第34話 6月 絆の時間(佳奈)2 kana
佳奈 kana
「間違ってたらごめんなんだけど、それって、キスしたいってことで合ってるんだよね?」
みよちゃん先輩の問いかけに、私は首を縦に振った。
そうは言ったものの、みよちゃん先輩はしてくれないだろうなって私は思っていた。
だって、そんなお願い、いくらみよちゃん先輩でも、許してはくれないってそう思うから。
だめ元で、お願いしてみたに過ぎなかったのだ。
ところが、みよちゃん先輩は予想外の反応を示した。
「なんか、運命感じちゃうなあ」
「え、それってどういう」
私は困惑してしまった。
美代子が私と結ばれる運命を感じている話かと思ったから。
そうではないようだった。
先輩は、真剣な顔をしていた。
いつだって、みよちゃん先輩は、真摯に私と向き合ってくれる。
そんな厚い信頼を、私は強く感じながら聞く。
「私のはじめても、この絆の時間だったんだあ」
「ということは、七海先輩としたんですか?」
みよちゃん先輩は、思い出を噛みしめるように小さく頷くと、まだその感触が残っているのを確かめるように、そっと唇に指を当ててみせた。
「佳奈ちゃんの動画みたいに、ロマンチックな雰囲気とかじゃなくって、私が一方的にお願いして、駄々をこねて、『しょうがないなあ』って折れるような形でしてもらった」
私は、七海先輩の部屋を訪れた、みよちゃん先輩の姿に思いを馳せていた。
「それが、私たちにとっての最後の『絆の時間』だったんだあ。どうしても、七海先輩との忘れられない思い出がほしくって」
その光景を想像するだけで、私の心は震えていた。
「先輩の感情、とても美しいです」
自然と声がでた。
先輩はふっと笑って、「美しくなんかないよう」って謙遜してみせた。
「どんな感じだったか知りたいです」
「ん。それは教えない」
おすそ分けなんて許されない、自分だけの大切な思い出ってわけだ。
「運命って、そういう意味だったんですね」
「うん。まさか、自分もお姉さんとして、同じことを望まれるとは思いもしなかった」
「もちろん、してくれますよね?」
自分だけしてもらうなんて、ずるい。
美代子といっしょじゃなきゃ、私は嫌だ。
「しょうがないなあ」
七海先輩の声まねをして、そう言ったと思うけれど、普通にいつものみよちゃんだった。
美代子は器用じゃないから、ものまねとか下手くそなんだ。
「佳奈ちゃんは、『あかり』と『遥香』、どっちがやりたいの?」
するほうと、されるほう、ってことかな。
考えてもなかったので、私は悩んだ。
「『遥香』にします」
遥香になりたいわけではない。
私はみよちゃん先輩に、七海先輩の役をやってほしかった。
彼女が七海先輩を心から尊敬し、先輩のようになりたいと、一生懸命、私と向き合ってくれていることを、知っていたから。
私の答えを聞いたみよちゃん先輩は、うれしそうに見えた。
先輩はすぐに立ちあがって、正座している私の横に座り直す。
「足、崩してていいよ」
「はい」
私は言われたとおり、足を崩す。
「なんか、緊張してきました」
「私も緊張してるから、だいじょぶ」
美代子、緊張してるんだ。
動画みたいに、ふたりで見つめ合うと、どちらからともなく笑ってしまう。
「これじゃできないね」
七海先輩のときは、スムーズにできたのかな。
あの人なら、スマートにやりそうだ。
美代子はスマートとは、ほど遠いな。
でも、そんな美代子が、私は好きだ。
「見つめ合うと恥ずかしくてできないから、佳奈ちゃん、目閉じててくれる?」
私は言われたとおり、目を閉じた。
真っ暗になると、雨の音に混ざった衣擦れの音がやけにはっきりと聞こえて、どきどきしてくる。
みよちゃん先輩の息づかいが、なんだか荒っぽい。
「上手にできなくても、笑っちゃだめだからね」
安心してください。
なにが上手かもわかりません。
そう言ってあげたいけれど、いつはじまるのかもわからないから、口を閉じてじっと待つ。
手に汗をかいてきて、ぎゅっと拳を握る。
肩をつかまれると、みよちゃん先輩の体重を感じた。
「ん」
あったかくて、やわらかい感触が、唇に押し当てられると、心地よくて、思わず、鼻から声をだしてしまった。
キスされているとき、遥香はどうしてたっけ。
私は、みよちゃん先輩の腰のあたりに手を回して、ぐうっと彼女を抱き寄せてみた。
「わ」
遥香みたいに、壁に背中を預けていないから、私はみよちゃん先輩の体重を支えきれずに、のしかかられるようにして、仰向けに倒れ込んでしまった。
気がつくと、頭の下に、先輩の両手があった。
とっさに、私の後頭部を守ってくれたみたいだ。
私の上に覆い被さる、先輩のからだが熱い。
その重みが、なんとも言えず、心地がいい。
やわらかくって、とろけるような、いい匂いがする。
「びっくりしたねえ」
身体を起こしながら、みよちゃん先輩が言う。
もっと、抱き合っていたかったのに。
私は残念に思いながら、
「すいません」
と、自分の失態を謝ってみせた。
「私も夢中になっちゃったから、ごめんね」
そう言って、みよちゃん先輩は私の手を引いて、身体を起こしてくれた。
ふうっとふたりで息を吐いて、静かに見つめ合う。
堪えられなくて、私たちは同時に笑いだした。
「手、痛かったんじゃないですか?」
先輩の手の甲が赤くなっていた。
「ん。ちょっと痛かったかなあ」
「見せてください」
血は出ていない。
強く圧迫されただけみたいだ。
これなら、治療はいらないかな。
私は、おばあちゃんがいつもしてくれたみたいに、差し出された両手をやさしくなでてみせる。
「佳奈ちゃんって、いい子なんだあ。おばあちゃんの教育がよかったのかなあ」
「あ、どうも。先輩もいい子だと思います」
うふふっとふたりで笑いあう。
そこで、絆の時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「お願い、聞いてくれて、ありがとうございました」
私はぺこっと頭を下げて、率直なお礼を伝えた。
「上手にできてたかなあ」
「はじめてなので、それはわからないんですけど」
私は照れくさくて頭をかきながら、
「効果音で表現するなら、じゅうって感じでした」
と、感想を伝えた。
「逆にわかりにくいんだあ」
と言って、みよちゃん先輩は笑った。
「心の中が、なにかで満たされた感じでした。なにかはわからないんですけど」
なんとか言葉にしようと、そう話す私に、みよちゃん先輩はふふっと笑いながら、
「私といっしょだあ」
と、教えてくれた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
そんな言葉をかけられながら、私は、みよちゃん先輩の部屋をあとにする。
ひとりになって、冷静に考えてみる。
悩みごとは、なにも解決していない。
それでも、なんだか満たされた気持ちだから、まあ、いいやって私は笑った。
「『こちらこそ、ありがとう』って、なに?」
遅れてやってきた疑問は、決して解けることのない方程式なのだった。




