第2話 4月 夜の女子寮 kana
佳奈 kana
みよちゃん先輩の部屋を出て、二年生が住むB棟の廊下を歩く。
中央棟に着くと、誰もいなかった。
私は、壁に据え付けられた、ベンチに腰かける。
絆の時間が終わったら、あかりと待ち合わせることになっているからだ。
ただ歩いて部屋に帰るだけなんだけど、二年生のお姉さんの部屋へ向かうときも、自分の部屋に帰るときも、あかりは私といっしょに行動したがる。
勝手にひとりで帰ると、怒って私の部屋に怒鳴り込んでくるから、しょうがない。
あかりには、私しか友だちがいないし、あいつ、ほかに友だちを作ろうとしないから。
私はひとり遊びも好きだから、ひとりで行動したいときもあるんだけど。
あかりって、さみしがりやなのかな?
それとも、あまえんぼう?
どっちも違う感じがする。
あいつ、反抗期だし、尖ってるから、変な意地張ってるのかなあ。
B棟の廊下からは、まだ誰も出てこない。
今日はチャイムが鳴って、すぐに出てきたから、私が早すぎたみたいだ。
やることもないので、意味もなく中央棟をぐるぐると走り回る。
私たちが暮らす女子寮は、真ん中にある中央棟から、三本の廊下が伸びていて、各学年の生徒たちの部屋がある、A、B、C、三棟の住居棟にそれぞれつながっている。
私たち一年生はC棟だ。
学校を挟んで反対側にある、男子寮も同じ構造らしい。
アルファベットのYみたいなこの学生寮の形って、どっかで見たことあるけど、なんの形だっけって志乃ちゃんに訊いてみたら、
「ベンツ」
って、ひと言だけ返ってきた。
なんのこっちゃと思ってあかりに話したら、高級外車のロゴだと教えてくれた。
田舎じゃ、そんなおしゃれなの走ってないから知らなかった。
うちの田舎に走ってる車なんて、だいたい軽トラとかなんだから。
あかりには、ついでに嫌な顔もされたけど、あれは私が志乃ちゃんとおしゃべりしたことに対して、むっとしていたんだと、いまならわかる。
私が誰と仲良くしたって、あかりには関係ないし、いいじゃないかって思うんだけど。
頭にくるから、ちょっといたずらしてやるか。
◇
「やだ、なにこれえ」
ベンチの下に、仰向けに寝転んで隠れていると、志乃ちゃんに見つかって引かれてしまった。
「そこ、きれいなの?」
「見なかったことにして」
「穢らわしいわ」
志乃ちゃんは首を横に振りながら、そう言い残し、去って行った。
かくれんぼ得意な自信あったんだけど、これじゃだめだったか。
警察にお願いして捜してもらわないといけなくなっちゃうから、かくれんぼは卒業してちょうだいって、おばあちゃんに頼まれて、この業界からは足を洗って久しい。
もう小学生じゃないから、自分で思っているより、身体が大きく成長しているみたいだ。
私は壁に背中をくっつけて、小さくなってあかりを待つ。
ベンチの陰にしっかり隠れられたと思ったら、あかりがやってきた。
きょろきょろしている。
私がいないとわかって、スマホを見た。
女子寮のアプリから、私がどこにいるか確認したに違いない。
部屋に帰っていないとわかったからか、あかりは中央棟の廊下をぐるぐるしはじめた。
真っ暗な多目的室を覗き込んだところで、あかりは足を止めた。
あきらめたな。
これは、私の勝ちみたいだね。
私は、ゆっくりとベンチの下から這い出ると、あかりに勝利を宣言しようとした。
「佳奈」
あかりが小さくつぶやく声が聞こえた。
なんだその暗い顔。
そんな顔しちゃだめじゃないか。
いや、そんな顔させちゃ、だめだったのか。
いつもの都会人ぶった澄まし顔でいると思っていたから、私はどう声をかければいいのかわからなくなってしまった。
しょうがないので、トイレ行ってましたって顔で現れることにする。
「ああ、すっきりした」
急に声をだしたから、あかりはびくっと驚いた様子で、こっちを振り返った。
「声でかいわ、佳奈」
あかりの顔が、ぱあっと明るくなった。
ふたりきりのときにしか、見せない顔だ。
学校じゃ、こんな顔見たことない。
かわいいのに、もったいない。
「そういえば、怪我、治ってきたね」
私が言うと、あかりがあの日、擦りむいた鼻に手を当てながら、ああっと声をあげた。
私は腰を落として、あかりの膝を覗き込む。
「膝もすっかりきれいになってきた」
あかりが制服のスカートを下げて、膝を隠してきた。
「見ないでよ、変態」
「なんでよ」
立ちあがると、ははっと笑って、あかりが走りだした。
「運動神経悪いんだから、すっ転んで怪我するよ」
追いかけながら、あかりの背中に声をかける。
走りながら、なんか、あかりとはじめて会った日みたいと、私は思っていた。
◇
ベッドの上で、眠りにつこうと目を閉じると、あのフェリー乗り場の景色がまぶたの裏に浮かんできた。
『嘘つき!』
あかりの怒鳴り声が聞こえた気がして、私は、ふふっと笑った。
それから部屋が、しーんとなった。
私は、いつもそうするように、開け放した窓の外に耳を澄ましてみる。
風の音に混じって、かすかに歌声が聴こえてきた。
「きれいな音色」
私は、心地よい歌声に包まれて、今日も眠りにつく。
この嘘だらけの偽物の世界に、かすかに希望の光がさす、そんな気配を感じながら。




