第3話 4月 フェリー乗り場(本土) akari
あかり akari
目の前に広がる光景を見て、騙されたと私は理解した。
高校の入学式だと聞かされて、朝から真新しい制服に身を包み、おばあちゃんとふたり、タクシーに乗った。
いつの間にか眠ってしまっていた私は、おばあちゃんに肩を叩かれて目を覚ました。
「なにこれ、どういうこと?」
タクシーが停まっている、その場所を見て、思わず声をあげた私をよそに、おばあちゃんは不敵な笑みを浮かべながら、運転手さんにお金を払っていた。
後部座席のドアが開かれ、車外に出ると、強い怒りに身体が震えた。
目の前に広がっていたのは、海。
タクシーに乗ってやってきたのは、フェリー乗り場だった。
おばあちゃんには、すべてお見通しだったのだ。
昨日今日の話じゃない。
おばあちゃんには、私の考えることなんて、ずっと前からお見通しだったのだ。
◇
学校という場所が、私は嫌いだった。
なにが嫌いって、なにもかも嫌いだった。
したくもない勉強をするのも嫌いだし、茶番劇のような行事に参加するのも嫌いだし、わざわざ早起きして、夕方まで子どもだらけの空間に閉じ込められていること自体が嫌いだった。
なによりも嫌いだったのは、私がクラスのみんなに馴染めなかったことだ。
原因はわかっている。
私がスマホを持っていなかったからだ。
みんなの話についていけないし、みんな私の知らないところで、誰かとつながっていた。
いつだって、私は仲間はずれにされた気持ちになる。
みんなが、私の知らない話ばかりするから。
いじめられたり、孤立したりはしていない。
いつも、はぐれ者の集まりみたいなグループに属しては、当たり障りのない会話をして、一日を過ごしてきた。
誰も私を友だちとは思っていない。
学校を離れたら、いや、それどころか、クラスが替わっただけで、みんなはすぐに他人になった。
生徒よりも、先生のほうがわかりあえる気がしたくらいだ。
その先生だって、卒業すれば、クラスが替われば、他人になる。
そんな学校という場所で過ごすのも、義務教育が終わるまでの辛抱だと考えていた。
中学を卒業すれば、義務教育は終わるんだし、あとは好きにしていいってことでしょ。
好きでもない学校に、貴重な人生の半分以上、九年間も、ほとんど休みなく通って、頑張ったほうだって、自分を褒めてあげたいくらい。
高校なんて行く気もなかった。
呆れたおばあちゃんが、勝手に高校を探してきて申し込んだだけなんだ。
試験会場は、都内の高校だった。
てっきり合格したら、ここに通うんだとばかり思っていた。
絶対に受かりたくないから、名前だけ書いて、ほとんど白紙で提出した。
最後の科目だけ、どうせもう落ちているのは間違いないだろうし、試験時間中、暇でしょうがないから、半分くらいは解いてやったかな。
どの程度、正解していたのかはわからないけれども。
こんなので受かるわけないし、これで自由の身だと、うきうきしながら家に帰ったことを憶えている。
結果は合格。
馬鹿みたいだなと思った。
私も馬鹿だし、この受験とかいうシステムそのものが、あまりにも馬鹿らしかった。
それでも、高校は義務教育じゃないから、行かなければ勝手にクビになるはず。
それなら、行かなければいいやと、私は呑気に考えていた。
それさえも、おばあちゃんには、お見通しだったということだ。
だからこそ、逃げ場なんてどこにもない、離島の、全寮制の、この学園を選んだのだ。
そうだ。
おばあちゃんも、私とおんなじことを考えていたんだ。
義務教育は終わったんだから、おばあちゃんにとっての、二度目の子育ては終わりだって、そういうことだったんだ。
そうやって、私を騙してでも、私を家から追い出そうとしたわけだ。
どうせ、私が言うことを聞かないの、わかりきっているからって。
いままで、数え切れないほど喧嘩もしてきたけれど、帰らなくなったお母さんの代わりに、私を育ててくれたことには感謝してるよ。
だけど、最後にこんな仕打ちをするなんて、絶対に許せない。
◇
こんなの、歴史の授業で習った「島流し」みたいじゃない。
フェリー乗り場へ向かう、おばあちゃんの背中を追いかけながら、船になんか乗ってやるものかと私は考えていた。
朝、家を出るとき、おばあちゃんが大きな旅行鞄を「重たいから持っててくれ」って私に預けてきたとき、あのときに気づくべきだった。
フェリー乗り場に入ると、おばあちゃんが話しはじめたので、私はその重たい旅行鞄を待合の椅子に置いて、ひとまず彼女の弁明を聞いてやることにした。
要約すれば、私が通う高校は離島にあって、全寮制だから、今日からお前はそこで暮らすんだと。
その旅行鞄には、着替えとか、学園から届いたパンフレットだとか、必要そうな身の回りのものが一式入っているから、あとは船に乗ってひとりで行けと。
お前の部屋にあったものは、後日、寮まで送り届けてやるから心配するなと。
頭に血がのぼったせいか、地面がぐらぐらする感覚に襲われながら、私はその話を聞いていた。
ふざけるな。
ふざけるな。
ふざけるな。
なにから怒っていいのかわからないほど、すべてに怒りを感じていた。
この世のすべてに怒りたい気持ちだった。
「嘘つき!」
私の口から出た言葉は、たったそれだけの、激しい憤りだった。
こんなに大きな声を出すことができたんだって、そのときはじめて知った。
フェリー乗り場にいる、人という人が、いっせいに私のほうを振り向いた。
おばあちゃんは、恥ずかしそうに、ぺこぺこと頭を下げていたけれど、私には恥ずかしいなんて感情は微塵もなかった。
続く言葉が見つからず、怒りに震えてわなわなしている私に、同じ制服を着た女の子が歩み寄ってきた。
背丈は私と変わらなくて、目線の高さがいっしょだった。
その子も、おばあちゃんとふたりで、この場所に来ていたみたいだった。
彼女のおばあちゃんは、心配そうな顔をしていた。
トートバッグを握りしめたその女の子は、私の目を正面から見据えて、こう言い放った。
「こんな、嘘だらけの偽物の世界なんか抜け出して、ふたりでいっしょに島へ渡ろうよ」
彼女がなんでそんなことを言ったのか、その意味なんてわからなかったけれど、この現実を、嘘だらけの偽物の世界と言ってくれたその言葉に、私は心を救われた気持ちになった。
だから、私は差し伸べられたその手を握り返したんだよ、佳奈。




