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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第二章 邪魔者たち
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第25話 5月 三人の学園生活 kana

  佳奈 kana


「外と違って、床も平らだし、だいじょぶだと思う」


 部屋の前まで見送ってくれた遥香に言う。


「危ないから、階を移動するときは、エレベーターを使うんだよ」

「はあい」


 待つの面倒だし、階段で行こうかって言ったら、信じられないって顔をされたのだった。

 やっぱり、無理があったなって、いまになって思う。

 ひとりだったら、果敢にも挑戦しているところだっただけに危ない。

 転倒して頭を打ったりでもしていたら、命に関わるところだった。


 私は自分で自分の行動を制御できないことがある。

 なんか、本能が勝ってしまう瞬間が、どうしてもなくならないんだ。


 遥香と別れ、部屋に入ると、机の上に鞄と制服が畳まれて置いてあった。

 志乃ちゃんが寮母さんに頼んで、部屋に運んでくれたものだとわかる。

 スマホを取りだし、志乃ちゃんに直接お礼を送ろうとしたら、誰かが部屋のドアをノックしてきた。


「遥香?」


 なんか言い忘れたことでもあるのかなって、ドアを開けると、あかりの姿があった。


「あれ、遥香は?」

「なに、遥香って?」

「あ、さっきまでいっしょだったから」


 私の声を遮るように、あかりがうわっと悲鳴をあげた。


「しばらく部活できなくなっちゃった」

「そんなのいいよ」


 私も骨折なんてはじめての経験だったけど、あかりもこんな大怪我したことないみたいで、すごく驚いていた。


「全治1か月。カルシウムとか摂ったら、すぐくっつくかなあ」

「日光浴びるといいとか言うよね」

「ギプスしてるから、日焼けできないわ」


 あかりに弱いところを見せたくなくて、私は大げさに笑ってみせた。

 あかりはしゃがんで、私の右足を物珍しそうに眺めている。


「これは素人にはできない治療だねえ」

「膝擦りむくのとはわけが違うでしょ」


 私が言うと、立ちあがったあかりが笑ってくれた。


「ジャージの膝、小さい穴空いてるよ」

「うわ、ほんとだ。気づかなかった」


 派手に転んだから、そのせいかな。

 それとも、山を探検したときにどっかに引っ掛けていたのかな。


「まあ、いいや。三年間使えば、いつかはこうなるし。それよりもあかりさあ」


 なんだって顔のあかりに、私は気になっていたことを訊ねてみる。


「私が帰ってくるの、女子寮のアプリで監視してたでしょ」

「え?」


 明らかにごまかした「え?」だった。

 部屋に戻ってから、ドアをノックするまでが、あまりに早くてバレバレなんだ。


「そんなきもいことしてないし」

「ほんとかなあ」


 在宅表示になったのを見て飛んできたんだと思ったけど。


「廊下で騒いでるの、聴こえただけだし」

「え、そっちのほうがどうかと思うわ」

「なんでよ」


 あかりは不服そうな顔のまま、


「なんか不便なことあったら、いつでも言ってよ」


 と言い残して去って行った。


 あかりって、やっぱりいいやつだなって、私は思った。


 ◇


「佳奈ちゃんって、いつも何時に学校行くの?」


 早朝の食堂。

 ひとりで朝ご飯をいただいていると、遥香がやってきて訊ねてきた。


「そんなぎりぎりじゃ、その足だと遅刻するよ」


 いつもの時間を教えると、遥香が真っ当な指摘をしてくれた。


「5分くらいは早く出発したほうがいいかなあ」

「もっと早いほうがいいでしょ」


 遥香は、まったくしょうがないなあって顔で笑いながら、「ここいい?」と言って私の正面に座った。


「カラフルだね」


 テーブルに置かれた遥香の朝食を見て、私が感想を述べると、遥香は私のプレートを見ながら、んふっと笑って言う。


「茶色にもほどがあるでしょ。バイキング形式だからって、好きなものだけ食べてたら身体壊すよ」

「偏食とかじゃないよ。私、嫌いなものとかあんまりないし。食べられる量って決まってるからさあ」

「それを偏食って言うんじゃないの?」


 私は笑ってごまかしながら、茶色を口に運んでいく。

 遥香も小さく「いただきます」って言って食べはじめた。


 遥香はとてもお行儀がいい。

 姿勢よく座って、箸の持ち方だってお手本のように上手だ。

 きれいな指遣いに、見惚れてしまう。


「あかりちゃん、今朝はいっしょじゃないんだね」


 声をかけられて我に返る。


「あいつ、夜寝るの遅いし、朝弱いからさ。しょっちゅう起きれないことあるんだよ」

「じゃあ、それって、もしかして、あかりちゃん用?」


 私が確保している、レタスとウインナーを挟んで作ったオリジナルのパンを指さして、遥香が言う。


「鋭いね。あいつが飢えないように持って帰ってあげてるんだよ」

「佳奈ちゃん、やさしいね」

「ん。そういうのじゃなくてね。あいつ、私がひとりで食べに行くとうるさいから。おまえの分もあるぞって言って渡してやれば、満足するんだよ」

「なにそれ。どういう関係なの」


 遥香は笑っている。


「ほぼ餌付けだから、飼育だね」


 あいつ、都会育ちのもやしっ子で不健康だから、しっかり健康な身体に育ててやらないとな。

 不健康は心を壊すって、おばあちゃんもよく言ってるし。

 まあ、山登りするようになって、少しは体力もついてきたようだけど。


「佳奈ちゃんは、あかりちゃんをそういう目では見てないんだね」

「え、どういうこと?」


 私が訊ねると、遥香がふふっと笑った。


「ん。なんでもない。それよりさ、部屋まで迎えに行くから、治るまでいっしょに学校行こうよ。坂道危ないし、慣れない松葉杖で転んだりしても心配だから、そばで見守っててあげるよ」

「うれしい」


 遥香といっしょに登校できるだけでもうれしくて、思わず声に出てしまった。

 遥香もまんざらでもない顔で、ふふっと笑ってくれた。


「いっそのこと、またおんぶしていただくというのは?」


 私が欲張ると、遥香は呆れた顔で笑って、


「ん。それはしない」


 と、首を横に振って、断固拒否してきた。


 また私に頭皮の匂いを嗅がれると思って、警戒しているのかもしれなかった。


 もっとバレないようにやればよかったと、私は後悔した。


 ◇


 遥香は、ほんとうに部屋まで迎えに来てくれた。


「さっき、朝ご飯、差し入れしてやったから、起きてるはずだよ」


 あかりの部屋をノックしても、なかなか出てこなくて、遥香が心配そうな顔をするので言ってみる。

 きっと、慌てて制服に着替えているといったところかな。


「そんなこと言いながら、二度寝してるときもあるけどね」


 私が言うと、ドアが開いた。

 ブラウスのボタンを留めながら登場したあかりは、私を一瞥すると、後ろに立つ遥香へ視線を移した。


「え、なに?」


 あかりが驚いたように口を開く。


「なにって学校行くんでしょうが。遅刻するよ」


 私が声をかけると、あかりはなにか言いたそうな顔で、私と遥香の後ろをついて歩いてきた。


 校舎まで続く道は舗装されているけれど、緩やかな下り坂になっていて、松葉杖で歩くのはちょっとこわかった。

 右足に体重をかけないように、松葉杖がすべったりしないか慎重に歩く私を、遥香は立ち止まったり、ときどき支えてくれたりしながら、甲斐甲斐しくサポートしてくれた。


 私専属のマネージャーみたいだった。


 私が遥香の美しさに強く惹かれているように、遥香も私の知らない、私のなんらかの魅力に気がついていて、私のことを好きだと思っているんじゃないかって、そう思ってしまうような仕草だった。


 教室の前で、遥香と別れると、あかりの澄まし顔がそこにあった。

 ちょうどチャイムが鳴る。


「遥香の言うとおり、早く出たからなんとか間に合ったね」


 あかりの返事は、廊下側に集まっていた男子たちの驚く声にかき消された。

 私の状態を見て、なんだなんだと騒ぎ立てている。

 注目を浴びるのは慣れなくて、穴があったら入りたい気持ちになる。


 私は誰に言うでもなく、ひとりごとのように昨日の体育でやらかしたんだよねえと説明しながら、席についた。


 ◇


「佳奈ちゃん、ご飯行こう」


 遥香は、お昼休みにも来てくれた。


「あかり、お昼行こうよ」


 私はいつものように、前の席に座るあかりに声をかける。

 立ちあがったあかりが、こわい顔で睨んできたので、そこで私は遥香とあかりのふたりがまったく会話をしていないことに気がついた。


 女子寮の食堂に向かいながら、考えてしまう。


 遥香は私のお世話をするついでに、あかりとも仲良くなりたいと考えているはずだ。

 話しかけるチャンスをうかがっている様子もわかる。


 あかりは教室でほかのクラスメイトたちに見せる態度と同じで、遥香とは目も合わさない。

 なんなら、私に対してもよそよそしいから、内心、怒ってそうな気配がする。


 そう気づいてしまうと、三人でいるのが、途端に窮屈に思えてくる。

 

 私はと言えば、遥香といっしょにいられるのはうれしいし、あかりとはいつものことだ。

 三人で仲良くできたら、それがいちばんなんだけどなあ。


 そんなことを思ってみても、あかりがほかの子と仲良くしているのを見たことがなくて、どうやったらあかりって人に心を開くんだって、頭を抱えてしまった。


 いつも私ばっかりしゃべってしまうから、黙っていれば、勝手にふたりでしゃべりはじめるかなって期待して、むずむずするけど黙ってみることにした。


 ふたりは、食堂に着くまで、ひと言も交わさなかった。


 ◇


「さば味噌定食」


 三人でテーブルを囲んでも、「いただきます」しか言わないから、お昼のメニューを暗唱してみる。

 ふたりがいっせいにお味噌汁をすすった。

 気まずくなって、私もお味噌汁に口をつける。


「おばあちゃんの作るお味噌汁って、しょっぱかったんだなあ」


 いつも思っていることを敢えて口に出してみると、遥香とあかりが顔を見合わせた。

 私のひとりごとのような感想に、どっちが割って入るか牽制しあっているんだ。


 それから、ふたりが黙って食べ物に目を落としたので、そこで私の忍耐は限界に達した。


 仲良くしてほしい。


 あかりに遥香を取られるんじゃないかって心配したりもしたけれど、はっきり言って、その心配はない。

 取り越し苦労にもほどがある。

 そんなことより、遥香とあかりに仲良くなってほしかった。


 このままじゃ、共通の友人として、あまりに気まずい。


「遥香、あかりと仲良くなりたいって言ってたよね」


 私がアシストすると、ふたりがいっせいにこっちを見た。

 次は遥香の番だぞってアピールしようと、私は遥香の目をじっと見つめる。

 あかりも遥香のほうを向いたのが、気配でわかった。

 注目を浴びて恥ずかしくなったのか、遥香はうつむきながら、


「C組の遥香です」


 と、いまさら自己紹介してみせた。

 次はあかりの番だぞと思っていると、


「知ってるよ」


 とだけ言って、あかりはご飯を口に運んだ。


 こんなきれいな女の子から、仲良くなりたいって思ってもらえてるんだから、もっと気の利いた台詞は言えないのかよって、私はあかりに抗議しようとした。


 それを遮るように、遥香が口を開いた。


「うれしい」


 目尻にしわを寄せ、頬を赤く染めて笑うその顔が、あまりにかわいくって、私は遥香のことが、ますます好きになってしまった。

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