第4話 4月 離島へ向かう連絡船の上1 akari
あかり akari
その女の子は、私に佳奈と名乗った。
私が東京から来たと言うと、佳奈はなんとか村ってところから来たって教えてくれた。
普通、出身地って、東京とか大阪とか、誰もが知ってる大都市で言うと思うんだけど、村とか言うから、どこなんだかわからなかった。
なんとなく、田舎っていうイメージはわくけれども。
「なにもかもが古びた、滅びかけの村だよ」
どんな村なのかと訊ねる私に、あっけらかんと、彼女はそう答えてみせた。
あまり深くつっこんでも、楽しいことは聞けなさそうな雰囲気だった。
「滅びたあとは、どうなるんだろうねえ」
私は、話題をずらしてみせる。
佳奈は自信満々の、なんなら、よくぞ聞いてくれたっていう、うれしそうな顔をして応じる。
「森になる」
げらげらと、私は笑った。
佳奈ってやつは、なかなかおもしろいやつだ。
そんな佳奈に手を引かれ、私は乗船手続きへと向かう。
係員に、佳奈がなにかを見せて、ゲートをくぐり抜けていった。
どうすればいいのかわからないで立ち尽くしていると、ついて来ない私に気づいて振り返った佳奈が声を発した。
「生徒手帳は?」
「え、わかんない」
私は慌てて、おばあちゃんから預けられた旅行鞄を開こうとする。
衣類やらなにやらでごちゃごちゃしていて、それらしきものは見当たらない。
「忘れちゃったみたいです」
私の代わりに佳奈が言うと、
「もう時間ないから、今日は通っていいよ」
と、係員さんに声をかけられた。
旅行鞄を持ちあげながら、人の気配を感じて後ろを振り返ると、もたもたしている私を待っている人が何人もいた。
みんないい年の大人で、私たちみたいな学生はいなかった。
イライラしてそうな、恰幅のいいおじさんと目が合って、気まずくなる。
「すいません」
「今回だけだよ。次からは忘れないように」
釘を刺されながら、佳奈のところに駆け寄る。
「制服着てれば、それで学園の生徒だってわかるもんね」
「生徒手帳が切符の代わりだったんだね」
佳奈とふたりでしゃべりながら、船に乗り込む。
「コスプレの可能性あるから、念のためってことかなあ」
私が言うと、佳奈が、ははって笑った。
船内を歩いていると、景色のよさそうな窓際の席を佳奈が指さす。
そこに並んで、ふたりで座る。
「学園のおかげで連絡船の本数が増えたらしいから、生徒はただで乗れるんだってさ」
旅行鞄を開けて、生徒手帳を探している私に、佳奈が教えてくれた。
慈善事業じゃあるまいし、そんなうまい話があるわけないでしょって私は思っていた。
「その分、学費に含まれてるんでしょ」
私が指摘すると、佳奈は得意げにふふんって笑ってみせる。
「政府の補助金なんだって。学園を作った組織がなんて言われてるか知ってる?」
旅行鞄の中に、学園から届いたらしい大きな封筒を見つけた。
私は、それを取りだしながら応じる。
「なんも知らん」
「補助金を抜くのが上手いだけの組織。実業でもなんでもない虚業だって」
「なにそれ、ほぼ誹謗中傷じゃん。あった」
封筒の中から生徒手帳を見つけると、佳奈の笑い声が聞こえた。
「なんかね、AI開発で一山当てて、政府から補助金をがっぽがっぽして、うっはうっはしてたんだけど、外国との競争に負けて、これからは教育だあって言い出して、また補助金もらって作ったのが、私たちの通う学園を運営する団体って話みたい」
「ずいぶん、詳しいね」
「めちゃめちゃ調べたからね。進路決めるときとか、合格決まってからも」
ま、普通はそうか。
「学園に関するネットの情報、まあまあ、治安悪いよ。あかりは調べてないの?」
「なんも知らん」
「やば。あかりって一般?」
「なに、一般って」
「あ、そっから? ほんとになんも知らないんだねえ」
佳奈は驚いたというより、呆れたという顔をした。
「生徒手帳見せて」
そう言われたので、見つけたばかりの生徒手帳を差し出してやる。
「一般だね」
一般っていうのは、科の名前か。
「佳奈は?」
「いっしょ」
そう言って、生徒手帳を返してきたので、取り出しやすいように、旅行鞄のポケットにしまっておく。
封筒を鞄に戻すと、佳奈が悪い顔でささやいてきた。
「一般コース、なんて言われてるか教えてあげよっか」
「ろくなこと言われてなさそう」
なんとなく想像がついた。
「名前さえ書ければ、誰でも入れる馬鹿クラスだって」
予想が的中した私は、ははっと笑った。
「きっと、特進コースに性格悪いやつがいて、そいつが書き込みしてるんだわ。許せん」
ネットの書き込みで言われているのか。
スマホ持ってないし、ネットなんて普段やらないからあんまり想像つかない。
「佳奈は勉強できるの?」
わざとらしく首を傾げている。
「できないんだ」
「ん。できないんじゃなくてやらないだけ」
「そういうこと言うやつが、勉強できるとは思えないんだけど」
わははって、佳奈は大きな声で笑った。
「あかりは?」
「先生に目つけられない程度には」
「なにそれ」
「それで充分でしょ、学校の勉強なんか」
佳奈は楽しそうに、ぎゃははってきたない声で笑う。
この女は声がでかい。
笑い声はさらにでかい。
「学校嫌いだし、私」
「坊主憎けりゃ袈裟までってやつだね」
「へー」
私は感心してしまった。
「馬鹿そうなのに、おもしろい言葉知ってるじゃん」
「いま、馬鹿って言ったか?」
見つめ合うと、ふたりして大声で笑った。
「こう見えて、読書、するからね、私」
「ふーん」
「おばあちゃんが読書好きだから」
読書を特別なことみたいに言っているのが、なんかおかしかった。
「うちもだよ。私も本は好き」
「おばあちゃんって、だいたいそうなのかなあ」
「え、知らない。いろんなおばあちゃんがいるでしょ」
私が言うと、うーんとうなって佳奈が応じる。
「音の出るもの嫌いで、静かなのが好きだから、テレビとかスマホの動画とか、小さい頃から家じゃほとんど見なかったんだよね」
この子も、おばあちゃんに育てられたんだ。
そうなんだろうなって、姿を見た瞬間にそう思っていたけれど。
「うちはそれないわ。おばあちゃんもお母さんも、音楽が好きだったから。いつも、なんらかの音楽が流れてる。でも、動画とかは見たことないかな」
「そこはうちといっしょだね」
「スマホの動画とかって、学校でクラスの子に見せられることはあるけど、なにがおもしろいんだかさっぱり」
「わかる」
そう言いながら、佳奈が大きく頷いた。
「話合わせるのとか、おもしろいふりするの疲れるんだよね」
私が言うと、佳奈は驚いたようにえーって言って続ける。
「それはわかんないわ。それ、おもしろくないよって言えばいいのに」
「あんた、空気読めないって言われない?」
「言われたことないし。空気読めるし」
お互い、にやにやしながら、そんなことを言い合う。
「田舎ってゆるいんだ」
「都会人ぶって田舎を馬鹿にしてるな?」
ふふんと笑って、佳奈が続ける。
「外で遊ぶほうが、好きなだけだし。東京ってコンクリートばっかりで自然がないんでしょ?」
「都会を馬鹿にしてるだろ。あるところにはあるよ、自然。だいたい人が管理してるから、佳奈のイメージしてる自然と比べたら、人工的かもしれないけど」
「楽しいのそれ。家の裏に山とかないんでしょ?」
「家の裏は別の家だよ、道路じゃなければね。家と言っても、うちはマンションだけど」
「え、それじゃ、隣の家から丸見えになるじゃん。裸で部屋とか歩けないよ」
気にするところ、そこなんだって思って私が笑うと、佳奈も大きな声で笑った。
その大きな声を遮るようにして、怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるさいんだよ、お前たち」
「あ、すいません」
ほとんど反射みたいに佳奈が謝った。
船に乗るときに目が合った、恰幅のいいおじさんが、斜め前の席から振り返ってこっちを睨みつけていた。
「騒ぎたいなら外でやりなさい」
おばあちゃんのことがあって、むかむかしていた私は立ちあがった。
「ここでおしゃべりしちゃいけないってどこに書いてあるんですか。嫌ならあなたが出ていけばいいじゃないですか」
「やめな、あかり」
佳奈が立ちあがって、私を制止する。
「なんで」
「いいから、外に出ようよ。景色も見たいからさ」
地面が揺れるのを感じて、船が動き出したとわかった。
佳奈に手を引かれ、歩きはじめた私の背中に男の声が響いてきた。
「わざわざ時間をずらしたのに、なんでまだ学園のやつがいるんだ」
船室の扉をくぐり抜けると、佳奈が扉を閉める前に声を発した。
「それは私たちが遅刻したからです」
でかい声で言うようなことじゃないなと思って、私は笑うしかなかった。
◇
「危ない生き物に出会ったら、戦わずに逃げろって、おばあちゃんから教わったんだよ」
げらげら笑いながら、船が陸地を離れていくのを見守る。
フェリー乗り場に着いたときは、まさか自分が船に乗って、陸地を離れるときには笑っているなんて、想像もできなかった。
「笑いごとじゃないんだよ。自然界は厳しいんだから、相手は捨て身でくるの。食うか食われるかなんだから」
佳奈って、おもしろいやつ。
なおも笑い続ける私に、佳奈はまじめな顔で説き伏せようとしてくる。
「負けておやつにされるより、逃げて生き延びたほうがいいに決まってるんだから」
「田舎ってこわいとこなんだね」
佳奈は、ふふんっと笑ってみせる。
「人間は自然界で言ったら、あんまり強くない動物だからね。女子高生なんて、その中でも下のほうよ」
「最強はなんなの? ヒグマとか?」
「いい線いってるね」
佳奈は、にやりと笑った。
「教えてよ」
私も、にやけながら訊ねる。
「カバだよ」
私たちはでかい声で笑いあった。
静かな港に、私たちの笑い声が響き渡る。
「絶対、諸説あるやつでしょ、それ」
「まあね。対戦の相性とかあるはずだから。でも、人間がカバ以下なのは間違いないよ」
「野生のカバいないでしょ、日本に」
「自分を弱い生き物だと自覚して生きないとだめってこと」
さっき、私がおとなに言い返したことに対して、苦言を呈しているんだとわかった。
口喧嘩とかしないやつなのかな、佳奈って。
「言い返すくらい、いいでしょ」
私は悪びれない。
「あかりって、反抗期?」
「おまえ、馬鹿にしてんだろ」
佳奈がげらげら笑う。
「都会じゃ、舐められたら生きていけないよ」
真顔になった佳奈に、私は畳み掛ける。
「おとなしいやつって思われたら、痴漢されたりするし」
「え、それはやだ」
怯える佳奈に、私は言って聞かせる。
「でしょ。だから舐められないように、言い返すくらいはしておくのよ」
胸を張る私に、佳奈がふふっと笑った。
「それは、あかりがかわいいからじゃない?」
人からかわいいなんて、はじめて言われた気がする。
おばあちゃんだって、私のことをかわいいなんて言わない。
なんで、そんなこと言うんだろう。
佳奈は気にも留めない様子で続ける。
「私、痴漢とかあったことないよ」
「なさそう」
佳奈は、むっとした顔をした。
「どういう意味よ」
「自分で言ったんじゃない」
港に私たちの笑い声が鳴り響いた。
陸地がどんどん遠ざかっていく。
それから陸地が見えなくなるまで、私たちは静かにその景色を眺めていた。
私は、隣に佇む女の顔を覗き込んでみる。
初対面なのに、こんなに話しやすい子、はじめてだった。
よそ見とか全然しないし、こっちが恥ずかしくなってくるくらい、じっと目を見て話しかけてくる。
率直に、素直に言葉をぶつけてくる。
田舎の子ってそうなのかな。
東京という土地が、私に合っていなかっただけなのかも。
いや、そんなことないかな。
きっと、この女の特徴に違いない。
こんなに人と仲良くおしゃべりできるのに、いままではどうしてだめだったんだろう。
そっか。
私は、話している最中にスマホを見たりされるのが嫌だったんだ。
きちんと向き合って、お話しできれば、それだけでよかったんだ。
みんなが私の知らない話をするとか、私の知らないところでつながっているとか、そういうのじゃなかったんだな。
この子と話していて、いま、それがわかった。




