第36話 7月 いたずら1 kana
佳奈 kana
「聞いた? パソコン室閉鎖だって」
朝、女子寮の食堂でご飯をいただいていると、女子たちの話し声が耳に入った。
「先生がいないところでは、ネットにアクセスできなくなるんだって」
「なにそれ、独裁国家の『検閲』みたいじゃん」
志乃ちゃんがやってきたので、手を振る。
彼女はこちらに気がつくと、にこっと笑って、私の正面に座った。
「いつも早いのね。感心しますわ」
「あかりたちより、早く済ませないといけないからね」
志乃ちゃんはふふっと笑いながら、
「そんなに気になるなら、早く仲直りされたらよろしいのに」
と、簡単に言ってのける。
「まあ、こわい」
じろっと睨むと、志乃ちゃんが怯えた演技を返してくる。
志乃ちゃんは女優なのだ。
いつも、お嬢様役を演じている。
「志乃ちゃん、知ってる? 『検閲』がはじまるんだってさ」
あかりの話は、気まずいので話題を変えてみる。
「存じておりますわ。私、情報通ですの」
「噂話とか、下世話な話が好きなだけじゃないの、それ」
「品のない言い方しないでくださる?」
そう言いながら、まんざらでもない顔してるのはなぜなんだい、志乃ちゃん。
「例の女子更衣室荒らしの件が、SNSとか、ネットの掲示板に晒されて、地方版のニュースにもなったそうで、それが原因で自由にインターネットをできなくする対策を打ち出したんですって」
「パソコン室のネットは監視されているって聞いてるから、元から『検閲』されてるんじゃないの?」
「事後的に対処するんじゃ手遅れって、そういう判断になったんでしょうねえ」
学園の評判が地に落ちてから犯人を探すよりも、それをさせないほうがいいっていう判断かな。
「『知覚過敏』、みたいだね」
「この場合、『過剰反応』っていうんじゃないかしら」
なんだか賢くなった気がして、志乃ちゃんとふたりで笑いあう。
「パソコン室、使ったことないからいいけどね」
私は、特に困らない気がした。
「私はパソコン室がオアシスだったから、困ったことになりましたわ。先生の見ている前でなんて、とても開けないサイトばかりパトロールしていますし」
なにを見ているんだ、志乃ちゃん。
「そのために、本土のネットカフェに足を運ばないといけないなんて、面倒くせえですわ」
志乃ちゃんは、苦虫を噛み潰しながら言う。
「あ、そうだ。部室ってどうなのかな?」
「知りませんけれど、例外は認めていないはずですから、だめなんじゃなくて?」
ネットが遮断されて、部のサイトが更新できなくなったら、ただでさえ、燃えカスみたいな部長が、とうとう燃え尽きてしまう。
私は、放課後、久しぶりに部室へ顔をだしてみることに決めた。
◇
「もちろん、だめになったけど、そのうち元に戻ると信じて、調査は続けるよ」
相変わらず、元気のかけらもない人だけど、部長は燃え尽きてはいないようだった。
そこに、まずはほっとした。
「君が言ったように、本土のネットカフェとか、実家に帰ったときとか、やりようはあるから。この学園でインターネットが使えないだけで、国で禁止されているわけじゃないからね」
そうなんだ。
この島が世界のすべてのように感じてしまうけれど、あの連絡船に乗り、一歩、島を出てしまえば、そこは日本という国なんだ。
「学園の対応は、『人権侵害』だと思うんだよね」
部長の声には元気がないけれど、最も強い言葉で批難しているように感じて、私は自分のせいでもないのに、どきっとしてしまった。
そんな気持ちの私に、部長は声のトーンを変えることもなく畳み掛けてくる。
「そんなことより、調査は進んでる?」
私はなにも言えなかった。
ここを訪れるなら、しっかりとした弁明を用意しておくべきだったと気づかされた。
丸腰で訪れたのは、恥でしかなかったのだ。
部長は、なおも責めたててくる。
「足の怪我は治ったみたいなのに、ここのところ、入山申請がまったくされていないよね」
「あ、ああ」
情けない声が漏れた。
山は任せてくださいなどと豪語した、あのときの私を押し入れにしまいたい。
部長は表情ひとつ変えずに、私の弁明を待つ姿勢を見せる。
私は観念して、白状することにした。
「実は、あかりと喧嘩しちゃって。ひとりだとなんかもったいなくって調査できなくて。あの、ごめんなさい」
私は誠心誠意、頭を下げてみせた。
部長が根気よく、町を調査していることは知っている。
放課後、気晴らしに散歩とかすると、よく遭遇するから。
今日もやってんなあ、くらいの気持ちで見送っていた私をどうか許してほしい。
「部長が卒業するまでには、なんとかします」
みんなそう言っていなくなるし、口ではなんとでも言えるよねって、疲れたかのように、部長は眼鏡を外して拭き拭きしはじめる。
眼鏡を外した素顔の部長は、そのへんに転がっている石ころみたいに、平凡な顔をしていた。
この人は、眼鏡があったほうが、味のある顔だなあと、私は思う。
「よかったら、アドバイスいただけないでしょうか。友だちと喧嘩したときの、対処法とか、心構え、とか」
私より、ふたつもお兄さんだし、このままじゃ気まずいし。
私は思い切って、石ころに訊ねてみる。
「僕、友だちいないんだよね」
身も蓋もない答えが返ってきて、私は笑いをこらえるのに必死だった。
あかりと似た空気を感じたのは、そういうことだったんだと、納得させられた。
テンション低すぎるのが、悪いんじゃないの。
「え、なりますか? 友だち」
私、部長のこと、そんなに嫌じゃないし、私でよければって、そういう純粋な気持ちで提案した。
「いや」
部長は、ほぼノータイムで否定から入った。
そういうところ、なんじゃないか。
「君はやめとく」
「え、なんで」
疑問を呈する私に、部長は眼鏡をかけながら、首を横に振ってみせる。
「僕には荷が重い」
「なんだそれ」
私はついに決壊して、笑ってしまった。
部長はにこりともせず、まじめな顔で続ける。
「元気すぎるからね、君って。僕、そういうの、疲れちゃうから」
ぐうの音もでないのだった。
「わかりました」
なんか、まるで、私が振られたみたいじゃないか。
選り好みするから、よくないんじゃないの。
「私たち、仲間、ですもんね。友だちっていうより」
友だちにはなれなくても、部長をひとりにはさせないぞって気持ちを、私はアピールしてみせた。
「うん」
思わず、舌打ちしそうになる。
美代子だったら、飛び上がって感動している場面だぞ。
さすがに「テンション低いな、おい」と言いたくなった。
たぶん、そういうところ、なんだと私は確信した。




