第40話 7月 寮長選挙1 kana
佳奈 kana
「急に押しかけちゃってごめんね」
みよちゃん先輩が私の部屋にやってくる。
絆の時間じゃなくても、先輩といっしょの時間を過ごせるなんて、そんなの、うれしい以外の感想はない。
だけど、迎えるにはそれなりの準備ってものが必要なんだ。
私は、大慌てで彼女を出迎えた。
「なんかすっごい格好」
みよちゃん先輩が笑いながら言う。
「慌てて、スカートはいたので」
「それ、スポーツブラとか?」
「陸上やってたんで」
「上着を羽織らなくていいのか聞いたつもりだったんだあ」
「暑いので、先輩も脱いでいいですよ」
「ん。遠慮するう」
遠慮しないでいいのに、と思ったところで、立ち話になってしまっていることに気がついた。
「そこに座ってください」
「ありがとう」
改めて見渡すと、私の部屋は人を迎え入れる準備ってものが足りていない。
この部屋でたったひとつのクッションに、ひとまず彼女を座らせる。
「わあ」
情けない声をあげながら、みよちゃん先輩がひっくり返った。
お茶を出そうとしていた私も、思わず笑ってしまう。
受け身は取れたみたいだから、誰かさんと違って運動神経は悪くない。
「それ、人をだめにするクッションなんで」
「説明になってないんだあ」
むっとしている先輩の手を引いて起こしてやる。
「やわらかくて、座るとぐにゃあってなるので、ゆっくりバランスを取りながら座ってください」
「最初に言ってほしかったんだあ」
「かわいいですね、みよちゃん先輩って」
おそるおそる、バランスを取りながら座る先輩がかわいくって、私は思わず、声にだしてしまった。
うふふっと、恥ずかしそうにみよちゃん先輩は笑う。
「紙コップなんだあ」
「すいません。食器とかなくって、慌てて売店で買ってきました」
「え、そんな申し訳ない」
「おばあちゃんから、お小遣い、振り込んでもらってるんで、だいじょぶです」
「ますます申し訳ないなあ」
ベッドの中に隠しておいた、お茶のペットボトルを取りだして、紙コップに注いでいく。
「ベッドから出てくるお茶、はじめて」
「みよちゃん先輩の好きなやつです」
「ほんとだあ」
いつも、絆の時間に振る舞ってくれる銘柄のお茶を、売店で買ってきたのだ。
これって、売店で売ってるやつだったんだって、見つけてから思った。
「冷たくておいしい」
「冷蔵庫ないんで、さっき買ってきました」
「しっかり味わわなきゃ」
そう言って、みよちゃん先輩は紙コップのお茶をぐいぐいやりはじめる。
「赤なんですね、今日」
私が言うと、先輩はぶふぉって口を押さえてむせはじめた。
慌ててティッシュの箱を探して渡してあげる。
手や口のまわりを拭き拭きしてから、みよちゃん先輩がようやく口を開く。
「佳奈ちゃんって、すぐそういうこと言うんだから。見えても黙っておいてあげるのがマナー、でしょ?」
「見えたら教えてあげるのが、マナーってもんじゃないですか?」
パンツ見えちゃったのに、黙っているなんて、そっちのほうが恥ずかしくないのかな。
みよちゃん先輩は「一理あるかも」という様子で、首を傾げている。
やがて、思い出したように本題に入っていった。
「今日は大事な日だから、元気がでる色にしようと思ったんだあ」
「勝負の日なんですか?」
「いかがわしい表現は控えてほしいんだあ」
私は、空になった紙コップにお茶を注いでごまかしてみせる。
「佳奈ちゃんは、寮長選挙の結果って、もう見た?」
「あ、忘れてました」
女子寮のアプリに通知が届いて、投票が開始されたのが先週の今頃だったかな。
私はノータイムで「美代子」に投票した。
対象は二年生なら誰でも。
そうは言っても、上級生の知り合いなんて、美代子しかいない。
そうでなかったとしても、私は「美代子」に投票していたかもしれないな。
彼女が寮長なら、みんなも安心だって、胸を張って言えるから。
黙って見つめ合っていると、しびれを切らしたみよちゃん先輩が、ベッドの上に放り投げてある私のスマホを指さした。
その目で見てみろってことだ。
私は立ちあがり、ベッドからスマホを拾い上げる。
女子寮のアプリを開くと、ヘッドラインが盛大にネタバレしていた。
『二代目寮長は、美代子さんに決定しました』
リンクを開くと、上位3人の名前と得票数が開示されていた。
トップの美代子は、2位にトリプルスコア以上の圧倒的大差をつけて勝利を収めていた。
「すごいじゃないですか、先輩」
一年生はお姉さん役の二年生に投票する人が多そうだし、同級生や先輩たちの支持が集まったのかな。
そうだとしたら、身近で彼女の姿を見てきた人からの支持だから、ますますすごい。
なんだか、私まで誇らしいよ、美代子。
喜ぶ私とは対照的に、みよちゃん先輩の表情は冴えない。
「きっと、七海先輩のおかげ。私が七海先輩のお手伝い係だってことは、みんな知っているわけだから」
みよちゃん先輩は、七海先輩と同じく、生徒会に所属している。
役職は、「寮長のお手伝い」だ。
はじめて見たときは、なんだそれって思ったけれど、聞けば、本人が志願して作ってもらった役職らしい。
きっと、七海先輩のことが大好きだったから、そばにいたくてお願いしたんだ。
美代子なら、そのくらいやりかねない。
美代子って、とっても情熱的なんだから。
「私って、七海先輩の金魚の糞だと思われてるところあるから」
「自分をうんこ扱いするなんてよくないです」
それはいくらなんでも、自分を卑下しすぎなのだ。
「そこまでは言ってないんだあ」
喜んでくれると期待して言ったのに、美代子はなぜか不満げだった。
「じゃあ、七海先輩のコバンザメってことにしましょう」
「なんか、イメージダウンしてる気がするう」
一本取られたなあって、ふたりで笑いあっていると、みよちゃん先輩は急にまじめな顔に戻って言う。
「今日は佳奈ちゃんに相談があってきたんだあ」
「私に相談ですか?」
うれしくて、声が弾んでしまう。
先輩に頼られることがあるなんて。
「七海先輩みたいな完璧超人にはとてもなれないから、佳奈ちゃんに私のお手伝いをお願いしたくって」
「それって、生徒会に入れってことですか?」
みよちゃん先輩は首を縦に振る。
「私って、佳奈ちゃんがそばにいてくれると、元気になれるし、とっても心強いんだあ」
「私、想像を絶する無能かもしれませんよ?」
これは脅しではないという調子で、私は強く迫った。
美代子の期待を裏切ってしまうのは、しのびなかったから。
「私もいっしょだから、だいじょぶ」
「それならやりたいです」
わあって声をあげて、みよちゃん先輩は、両目をうるうるさせながら喜んでくれた。
「これから、七海先輩のところへ挨拶に行くから、いっしょに行こう」
そう誘われた私は、慌てて制服のブラウスを羽織る。
先輩が先に部屋を出ていく。
ボタンを留めながら、「私もいっしょ」なら、大丈夫じゃなくないかって、冷静に私はそう思った。




