表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第一章 流刑者たち
21/29

第21話 5月 山中にふたり akari

  あかり akari


 ゴールデンウィークに入ると、女子寮から人が消えた。


 この学園のカレンダーは、職員や生徒たちが本土に帰省しやすくするためか、4月下旬から5月のゴールデンウィーク明けまで、間にある平日も、ぜんぶ休みになるみたいだった。

 その恩恵もあってか、驚くほど人が少なくなったのだ。


 佳奈とふたり、食堂でご飯を食べながら、あの遥香ってやつも、志乃って子も、美代子先輩も、佳奈が気にしたり、ちょっかい出したりしている女は、誰も見かけないなって、私は思っていた。


 ゴールデンウィークは、佳奈とふたりでずっと山岳調査をしている。

 佳奈は、山に夢中だ。

 その執着と言ったら、なにかに取り憑かれたようだと言っても差し支えないほど。


 まるで、この島で、なにかを探しているみたいだった。


 毎日、興奮した様子で、山中で見つけたどこそこを探検してみようって話をしている。

 山の中で、佳奈はいつも私のことを気にかけてくれる。

 私が鈍くさくて、怪我しそうで、心配だって思っているみたいだ。


 学校の中での私と、学校の外での私。

 それはきっと、集団の中での私と、そうでないときの私だ。

 そういう違いは、間違いなくある。

 誰にだって、あると思っている。


 佳奈にもそれがある。


 学校の外では、私だけを見てくれる。

 学校の中では移り気で、よそ見ばかりしていて、とにかく落ち着きがない。

 私の嫌いな人間の姿をしてる。

 私と話しているのに、すぐよそ見をする人間の姿をしてる。

 私はそれが許せない気持ちになる。

 学校の外でそうするように、いつも私だけをじっと見つめたまま、おしゃべりしていてほしい。


 私から目を逸らさずに、ずっと向き合っていてほしい。

 私のそばを、ずっと離れないでいてほしい。


 このゴールデンウィークは、まさにそんな思いが実現したような時間で、私と佳奈は、静かな山中で、ふたりきりの、濃密な時間を過ごしていた。


 ◇


 ゴールデンウィーク最終日。


 天気は雲ひとつない快晴。

 真夏かと思うくらい、厳しい日差しが照りつける、暑い日だった。

 この日、私たちは、山頂に到達することを目標に掲げていた。


 門限までに余裕で帰れる距離だというから、最初から山頂を目指したってよかったのだけれど、佳奈が楽しみは最後までとっておきたいとか言いだしたのだ。


「この天気でそれは、さすがに暑くない?」


 体育のジャージ姿の私に佳奈が言う。


「暑いけど、虫に刺されるの嫌だし。上のほうは涼しいかなって」

「そんな標高、高くないでしょ」


 笑っている佳奈は、半袖にハーフパンツ姿の、夏仕様だった。

 彼女が足をだしているのをはじめて見た。

 制服のスカートはいつもふくらはぎまでの丈ではいているし、体育の授業だって、上着は半袖の日もあるけれど、下は必ずジャージをはいているくらい、そこは徹底している。


 その理由を、私は知っている。


 細かい傷跡だらけの足を見られるのが、コンプレックスだからだ。

 私とふたりきりで、誰もいないとわかっているこの山の中でなら、足をだしてもいいものと、佳奈は考えているみたいだ。


 それがなんだか、私はうれしかった。


 ◇


 昔は、島の子どもたちが遊び場にしていたというだけあって、山頂を目指す道中は、それほど険しいものではなかった。


 誰もこの山を登らなくなって久しいのか、かつて人が踏み固めたらしい道に草木が茂り、山頂へ続く道を覆い隠している。

 いつかこの道を通る人が、迷ってしまわないように、シンボルになりそうなものをカメラに収め、白紙の地図に印をつけながら、私たちは山頂を目指してゆく。


 木々の隙間から、遠くに海が見える。


 しばらく歩くと、周囲の植物の背が低くなってきた。

 代わりに日差しがきつく感じて、ふうっと息を吐きながら足を止める。

 佳奈が駆け寄ってきて、鞄からお水の入ったペットボトルを差し出してきた。


「ちょっと休む?」

「ん。だいじょぶ」


 そう応じてから、お水をいただく。

 ペットボトルを返すと、佳奈もひと口飲んで鞄にしまった。


 この道が永遠に続いて、ずっとふたりで終わらない旅を続けられたら、私はそれでもよかった。

 佳奈の隣だけが、いまの私にとっての居場所だったから。

 現実はそうではなくて、緑が徐々に減っていくのを感じながら歩いているうちに、やがて、岩場のようなエリアにたどり着いたかと思うと、突然、視界が大きく開けた。


「学園が見えるよ」


 佳奈に言われて振り返ると、遠くに学園の校舎を見下ろすことができた。

 その先に、海沿いの町並みが見える。


 どうやら、広場のようになっているここら一帯が、ほぼ頂上といって差し支えないようだ。

 私たちが立っている場所は、古い火山の火口のように見えた。


「いまこの瞬間に噴火したら、うちらおしまいだね」


 佳奈が笑いながら言う。


「え、活動している火山なの?」

「ん。知らん」


 無責任な発言に、私は声をだして笑った。


「昔はここで、子どもたちが遊んでいたんだね」


 佳奈の声を聞きながら、周囲を見回すと、背もたれのない小さなベンチを見つけた。


「あそこに座って、ふたりで写真撮ろうよ」


 佳奈のほうを振り返ると、なんか上着を脱いでた。


「え、写真? やば」

「汗、引いてから撮ろうか?」


 慌てて上着を着はじめたから、提案してみた。


 やっぱ、私よりだいぶ胸でかいな、こいつ。

 元気がいい分、発育もいいってことなのか。

 なんか、負けた気がしてくるなあ。


「うう、その前にさあ」


 佳奈がぶるぶると、身体を震わせている。


「ちょっと、トイレいい?」

「え、ここで? 帰るまで我慢できない?」


 私は驚いて、訊き返した。


「上着脱いで風を浴びたら、急にしたくなっちゃった」

「まあ、いいけど」


 周囲を見回しながら応じる。

 当たり前だけど、誰かに見られる心配などなさそうだ。


「あ、おっきいのじゃないよ」

「聞いてないし、言わなくていいから」

「これ持ってて」


 佳奈は、私に上着を預けると、走って斜面を下りていった。

 私に見られないように隠れてしたいのだろう。


「見ないから大丈夫だよ!」


 佳奈は、なにか返事をしていたけれど、なに言ってるのか聞きとれなかった。


 景色を眺めながら待っていると、ビキニの水着みたいな格好で、肌色の上半身をあらわにした佳奈が、すっきりした表情で戻ってきて、笑ってしまった。


「野生動物もね、排泄によって縄張りをアピールすることがあるんだよ。山で動物の糞を見つけたら、近くに本人がいるかもしれなくて危ないんだから」


 照れ隠しなのか、謎の知識を披露してくる。

 正しい情報なのかはわからない。


「あ、私はおっきいのしてないけどね」

「疑ってないから。あんまり言うと見に行くぞ」


 私が言うと、佳奈は恥ずかしそうな顔で「見ちゃだめ」って言うので、逆に見たくなってしまった。


「あかりはトイレとかへいき?」


 改まって訊ねられると、急にしたくなってくる。

 もじもじしていると、意地悪な顔をした佳奈が言う。


「訊かれるとしたくなるでしょ。私もそうだからわかる」

「共犯者に仕立て上げるために、わざと言ったなあ」


 抗議してみせたものの、帰るまで我慢できるか怪しい気がしてくる。

 こんな大自然の中で、野生動物みたいにするのはちょっと。

 いや、でも、するならこのあたりのほうが虫もでなそうだし、まだいいかなあ。


「恥ずかしがってないで、行ってきな、漏らすよ?」


 そう脅されると我慢できなくて、私は佳奈に上着を返して走りだした。


 斜面を背に、隠れるようにして、パンツごとジャージを下ろしてしゃがみ込む。

 遠くの海を見つめながら、溜まっていたものを解き放つ。

 この水の音、海から鳴っているみたいって思ったら、なんか笑えた。


「あかり、紙持ってる?」


 背後から佳奈の声がして、恥ずかしいのと、こいつ絶対許さんの気持ちが同時に襲ってくる。


「あっち行ってて!」


 私は大声で怒鳴り返した。


「ひえ」


 という声とともに、足音は離れていった。


 用を足して、広場に戻ると、佳奈が私の顔を見て笑う。

 握りこぶしが、佳奈の頭上に降り注いでゆく。

 佳奈は涙目になりながら、両手で頭を押さえ、


「わざとじゃない」


 と、言い訳してみせた。


「親切心だし、今回だけはこれで許してあげる」


 不服ながら私が言うと、


「あかりのお尻、かわいかったよ」


 と、いらねえことを言うので、また私の拳が、佳奈のみぞおち深くにめり込んでいった。


「ふぐ」


 と、断末魔をあげて、佳奈は前のめりに倒れた。


 ◇


 行き過ぎたじゃれ合いに疲れた私たちは、ぼろぼろのベンチに並んで腰かけて、なんでかふたりで上着を脱いで、上半身だけ下着姿のまま、気持ちのいい風を浴びていた。


「日に焼けちゃうね」

「健康的でいいじゃん。あかり、なんか不健康そうな白さだし」


 私が言うと、佳奈が笑ってそう返してきた。


「健康的なほうが好き?」


 私が訊ねると、佳奈は首を傾げて考えてみせる。


「人による」

「なんだそれ」


 身も蓋もない結論に、ふたりで笑いあった。


 遠くの海に、連絡船の姿が見える。

 あの船に乗って、ふたりでこの島に上陸してきたのだ。


「沈んでしまえばいいのに」


 海に浮かぶ船を見つめながら、気づけばそう口にしていた。


「いっそ、なにもかも、この島以外、すべて沈んでしまえばいいのに」


 そうすれば、なにもかも忘れて、忘れるしかなくて、きっと楽になれるのに。

 このとき、私は本心から、この世界を憎んでいたと思う。

 それが表に出ただけの、単純な言葉だったんだと思う。


 囚われていた私を救い出してくれたのは、毎晩歌っている、あの歌だった。


「その歌、知ってるの?」


 決して上手とは言えないけれど、なんだか耳に心地いい、そんな歌声だった。


「まあね」


 佳奈が歌うのをやめてそう言った。


「ずいぶん昔の歌、知ってるんだね」

「いっしょに歌おうよ」


 島中に聴こえているんじゃないかってくらい、大きな声で、私たちは歌った。

 それから、ふたりで上着を着て、記念撮影をしてから山を下りた。


 あのとき、私が急に物騒なことを言いだしたから、佳奈はあの歌を歌ってくれたのかな。


 いままで出会った誰よりも、私にやさしくしてくれた、ちょっと変わっているけれど、素直で元気な、私のはじめての友だち。


 大好きな人。


 思えば私たちの関係は、このときがいちばんマシだったのかもしれないね、佳奈。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ