっとふたりで笑いあう。
「私、変になっちゃって」
先輩がお茶をすすって落ち着いているから、もう一度言い直してみる。
みよちゃん先輩は、「はて?」って顔で、首を傾げている。
私が変になっても、驚かないのかな。
もっとびっくりして、飛び上がるイメージでいた。
なんなら、よしよしって、してもらえちゃうかなって、期待までしていた。
「私のからだ、おかしくなってしまったんです。なんか、もう、ぜんぜん、言うことをきいてくれなくって」
「え、それは心配」
みよちゃん先輩は立ちあがり、私の隣にすっと座ると、おでこに手を当てて、体温を比べはじめた。
「いまは、熱っぽくないと思うんですけど」
「私とおんなじくらいかなあ」
安心したのか、うんっと頷いてから、みよちゃん先輩は、にこっと微笑んだ。
「なにかあったの?」
先輩がやさしく語りかけてくる。
私は思い切って告白をする。
「友だちのパンツをはいたら、世界が変わってしまったんです」
「んん?」
美代子が顔面いっぱいに、疑問符を貼りつけている。
私はもう少し、掘り下げることにする。
「プールの時間に、ちょっとしたいたずら心で、友だちのパンツを自分のものにしてみたんです」
「え、それって、下着泥棒」
「あ、ノーパンにはさせてないんで、だいじょぶです。代わりに私のを入れておきました」
「うん。えっと、ちょっと頭整理させてもらってもいいかなあ。佳奈ちゃんって、猛スピード、なところあるから」
「みよちゃん先輩は、おっとりしてますもんね」
「ほぼ、ぶつかり事故、みたいなところ、あるからね、美代子にとっては」
みよちゃん先輩はそう言って、自分のグラスを乱暴につかみあげると、ぐいっとお茶を飲み干してみせた。
私も心を落ち着けるために、同じようにしてみる。
「間違ってたらごめんなんだけど、おしゃれに目覚めたとか、そういう話で合ってるのかなあ」
「違います」
「そうだよね。佳奈ちゃんに限って、そんなわけないよね」
みよちゃん先輩が、ほっぺたに指を当てて、首を傾げるポーズになった。
こうなったら、美代子の頭の回転は、最高速度に達するんだ。
「ごめん、わかんないかも」
さすがの美代子にも、お手上げみたいだった。
私だって、自分がそうなって、大いに困惑しているくらいなんだ。
ちょっぴり恥ずかしいような気もするけれど、こんなこと、みよちゃん先輩にしか相談できないと思って、私は意を決した。
「なんか、その、大事なところを触られているみたいな妄想に囚われてしまって、そうなると、からだの自由がきかなくって、からだの芯からびりびりびりってなって、頭がぱんって真っ白になってしまうまで、我慢するしかなくなっちゃうんです」
みよちゃん先輩は、ぽーっとしながら、口を半開きにして聞いてくれていた。
体験した人でないと、わかりにくかったかなって思って、私はまた説明を続ける。
「それ自体は、気持ちいいっていうか、なんていうか、満たされたような感覚もあって嫌いじゃないっていうか、むしろ好きっていうか、悪い感じはしないんですけど、その感覚がどうしても忘れられなくって、毎日、あかりのパンツをはきたい衝動に駆られてしまうんです。それに抗えなくて、毎日してしまうんです」
「からだが元気なんだねえ、佳奈ちゃんって」
「ありがとうございます」
なんか褒められたので、お礼を言っておく。
「そのせいで、試験勉強も手につかなくて、赤点だらけになってしまうし、おかげで夏休み、毎日のように補習になってしまうしで、とにかく時間をたくさん奪われて、寝不足にもなるし、ほかになにもできなくて困っているんです」
みよちゃん先輩は、ああっとため息のように声を発してから、
「それは困ったねえ」
と、私の気持ちに寄り添ってくれた。
「これってなんらかの、『依存症』、ですよね?」
パンツ依存症なんて病名、聞いたことない。
そんなの恥ずかしくって、お医者さんにだって言えないよ。
「ネットが遮断されて、自分で調べることもできないし、先生の見ている前でなんて、ますます調べられないしで、ほんとうにつらくって」
溜まっていた気持ちを吐き出すと、なんだか涙がでそうになった。
私の顔を見て、隣に座ったみよちゃん先輩も、瞳をうるませながら、そっと私を抱きしめてくれた。
「佳奈ちゃんのからだは、おかしくなんてないんだよ。むしろ健康に成長している証なんだあ」
抱きしめながら、背中をさすってもらうと、なんだか気持ちが落ち着いてくる。
私を解放すると、みよちゃん先輩は頬を赤らめながら、説明してくれた。
「性の目覚め、っていうのかなあ、そういうのって。私もそんなに知識多いほうじゃないから、よくわからないんだけれども」
私は、みよちゃん先輩の言いたいことが、さっぱりわからなかった。
そんな様子に気づいてか、みよちゃん先輩は言い直してくれる。
「みんな経験することだから、そんなに思い詰めたりしなくて、だいじょぶだよ。誰にでもあることなんだから」
「みよちゃん先輩も、あるんですか? 友だちのパンツをはいて、そういうこと」
「美代子はそんなにアブノーマルじゃない」
みよちゃん先輩は、首を振って否定する。
私は、さみしい気持ちになって、うつむいた。
美代子といっしょじゃないなんて、そんなの嫌だ。
「ちがうちがう。違わないけど、ちがうの」
みよちゃん先輩は大慌てで、否定なのか肯定なのか、よくわからない反応をしてみせる。
「佳奈ちゃんって、元気があり余ってるでしょ?」
私は天を仰いで、考えてみる。
「確かに、こんなに運動不足だったこと、人生で一度もないかもしれないです」
足を骨折して、運動そのものができなくなって、治ったら治ったで、あかりと喧嘩して山には行けないし、まともな運動を何か月もしていない。
こんなのはじめてだった。
「それで、毎日しちゃうんじゃないかなあ。女子寮のまわりとか、学校の周辺とかを走って、体力を消耗させてみるのはどう?」
「走るのは好きだから構わないんですけど」
それで解決するのかなあ。
そんな疑いを持ちながら、みよちゃん先輩の顔を見ていたら、ふと気がついた。
「誰にでもあるってことは、形は違ったとしても、みよちゃん先輩にもあるってことですよね?」
私が訊ねると、かあっと顔を赤くして、みよちゃん先輩は「うん」と頷いた。
「どのくらい、あるんですか?」
「え、頻度って、こと?」
「はい」
みよちゃん先輩は、答えにくそうに、もじもじしている。
「私は言いましたよ」
先輩だけひみつなんて、ずるい。
私たちの間に、ひみつなんて、あってはいけないと思う。
みよちゃん先輩は私にすごまれて、観念したかのように小さな声で言う。
「月に1、2回くらいは」
「え、なんかすごくうらやましい感じです」
そのくらいなら、生活に支障がない範囲って、感じがする。
「ど、どういうときに、あるんですか、それは」
興奮して、思わず、声が震えてしまった。
パンツをはくのでなければ、どういうきっかけではじまるんだそれは。
みよちゃん先輩は瞳をうるうるさせながら、
「この話、誰にも言っちゃだめだよ」
と、念押ししてきた。
「言えるわけないですよ」
私はそう断言して、美代子を安心させようとする。
緊張して口の中が渇いたのか、ごくっと唾を飲み込んでから、みよちゃん先輩は話しはじめた。
「なんか、そういう気分になったときにしちゃう。周期的にやってくるから、月のものと関係してるのかなあって、勝手に思ってはいるけれども」
「とても、生物学的、ですね」
「すぐ動物でたとえようとするんだあ」
照れくさそうに、膝をぽんっと軽く叩かれた。
「いつするんですか? それって」
「だいたい眠れないときだから、ベッドに入ってからするかなあ。終わればすっきり眠れるんだあ」
「時間ってどのくらいかかるものなんですか?」
うぅんって息を漏らしながら、みよちゃん先輩は困った顔をする。
私があまりに根掘り葉掘りしてくるから、答えをためらってしまったようだ。
清水の舞台から飛び降りるかのように、意を決した様子で教えてくれる。
「はかったことないけど、そんな何時間もしないよ。だって、そんなに長時間、苦しくなっちゃってできないし」
「そうなんですか? 私の場合、パンツをはいて、友だちがキスしてるあの動画を見ながらするんですけど、動画が何回リピートされたのかわからないくらい時間がかかって、すっきり眠れるどころか、かえって寝不足になってしまうんです」
そう考えると、私はやっぱりおかしいんだ。
「たぶん、佳奈ちゃんって、その、正しいやり方を知らないだけなんじゃないかなあ。そういう、性癖、みたいなものの可能性もあるけれども」
「みよちゃん先輩は、どんな動画を見るんですか?」
「ん。なにも見ない」
みよちゃん先輩は、なんども首を振りながら否定する。
「どんなことを、考えるんですか? 私は動画でキスを迫る友だちがいつもでてきてしまいます。いつも、そいつが私を襲ってくるんです」
「具体的な出来事があって、そういう気持ちになったときは、そのことを思い出したりはするけれども、そうじゃなければ、なにも妄想したりはしないかなあ」
「え、じゃあ、どうやってするんですか? パンツだってはかないわけですよね」
「パンツははいてるんだあ。ノーパンで寝る習慣とかないからね」
「教えてください」
みよちゃん先輩は、自分の指をもてあそびながら、もじもじしている。
私は正座をして、じっとみよちゃん先輩を待つ構えをみせる。
観念した美代子は、白状した。
「ん。指でする。そんなアブノーマルな趣味ないし、おもちゃとか持ってないから」
「アブノーマル? おもちゃ?」
私が疑問符だらけになっていると、美代子が抱きついてきた。
美代子のからだが熱い。
恥ずかしいのをごまかしたな、と思った。
「いまの、絶対、誰にも言っちゃだめだよ」
私は、抱きついている美代子の肩をつかんで、無理やり引き剥がした。
「どうやるのか、見せていただくことってできますか」




