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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第二章 邪魔者たち
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第30話 6月 邪魔者1 kana

  佳奈 kana


「帰るよ」


 山頂の広場を背にしてうずくまっていた私に、あかりが短く声をかけてきた。

 立ちあがって振り返ると、あかりの後ろに立つ、遥香のほうに自然と目がいってしまう。


 遥香はお風呂上がりみたいな、火照り散らかした赤い顔をしていた。

 なんか、こっちまで恥ずかしくなってしまって、私は下を向く。


 そのまま、地面を見つめて歩く。

 山を下りるまで、三人とも黙ったままだった。


 あの場で起こった出来事について、三者三様に、思いを巡らせていたに違いない。


「行きとは、ずいぶん、雰囲気が変わったねえ」


 警備員さんが、いらないひと言を浴びせてくる。

 あかりがふふっと笑ったけれど、私は笑える心境じゃなかった。

 どうして、あかりはあんなことをしたんだろうって、私は出口のない迷路を彷徨っていた。


「ちょうどいい時間だから、このまま晩御飯食べようか」


 エレベーターの前で、あかりが提案してきた。

 彼女は返事を待たずに2Fを押す。


「まだお腹空いてないから、ふたりで行ってきて」


 私はそう言って、6Fのボタンを押し、2Fで降りるふたりを見送った。


 どう考えたって、私は邪魔者だ。


 エレベーターの扉が開くと、私は自分の部屋に駆け込んだ。

 ベッドに横たわって、目を閉じる。

 無理やり眠ろうとするけれど、興奮して眠れるような状態じゃない。

 ちょっと廊下を走っただけなのに、はあはあと息を荒げてしまう。


 うつ伏せになり、枕をぎゅっと握って、力いっぱい顔を押しつける。

 あかりが遥香にしていたみたいに、私も枕にやってみる。

 枕の感触だなって気づいて、我に返らされる。


 残念な気持ちを認識すると、お腹が鳴った。


「お腹減った」


 言葉にすると、強烈な空腹感が襲ってくる。

 スマホで女子寮のアプリを開き、あかりの在宅を確認する。

 当たり前のように不在だ。

 こんなに早く食べ終わるわけない。

 その証拠に、遥香も不在だった。


「絆の時間、次はいつだっけ」


 私は女子寮のアプリで行事予定を確認する。


 こんなときに限って、数日先なんだ。

 なにもかもうまくいかない気持ちになる。


「みよちゃん先輩に会いたい」


 美代子なら、きっとこの気持ちを癒してくれるって、謎の自信が私にはあった。


 それさえも、いまは叶わなくて、私はお腹を押さえて悶え苦しんだ。


 ◇


 一夜明けて、日曜日。


 お昼過ぎに目が覚めた。


 夜、眠れなくて、明け方すぎにようやく体力の限界で眠ったから、起きられなかったのだ。

 スマホを見ると、あかりから着信があった。

 時間からして、朝ご飯に誘おうとしてくれたみたいだ。

 まったく記憶にないから、それだけ深く眠ってしまっていたらしい。


 女子寮のアプリで確認すると、あかりは部屋にいなかった。

 私は食堂へ向かい、遅めのお昼ご飯をいただくことにする。


「あら、ごきげんよう」


 志乃ちゃんがいたので、いっしょに食べようと、彼女の正面に座ってみた。


「あかり、見なかった?」


 食べながら、志乃ちゃんに訊ねてみる。


「さっき、遥香さんと出ていくのを見ましたけれど」

「ふーん」


 どっちも在宅じゃないから、ふたりで外へお出かけしたのかな。

 誘ってくれなかったのは納得いかないけれど、寝ていた私が悪いよね。


「志乃ちゃんって、休日はいつもなにしてるの?」


 あわよくば、いっしょに遊ぼうと思って声をかけてみた。


「お絵かきですわ」


 なにを描いているのか想像して、私がふふっと笑うと、志乃ちゃんも、うふふって笑ってくれた。

 いっしょに遊ぶのは、ちょっと難しいみたいだ。


 食べ終えると、私は部屋に戻り、もうひと眠りすることにした。

 結局、あかりは門限ぎりぎりになって、ようやく帰ってきた。

 こっちから声をかけにいこうか迷っていると、部屋のドアをノックする音がした。


 あかりだなって、音でわかる。


「晩御飯食べた?」

「え、どうしたの、それ」


 あかりの質問に私は被せるように声をあげた。


「ん。本土の美容室、行ってきた」


 あかりの髪は、はじめて会ったときくらいの長さに戻り、ふわっとしていた。


「そうなんだ。似合うね」


 かわいくて、よく似合っている。

 あかりは照れくさそうに、指先で髪をいじりながら、


「晩御飯は?」


 と、訊ねてきた。


「遅いから、もう食べちゃった」


 私が応じると、あかりは唇を尖らせて、


「いいよ。遥香と食べるから」


 と言って、食堂へ向かった。


 その顔を見て、私はまた山頂で見た景色を思い出した。


 まだどうやって、その件に触れたらいいのか、わからなかった。


 ◇


 月曜日の朝。


 遥香は私の部屋に来なかった。


「足、治っちゃったからか」


 怪我をした私のお世話をするために、遥香は毎朝いっしょに登校してくれていたのだ。

 私の足が治ったら、その必要はないなんて、ちょっと冷たくて傷つく。


 勝手な思いを心に閉じ込めて、あかりとふたりで登校する。

 そういえば、朝ご飯のときも、遥香とは顔を合わせなかった。


 もう完全に、他人ってことなのかな。

 いや、そんなことない。

 いっしょに山に登ったし、友だちではあるよね。


 前の席に座るあかりの背中を見つめながら、ぼんやりと遥香のことを考えていたら、あっという間にお昼休みになった。


「あかり」


 いつものように、お昼ご飯に誘おうとすると、あかりが私を遮って声をあげた。


「私さ、今日から遥香とふたりでお昼休み、過ごすことにするから」

「え」


 信じられない気持ちで、情けなく声が漏れた。


 あかりは、「じゃあね」って言って、C組の教室に遥香を迎えに行った。

 あかりと遥香に仲良くしてほしいって思ったけれど、こういうことじゃないんだ。


 あいつはわかってない。


「志乃ちゃん、どう思う?」


 むかむかしながら、訊ねてみる。

 志乃ちゃんは、


「怪しいですわね」


 と言って、にやにやと笑いかけてきた。


 志乃ちゃんは、私とあかりの関係が、なにかおもしろいと感じたみたいだった。


 ◇


「私、ダイエットしてますの」


 いっしょに食べる相手がいなくなってしまった私は、お昼は食べないと言い張る志乃ちゃんを捕まえて、無理やり食堂に連行した。

 捨てられた私を哀れみながらも、志乃ちゃんは付き合ってくれる。


「食べないつもりでしたのに」


 食べ物が目の前にあると、我慢していられないみたいで、志乃ちゃんは文句を言いながらもいっしょに食べてくれた。

 食べながら、あかりと遥香の姿が見えないことが気になった。


「あかりさんを探していらっしゃるの?」

「ん。そんなことないよ」


 私が強がってみせると、志乃ちゃんはそんなのお見通しとばかりにふふっと笑った。


「売店で買って、外で食べているんじゃないかしら」

「え、食堂のがおいしいよ」


 私が思わず、そう口にすると、


「食堂は混みますし、ふたりきりになりたいのなら」


 志乃ちゃんがそんなことを言うので、私はむっとして彼女の顔を睨んだ。


「まあ、こわい」


 志乃ちゃんはそう言って、楽しそうにけらけらと笑う。


「遥香さんにもやっと、素敵な人が見つかったみたいね」

「え、志乃ちゃん、遥香が女の子を好きって知ってたの?」


 志乃ちゃんは目を丸くした。


「佳奈さんこそ、よくご存知で」


 遥香、絶対、志乃ちゃんのこと好きだった時期あると思うんだけど、志乃ちゃん、知ってて友だちやってるんだ。


「志乃ちゃんはいいの?」


 私は志乃ちゃんの気持ちが知りたくなって訊ねた。


「私は遥香さんが幸せならなんでも」


 志乃ちゃんは懐が広い。

 あかりにむかむかしてた私は、感心させられた。


「不幸にするやつは許さねえ、ですわ」


 志乃ちゃんは、こわい顔で付け加えた。

 ですわって言っておけば、お嬢様を維持できると思っているんだ。


「遥香さんってね、重い女が好きだし、束縛されたい願望があるのよ。あかりさんってそういう感じしません?」

「なんだそれ」


 遥香の変な趣味を、志乃ちゃんは悪い顔で教えてくれた。


「昔、ふたりで映画を観に行った帰りにね、『私もああいう女にめちゃめちゃにされたい』って口をすべらせてたの、私、聞き逃さなかったんだから」


 私はうはっと声をだして笑った。


「遥香って、ちょっと変わってるね」


 私が言うと、志乃ちゃんは「そうなのよう」と言って、楽しそうに笑った。

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