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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第三章 倒錯者たち
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第41話 7月 寮長選挙2 kana

  佳奈 kana


「美代子が私の部屋を訪れるのも、ずいぶんと久しぶりに感じるねえ」


 七海先輩のお部屋のレイアウトは、みよちゃん先輩の部屋に似ていた。

 たぶん、美代子が自分の部屋を七海先輩の部屋に似せていたんだとわかる。


 憧れの先輩と、いっしょがよかったんだね、美代子。


「佳奈さんだったかな、名前」

「はい」


 いきなり名前を言い当てられて、私は驚いて声をあげた。


「入寮式、遅刻していたね」


 そう言って、七海先輩がにこっと笑いかけてきた。

 新入生、ひとりひとりのことを、寮長として、この人はきちんと見てくれていたんだ。


 なんか、このお姉さんのこと、好きになっちゃいそう。


 私は一瞬にして、美代子の気持ちが理解できた。


「どうぞ、座って」


 床に置かれた座布団に、みよちゃん先輩と並んで座る。

 私は、ちゃぶ台の上に置いてある、透明な急須に目を落とす。

 七海先輩がそれを持ち上げて、「冷茶だよう」と言いながら、お盆の上の湯呑みに注いでいく。


 みよちゃん先輩より、本格的なおもてなしだ。

 こんなに丁寧な所作は、美代子にはきっとまねできない。

 出されたお茶を、ふたり揃っていただく。


「私も美代子に投票したよ。結果は圧倒的だったねえ」


 にこにこしながら、七海先輩が言う。


「いえ、私はコバンザメの糞みたいなものなので」


 それってただの、うんこ、じゃないか、美代子。


「美代子は変わらないなあ」


 七海先輩はうれしそうに笑う。

 みよちゃん先輩は恐縮している。


「美代子が私のお手伝いをやってくれていたのは公然の事実だけど、ほんとうに人から信頼されて、好かれていないと、あれほどの大差にはならないから、安心して胸を張っていいんだよ」


 自信なさげだった美代子の顔が、ぱあっと明るくなった。


 そうか。

 そうやって励ましてあげたらよかったんだ。


「七海先輩って、テクニシャン、ですねえ」


 七海先輩は、ぐふってふきだしてから、


「美代子がふたりに増えたみたい」


 と言って、笑った。


「私、ここまで常軌を逸してはいないですよう」


 笑ってるけど、それ、どういう意味なんだ、美代子。


「みよちゃん先輩も、相当ですよう」

「605号室の伝統なのかなあ」


 私が応じると、七海先輩も被せてくる。

 気さくな挨拶の応酬に、私たちはいっしょになって笑った。


 七海先輩という人は、超然として、カリスマ性にあふれる公の姿とは違って、とても気さくで、ひょうひょうとして、話しやすいお姉さんだった。


「寮長なんて、たいした職じゃないよ」


 あっけらかんと、初代寮長の七海先輩は言ってのける。


「みんなの意見を取りまとめて学園と交渉したり、逆に学園からの要望をみんなに伝えたり、女子寮の運営についての改革案を考えてみたり、寮生同士の争いごとを仲裁したり。あとは、寮が関係する行事のときに、先生たちから挨拶を打診されたりするくらいかなあ。簡単でしょ?」


「はちゃめちゃに難しいです。私って、頭よくないし」


「そうかなあ。美代子ならできると思うけどなあ。なんだったら、私よりも向いてそうだよ。美代子、愛嬌のお化けみたいなところあるし。それは天性のもので、誰にもまねできない、美代子のいいところなんだよ」


 七海先輩におだてられて、みよちゃん先輩は顔を真っ赤にしながら、ぷるぷると首を横に振った。


「佳奈もお手伝いしてあげるんだもんね」


 呼び捨てにされて、どきっとしながら、私は頷いてみせる。


「みよちゃん先輩のためなら、なんだってやります」

「いい妹を持ったね、美代子」


 七海先輩が微笑みながら言うと、みよちゃん先輩もまんざらでもない様子で、うんうんと二回頷いてみせた。


 そうか。

 みよちゃん先輩はお姉さん役だから、私は妹役ってことになるんだ。


 姉妹になれたみたいで、なんだか心があったかい気持ちだ。


「ふたりのおかげで、私はなにも心配しないで、受験勉強に集中できそう」


 七海先輩は大学受験の真っ只中なんだ。


 この学園には、まだ卒業生がいないから、実績というものがない。

 これから、この人たちが、私たちの可能性を切り拓いていくんだ。


「受験勉強、頑張ってください」


 私は思わず、応援した。

 うんうんって、みよちゃん先輩も頷いている。


「私はいい後輩を持ってうれしいよ」


 七海先輩は、大げさに泣きまねしながら言う。

 このお方は、そんなお茶目もなさる。


「寮長として、最初の仕事は就任の挨拶だよ」

「緊張します」

「あ、女子寮のアプリで文章をアップするだけだから、緊張する必要はないよ」

「なあんだ。晴れ舞台ってわけじゃないんだあ」


 みよちゃん先輩は、ちょっと残念そうに言う。


「生徒会長とかじゃなくて、あくまで『寮生の代表』に過ぎないからね。自治会長みたいなもんだ」

「国語は得意なほうなので、一生懸命、考えます」

「肩肘張らなくても、大丈夫だよ。いつもの美代子が、みんな大好きだから」


 瞳を輝かせながら、みよちゃん先輩は頷いた。


「佳奈もしっかり、美代子を支えてあげるんだよ」


 私も同じように瞳を輝かせて、頷いていたんだと思う。


 七海先輩という人は、みんなを勇気づける、不思議な魅力を持ったお姉さんだった。


 ◇


 あっという間に、七海先輩への就任報告は終わった。


「卒業まで、まだしばらくあるから、相談ごとがあったらいつでもおいで」


 七海先輩は最後にそう言ってくれた。


 中央棟で美代子とバイバイして、私は部屋に戻る。


 その夜、ベッドに入って眠ろうとしていると、ヘッドラインが更新されて、二代目寮長就任の挨拶が掲載された。


『ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします』


 そんな書き出しではじまるその文章は、まじめなことを書いてあるんだけど、読んでいると、なんだか笑ってしまうような、そんな彼女らしい挨拶だった。


 興味を惹かれた私は、ヘッドラインを遡り、初代寮長就任の挨拶を読んでみる。


 おとなが書いたみたいな、きっちりした文章で、「みんなの力になる」という決意が表明されていた。

 やっぱり、かっこいいお姉さんだなって、私は思った。


 美代子の挨拶に戻ると、最後に私のことが書かれていた。


『佳奈ちゃんという私の大切な大切な妹が、お手伝いしてくれることになりました。どうもありがとう』


 七海先輩みたいな、かっこいいお姉さんにも憧れるけど、私はやっぱり美代子の書く文章のほうが好きだ。


「どういたしまして」


 そこでお礼を言われても、返信する機能もないから、ひとりで返事をしてみた。


 ちょっぴり照れくさい気持ちになりながら、私は自分の名前に張られたリンクを辿ってみる。

 プロフィール上の「部活動など」の項目に、自然と目線が吸い寄せられた。


 山岳調査部の下に、「生徒会(寮長のお手伝い)」という一文が追加されている。

 昨日までの美代子とお揃いってわけだ。


 私は誇らしい気持ちで眠りにつく。


 そういえば、パンツの件で、相談したいことがあるんだった。

 それはまた、次の「絆の時間」でいいか。


 この世界は鮮やかな色であふれ、そして、輝きに満ちている。


 これこそ、私の探していた「ユートピア」に違いないと、このとき私は思った。

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