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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第三章 倒錯者たち
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第34話 6月 絆の時間(佳奈)2 kana

  佳奈 kana


「間違ってたらごめんなんだけど、それって、キスしたいってことで合ってるんだよね?」


 みよちゃん先輩の問いかけに、私は首を縦に振った。


 そうは言ったものの、みよちゃん先輩はしてくれないだろうなって私は思っていた。

 だって、そんなお願い、いくらみよちゃん先輩でも、許してはくれないってそう思うから。

 だめ元で、お願いしてみたに過ぎなかったのだ。


 ところが、みよちゃん先輩は予想外の反応を示した。


「なんか、運命感じちゃうなあ」

「え、それってどういう」


 私は困惑してしまった。

 美代子が私と結ばれる運命を感じている話かと思ったから。


 そうではないようだった。


 先輩は、真剣な顔をしていた。

 いつだって、みよちゃん先輩は、真摯に私と向き合ってくれる。


 そんな厚い信頼を、私は強く感じながら聞く。


「私のはじめても、この絆の時間だったんだあ」

「ということは、七海先輩としたんですか?」


 みよちゃん先輩は、思い出を噛みしめるように小さく頷くと、まだその感触が残っているのを確かめるように、そっと唇に指を当ててみせた。


「佳奈ちゃんの動画みたいに、ロマンチックな雰囲気とかじゃなくって、私が一方的にお願いして、駄々をこねて、『しょうがないなあ』って折れるような形でしてもらった」


 私は、七海先輩の部屋を訪れた、みよちゃん先輩の姿に思いを馳せていた。


「それが、私たちにとっての最後の『絆の時間』だったんだあ。どうしても、七海先輩との忘れられない思い出がほしくって」


 その光景を想像するだけで、私の心は震えていた。


「先輩の感情、とても美しいです」


 自然と声がでた。


 先輩はふっと笑って、「美しくなんかないよう」って謙遜してみせた。


「どんな感じだったか知りたいです」

「ん。それは教えない」


 おすそ分けなんて許されない、自分だけの大切な思い出ってわけだ。


「運命って、そういう意味だったんですね」

「うん。まさか、自分もお姉さんとして、同じことを望まれるとは思いもしなかった」

「もちろん、してくれますよね?」


 自分だけしてもらうなんて、ずるい。

 美代子といっしょじゃなきゃ、私は嫌だ。


「しょうがないなあ」


 七海先輩の声まねをして、そう言ったと思うけれど、普通にいつものみよちゃんだった。

 美代子は器用じゃないから、ものまねとか下手くそなんだ。


「佳奈ちゃんは、『あかり』と『遥香』、どっちがやりたいの?」


 するほうと、されるほう、ってことかな。

 考えてもなかったので、私は悩んだ。


「『遥香』にします」


 遥香になりたいわけではない。

 私はみよちゃん先輩に、七海先輩の役をやってほしかった。

 彼女が七海先輩を心から尊敬し、先輩のようになりたいと、一生懸命、私と向き合ってくれていることを、知っていたから。


 私の答えを聞いたみよちゃん先輩は、うれしそうに見えた。

 先輩はすぐに立ちあがって、正座している私の横に座り直す。


「足、崩してていいよ」

「はい」


 私は言われたとおり、足を崩す。


「なんか、緊張してきました」

「私も緊張してるから、だいじょぶ」


 美代子、緊張してるんだ。


 動画みたいに、ふたりで見つめ合うと、どちらからともなく笑ってしまう。


「これじゃできないね」


 七海先輩のときは、スムーズにできたのかな。

 あの人なら、スマートにやりそうだ。

 美代子はスマートとは、ほど遠いな。


 でも、そんな美代子が、私は好きだ。


「見つめ合うと恥ずかしくてできないから、佳奈ちゃん、目閉じててくれる?」


 私は言われたとおり、目を閉じた。


 真っ暗になると、雨の音に混ざった衣擦れの音がやけにはっきりと聞こえて、どきどきしてくる。

 みよちゃん先輩の息づかいが、なんだか荒っぽい。


「上手にできなくても、笑っちゃだめだからね」


 安心してください。

 なにが上手かもわかりません。

 そう言ってあげたいけれど、いつはじまるのかもわからないから、口を閉じてじっと待つ。

 手に汗をかいてきて、ぎゅっと拳を握る。

 肩をつかまれると、みよちゃん先輩の体重を感じた。


「ん」


 あったかくて、やわらかい感触が、唇に押し当てられると、心地よくて、思わず、鼻から声をだしてしまった。


 キスされているとき、遥香はどうしてたっけ。


 私は、みよちゃん先輩の腰のあたりに手を回して、ぐうっと彼女を抱き寄せてみた。


「わ」


 遥香みたいに、壁に背中を預けていないから、私はみよちゃん先輩の体重を支えきれずに、のしかかられるようにして、仰向けに倒れ込んでしまった。


 気がつくと、頭の下に、先輩の両手があった。

 とっさに、私の後頭部を守ってくれたみたいだ。


 私の上に覆い被さる、先輩のからだが熱い。

 その重みが、なんとも言えず、心地がいい。

 やわらかくって、とろけるような、いい匂いがする。


「びっくりしたねえ」


 身体を起こしながら、みよちゃん先輩が言う。

 もっと、抱き合っていたかったのに。


 私は残念に思いながら、


「すいません」


 と、自分の失態を謝ってみせた。


「私も夢中になっちゃったから、ごめんね」


 そう言って、みよちゃん先輩は私の手を引いて、身体を起こしてくれた。

 ふうっとふたりで息を吐いて、静かに見つめ合う。

 堪えられなくて、私たちは同時に笑いだした。


「手、痛かったんじゃないですか?」


 先輩の手の甲が赤くなっていた。


「ん。ちょっと痛かったかなあ」

「見せてください」


 血は出ていない。

 強く圧迫されただけみたいだ。

 これなら、治療はいらないかな。


 私は、おばあちゃんがいつもしてくれたみたいに、差し出された両手をやさしくなでてみせる。


「佳奈ちゃんって、いい子なんだあ。おばあちゃんの教育がよかったのかなあ」

「あ、どうも。先輩もいい子だと思います」


 うふふっとふたりで笑いあう。


 そこで、絆の時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「お願い、聞いてくれて、ありがとうございました」


 私はぺこっと頭を下げて、率直なお礼を伝えた。


「上手にできてたかなあ」

「はじめてなので、それはわからないんですけど」


 私は照れくさくて頭をかきながら、


「効果音で表現するなら、じゅうって感じでした」


 と、感想を伝えた。


「逆にわかりにくいんだあ」


 と言って、みよちゃん先輩は笑った。


「心の中が、なにかで満たされた感じでした。なにかはわからないんですけど」


 なんとか言葉にしようと、そう話す私に、みよちゃん先輩はふふっと笑いながら、


「私といっしょだあ」


 と、教えてくれた。


「今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう」


 そんな言葉をかけられながら、私は、みよちゃん先輩の部屋をあとにする。


 ひとりになって、冷静に考えてみる。

 悩みごとは、なにも解決していない。

 それでも、なんだか満たされた気持ちだから、まあ、いいやって私は笑った。


「『こちらこそ、ありがとう』って、なに?」


 遅れてやってきた疑問は、決して解けることのない方程式なのだった。

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