第37話 7月 いたずら2 kana
佳奈 kana
部室からの帰り際、プールの脇にある更衣室の工事が終わっているのが見えた。
ここのところ、ずっと封鎖されていたのに、解除されている。
廊下から窓の外に顔をだし、生ぬるい風を感じながら、プールの様子を眺めていたときだった。
校庭にいる子たちから、隠れるようにして寄り添うふたりの人影が見える。
更衣室のある小さな小屋を背にして、なにかおしゃべりしている。
こういうのに敏感になってきた。
遥香とあかりを、いつも尾行しているから。
男女だっていうのは、制服でわかる。
肉眼では顔まではわからない。
私はいつもそうするように、スマホを取りだしてカメラを起動し、ズームしていく。
「葵先輩?」
あかりのお姉さん役の二年生だ。
あいつの言葉を借りるなら、いつ見ても、クールビューティーっていうか、きれいなお姉さんだなあ。
男子のほうは、雰囲気から言って、彼氏かな。
なにかを受け取っている。
まさか、盗んだパンツ、とかじゃないよね。
私はカメラを限界までズームして、手元を確認してみせる。
「鍵?」
男子生徒は、それを渡すと、葵先輩に頭を下げた。
男の子の顔にカメラを寄せてみる。
「泣いてる」
はっきりとはわからないけれど、そう見えたので、思わず声にでた。
「あ、キス!」
いつもの癖で、反射的に録画ボタンを押していた。
私は周囲を見回して、誰もいないことを確認する。
順番が逆になってしまった。
誰かいたら危なかった。
ここが部室棟で、いつも人が少ないから、運よく助かったようなものだ。
ふたりが離れると、男の子は地面に置いてあった鞄を拾い上げて、男子寮の方向に消えていった。
葵先輩にカメラを戻すと、彼女は更衣室の建物の裏に、受け取った鍵を埋めていた。
録画を止めて、私は天を仰ぐ。
不穏な感じだし、念のため、直人先生に報告しておこうかな。
それなら、キスシーンはカットしておかないとまずいか。
怒られはしないだろうけど、お前なにやってんだって怪しまれそう。
カメラロールを調べられて、あの動画まで消されたらたまらない。
消すには惜しい気がして、もう一度、いま撮った動画を確認してみる。
なんか、遥香とあかりのときみたいな、美しさを感じなかった。
葵先輩は、遥香に負けず劣らず、きれいな人だ。
それでもやっぱり、遥香には敵わないってことなのかな。
それとも、遥香とあかりの組み合わせだから、あんなにも美しいのかな。
これなら、カットしちゃっても後悔しない。
思い切って、私は動画を編集した。
「そんなことより」
工事終わったってことは、明日の体育はプールなんじゃないか。
遥香の水着姿、楽しみだなあ。
あんなにスタイルのいい美人の水着姿、生で見たことないや。
生着替えも、楽しみだなあ。
「んふ」
スマホをポケットにしまうと、私はこらえきれずに笑ってしまった。
◇
「健康ランドとかみたいにさ、ロッカーを鍵付きにすればいいと思わない?」
午後いちばんの体育の授業。
プール脇の女子更衣室にやってくると、すでにみんなが着替えているところだった。
なに食わぬ顔で遥香の着替えを観察しようと思った私は、彼女の後を追うようにして更衣室に入ったのだった。
みんなが例の更衣室荒らしの件について話している。
「鍵なくしたりする子がいそうだし、管理が大変でしょ」
「そっかあ」
あんまり遥香の近くだと怪しまれるから、部屋の奥、目立たない位置にあるロッカーを私は確保してみせる。
「鍵をコピーされたらいっしょだし、ロッカーの鍵なんてしょぼい作りだから、更衣室の扉を厳重にするほうがいいよ」
みんな、変態の話に夢中だ。
お互いの裸をまじまじ見るのは気恥ずかしいから、わざと大きな声で雑談しているふりをして、恥ずかしさをごまかしているだけのような気もする。
ちらちらと、遥香の様子を気にしていると、あかりが隣にやってきた。
なんで、わざわざ私の隣に来るんだ。
私はむっとして、あかりに背を向ける。
あかりがふふっと笑ったような気がした。
そうやって、いつも私を上から見下ろすように、馬鹿にして。
むかむかするなあ。
着替えを終えた子たちが、どんどん部屋を出ていく。
私はわざとゆっくりブラウスのボタンを外して、時間稼ぎをしてみせる。
遥香がブラウスを脱いだ。
「あっ」
悔しくて、思わず声がでちゃった。
後ろから、あはって、あかりの笑い声が聞こえた。
振り返って睨みつけると、「ばーか」って言いながら、あかりもブラウスを脱いでいた。
遥香は、すでに水着を中に着ていた。
お昼休みに、女子寮の自分の部屋へ戻って、水着を着ておいたんだ。
「ああ、やだやだ」
あかりが大げさに声をあげながら、スカートの中に手を入れて、パンツを下ろしている。
むかむかしながら、私も同じようにすると、あかりは水着に足をくぐらせて、スカートを落としてみせた。
ブラウスを脱ぐと、あかりは私に背を向ける。
胸を見られないようにしたいんだ。
むかついていた私は、あかりの背中に手を伸ばして、ブラを外すのを手伝ってやった。
「やめろ」
あかりが悲鳴をあげたので、私はきゃっきゃと笑ってやる。
溜飲が下がる、とはこのことだ。
「なにいちゃいちゃしていらっしゃるの、ふたりで」
志乃ちゃんが呆れたように口を挟んでくる。
「変態」
水着を着たあかりが、振り返って睨みつけてきた。
「変態で結構」
私は笑い飛ばしてやる。
「あかり、行こう」
遥香がやってきて、あかりの手を引いていく。
心なしか、私を見る遥香の視線が冷たかった。
まったく、久しぶりにしゃべったって言うのに、人を変態呼ばわりするとは、信じられないやつだ。
そうだ、変態ついでに。
私はあることを閃いた。
それは、ほんのいたずらのつもりでしかなかった。
◇
ゆっくりと時間をかけて着替えていると、女子たちが次々と更衣室を出ていき、私ひとりになった。
罰として、「変態の刑」に処す。
それが、あかりへの報復のつもりだった。
あかりのロッカーを開け、彼女のパンツを取りだしてみる。
どっかで見たぞ、このパンツ。
まあ、いいや。
私は自分のロッカーにあかりのパンツをしまって、扉を閉める。
「あ、まずい」
これだと、あかりがノーパンになってしまう。
ノーパンの刑に処すのは、さすがに、かわいそうだ。
私は振り返ってロッカーを開け、自分のパンツをあかりのロッカーに放り込んでやった。
「『おばあちゃんのパンツの刑』に処す」
おもしろすぎて、私は笑いが止まらなかった。
お腹を押さえて、ひいひい言いながら更衣室を出ると、プールに向かう短い階段の下で、髪の毛をまとめていた志乃ちゃんに、汚物を見るような目で見られてしまった。
水着姿の私は、それすらも、笑い飛ばしてやった。




