第24話 5月 交錯2 kana
佳奈 kana
「こんなになっちゃった。全治1か月らしい」
処置を終えて、受付に戻ってくると、遥香が待っていてくれた。
私は松葉杖で身体を支えながら、ギプスで固められた右足をぶらぶらしてみせる。
「まだ痛い?」
しゃがんで右足を覗き込んでいた遥香が、私の顔を見上げて訊ねてくる。
「ん。だいじょぶ」
ぜんぜん痛いけど、そういうことにしておく。
「早くよくなりますように」
遥香がギプスの上から、右足をなでてくれているけど、神経はつながっていないから、感覚はない。
「左のほうお願い」
遥香は舌打ちしながら、この変態とでも言いたげに、左足を軽くちょろっとなでてくれた。
それはそれで、気持ちよかった。
◇
松葉杖の練習にと、遥香に見守られながら、ゆっくり歩いてふたりで帰る。
もうすっかり、放課後の時間になっていた。
「そういえば、鞄と制服、志乃ちゃんが部屋まで届けておいてくれるってさ。私のもお願いしたから、直接、寮まで帰ろう」
「遥香って志乃ちゃんと知り合いなの?」
志乃ちゃん、私に直接、連絡してくれればいいのに。
「地元いっしょだし、実家も近いよ」
「そうだったんだ」
言われてみれば、たまに食堂でいっしょに食べてるなあ。
「おもしろい子でしょ? 志乃ちゃん」
思わず、んふってふきだしてしまった。
「子どもの頃から、あんなにお嬢様なの?」
私が訊ねると、遥香もんふって笑いをこらえながら言う。
「中2の秋から」
「え、お嬢様って後天的になるものなの?」
生まれや育ちに左右されるものだとばかり思っていた。
「推しの恋人がお嬢様キャラだから、なりきってるんだよ」
「なんだそれ」
私がげらげら笑いだすと、来年映画も公開される、大人気の漫画のキャラだって教えてくれた。
「志乃ちゃんはね、無類のイケメン好き」
推しはイケメンだという流れで教えてくれた。
私は笑いが止まらなかった。
「そういえば、志乃ちゃん、お絵かき嗜むって言ってたわ。漫画の絵だったんだねえ」
風景とかの絵も上手だよって応じながら、遥香が悪い顔をして続ける。
「志乃ちゃん、腐女子だから」
「んっふ」
「みんなには内緒だよ」
志乃ちゃんの意外な一面がおかしくて、思わず足が止まってしまった。
またゆっくり歩きながら、おしゃべりを続ける。
「志乃ちゃんのお母さんも、そのまたお母さんも腐女子だから、志乃ちゃんの家の本棚、古今東西の薄い本だらけよ。ちっちゃい頃、遊びに行ったとき、私もよく読んだ」
どんな作品なのって訊くと、泣けるやつとか、いい感じに切ないやつとか、笑っちゃうやつとか、おもしろいのいっぱいあるよって、遥香は教えてくれた。
同性を好きになる気持ちに、共感できる作品もあるんだって、ちょっと照れくさそうにも話していた。
「えっちなのもあるけどね」
がははって、遥香がきたなく笑う。
遥香もそんな顔するんだって、私は親近感を覚えた。
「おばあちゃんから借りた文庫本で、これってそういうジャンルのやつかなっていうの読んだことあるけど、漫画では読んだことないなあ」
おばあちゃんが読まないから、漫画自体、自分の家ではあんまり読んだことないんだ。
「私は女の子が好きだから、めっちゃ読むってわけじゃないけど、創作物の楽しみ方はまた別だから、あ、だいじょぶ?」
「へいき」
慣れなくてバランスを崩したら、すぐに支えてくれた。
「志乃ちゃんってさ、クラスでいちばんかっこいい男の子を、いつも好きになるんだよ」
「え、そうなの?」
イケメン判定機って言って、ふふっと遥香が笑った。
「過去、好きになった男の子はみんな、その子をモデルにしたキャラクターとして、志乃ちゃんの創作の中に登場していくけどね」
「BLにされちゃうんだ」
「まあね」
志乃ちゃんの知られざる趣味を共有して、私たちはふふっと笑いあった。
「でも、現在進行形で好きな男の子だけは、生々しくて描けないらしいんだよ」
「え、かわいい」
「純粋なんだよ、志乃ちゃんって。すぐ新しい人、好きになるけどね」
もしかして、いまもうちのクラスの12人の男子の誰かに恋してるのかな。
「遥香は志乃ちゃんに誘われて、この学園に入ることにしたの?」
私が訊ねると、遥香はなんだか照れくさそうな顔で笑った。
「志乃ちゃんのそばにいたかったのも、動機のひとつではあるかな」
遥香にとって、志乃ちゃんは初恋の人なんだなって、そのとき私は気がついた。
志乃ちゃんは無類のイケメン好きだから、結ばれることはないけれど、友だちとして、大事に想っているんだ。
「ここなら仲間が見つかるかもって、思ったんだよねえ」
それって、女の子が好きな女の子のことで合ってるんだよねって、確認する前に、遥香が訊ねてきた。
「『絆の時間』がネットでなんて言われてるか知ってる?」
「え、わかんない」
たぶん、そういう書き込みを、私も見たことがあるのかもしれないけれど、ここに来るまで絆の時間がなんなのか、よくわかっていなかったから印象には残っていない。
遥香は、にやっと笑いながら、私の顔を覗き込んできた。
「女同士の『ただれた時間』」
私は天を仰いで、うはっと笑った。
「風評被害にもほどがあるでしょ」
「それが、そうでもないらしいんだよ」
「遥香こそ、純粋すぎない? そんなの真に受けるなんて」
遥香は、いまに見てなさいっていう自信満々の表情をしてみせた。
「じゃあ、今年から男子寮でも運用がはじまったらしいから、これからは男同士の『ただれた時間』もはじまるってわけだ」
私が言うと、遥香は悪い顔をして、
「志乃ちゃんの妄想が捗っちゃうねえ」
と言って、ははっと笑った。
「遥香のお姉さん役の先輩は、どんな人なの?」
美代子と私がただれることって、あるのかなあって、懐疑的な思いを抱きながら訊いてみる。
「ほぼ私がお姉さん役みたいになってる」
「え」
「もはや私って、この人のお母さんかなにかだと思われてるのかなって感じることも多々あるわ」
遥香って、人のお世話好きみたいだから、自然とそうなっちゃうのかな。
「私って、見た目こんなだからさ。いつの間にか頼られる側に回ってしまうことあるんだよねえ。その気持ちは素直にうれしいんだけど、いつか期待を裏切ってしまうんじゃないかって、プレッシャーなんだわ。ただの見掛け倒しで、人としてなにか優れているわけじゃないからさ」
遥香は私になんでも教えてくれる。
ほかの人に、言えないようなことまで、教えてくれる。
それってもしかして、そういうことなのかなって、話していて、私はだんだん、どきどきしてきた。
「本音を言えば、年相応の扱いをされたいし、もっとぞんざいに扱われたい願望があるんだよねえ」
ぞんざいに扱えるような見た目してないから、願ってもそれは難しいよねえって思いながら、私は彼女の欲しがっている言葉を探そうとしていた。
私は、遥香に気に入られたかった。
悩んでいる私をよそに、遥香は思わぬことを口にする。
「佳奈ちゃんってさ、あかりちゃんと仲良いよね? いつもいっしょにいるし」
「ん? まあね。友だちだし、部活もいっしょだし」
この足じゃ、しばらく部活はできそうもないけど。
そんなことより、この流れであかりの名前をだすって、どういう意味なんだ。
「あかりちゃんってさ、どんな子?」
あいつ、私以外の子とは、ろくにおしゃべりしないから、不思議がられているのかな。
「そんな、ミステリアスな存在とかじゃないよ」
私はまず、そこを否定しておく。
遥香は、明らかに興味津々な顔をして、私の話に食い入る。
私は志乃ちゃんのことを教えてくれたお礼とばかりに、あかりの人物像を遥香に語って聞かせる。
とにかく気が強いとか。
人に挨拶もできないとか。
学校生活は茶番だと思っているとか。
舐められたら死ぬと思っているとか。
ひどい反抗期を患っているとか。
体力ないし、運動神経悪いとか。
ほかの子と口を利くなって、わがまま言ってくるとか。
我に正義ありとみたら、おとなの男性や先生にだって強く言い返すとか。
なんだか悪口大会みたいになってしまったけれど、遥香は笑いながら、楽しそうに聞いてくれていた。
「だけどね」
事実とはいえ、さすがに申し訳なくなってきたので、私はしっかりいいところも伝えようとした。
「ふたりっきりだと、明るくておしゃべりだし、あれでもかわいいとこあるんだよ」
ふぅんって、遥香がうれしそうな顔をした。
「あとね、歌がすごい上手。きれいな歌声で好きなんだ。ケチだから、恥ずかしがって、あんまり歌ってくれないけどね」
遥香は楽しそうに、あははって笑った。
私はうんってひとつ頷いてから、
「総合的にいえば、いいやつだよ」
と、自分でも納得しながらそう締めくくった。
「どうやったら、あかりちゃんと仲良くなれるかなあ」
「まず、母性が必要だね」
遥香がうはって笑う。
なんでそんなこと訊くんだって、私は急に冷静になった。
「あかりと仲良くなりたいの?」
率直に私が訊ねると、遥香はえーって言いながら、照れくさそうにはにかんだ。
「あかりちゃんって、すっごくかわいいから。どんな子なのか、おしゃべりしてみたいなあって思って」
私が遥香に対して抱いていた感情と、まったくいっしょだった。
そのせいか、遥香の気持ちがすんなり理解できてしまった。
冗談じゃない。
遥香は私が先に好きになったんだ。
あいつのものになんか、なっていいわけない。
「いやあ、難しいと思うよ」
自分でも、意地悪なこと言ってるなって、自覚はあった。
だけど、これは決して嘘じゃないからねって、自信もあった。
「難しいんだあ」
遥香はなんだかうれしそうに、うふうふと笑っていた。




