第20話 4月 フェリー乗り場(本土) kana
佳奈 kana
眠い目をこすりながら、おばあちゃんに手を引かれるように家を出て、朝いちばんの新幹線に、私は乗り込んでいた。
おばあちゃんと並んで座り、シートにもたれかかって二度寝をする。
肩を叩かれ、目を覚ますと、おばあちゃんとふたり、在来線を乗り継いで、これから高校三年間を過ごすことになる、学園の島へと向かう。
電車に揺られながら、うとうとしていると、いつの間にか意識はなくなった。
またおばあちゃんに起こされて、電車を降りてタクシーに乗り換えると、見慣れない景色に意識がはっきりしてきた。
車はフェリー乗り場へと向かっている。
「そわそわしないの」
落ち着きなく、身体をゆすっていたら、いつもどおり、おばあちゃんに注意された。
「なにか心配事でもあるの?」
おばあちゃんが訊ねてくるので、
「ないよ」
と、私は応じる。
「学園のことも、島のことも、たっぷり予習したからね」
おばあちゃんは、ふふっと笑って、
「勉強もちゃんと頑張るのよ」
と、釘を刺してきた。
「おばあちゃん、それ、なに持ってるの?」
おばあちゃんは、トートバッグを抱えていた。
普段使いしていない、あんまり見慣れないやつだったから不思議だった。
「あとで話すわ」
神妙な顔で、おばあちゃんはそう言った。
◇
フェリー乗り場に着くと、私と同じ制服に身を包んだ、新入生らしい女の子と、同じく新入生らしい男の子が、待合の椅子にお父さんやお母さんと並んで座り、船が到着するのを待っている。
「席がいっぱいねえ」
おばあちゃんが残念そうに言うので、シルバーシートはないのかと見回してみる。
「誰かに譲ってもらおうか?」
見つからないので、提案してみた。
おばあちゃんは、足腰が弱っているから、長時間立っているのはつらいのだ。
「どうぞ」
私の声が聞こえてしまったみたいで、端っこの席に座っていた、父兄というよりは、島の人っぽい男性が、自ら席を譲ってくれた。
「ありがとう」
ふたりでお礼を言って、おばあちゃんは席に座った。
私は、おばあちゃんの横にしゃがんで、船を待つことにする。
「みっともないわよ」
すぐに注意されたので、立ちあがる。
「そうだ。さっきの話ってなに?」
おばあちゃんは、すっかり忘れてたって顔をして、私にトートバッグを差し出してきた。
「ん?」
持っててくれってことかなと思って、反射的に受け取ってしまった。
「あなたに返そうと思って」
意味わかんないって顔をしていると、おばあちゃんは構わず続ける。
「佳奈も、もう高校生になる年だし、そのうちわかることだから」
そこで、私はトートバッグの中身の話をしているんだと気がついて、中身をあらためた。
封筒の束が、輪ゴムでまとめられている。
「え、なにこれ」
お金でも入っているのかなって、勝手に期待してしまった。
先立つものが必要だからって。
「ずっと、私が大事に持っていたの」
ますます意味がわからないと思って、私は封筒をひとつ開けてみることにした。
宛名の代わりに、おばあちゃんの字で日付が書かれているけれど、封はされていない。
見れば当たり前だなって思うけれど、封筒にはお金じゃなくて、手紙が入っていた。
開いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「これってさ、え、いや、ちがうよね」
状況を理解することを、拒んでいる自分がいた。
「佳奈、船がきたわ」
おばあちゃんの言葉にはっとして顔をあげると、待合の椅子に座っていた人たちが、いっせいに移動していくのが目に入った。
私は、船には乗らず、おばあちゃんの隣の席に座った。
「佳奈、船が」
膝の上に広げた手紙に、涙がぽたぽた落ちていった。
私はこれを、知りたくなんてなかった。
『嘘つき』
私はその言葉を、おばあちゃんには言えなかった。
おばあちゃんが育ててくれたことに、いつも感謝していたから。
それでも、私はおばあちゃんを許せなかった。
嘘をついていたことが許せないのか、これを私に明かしたことが許せないのか、自分の感情がよくわからなかった。
ただ、許せなかった。
泣いている私の背中を、おばあちゃんはゆっくりなでてくれた。
フェリー乗り場の係員さんが、ゲートを閉じたのを見て、入寮式には間に合わないってわかったけれど、もうそんなの、どうでもよかった。
外国で働いている、私のお父さんは、いなかった。
少し落ち着いた私に、最初から、そんな人、いなかったことを、おばあちゃんは教えてくれた。
私を産んだ、お母さんでさえ、ほんとうのお父さんが誰なのか、わからないのだと、そう教えてくれた。
私の信じていた世界は、おばあちゃんの嘘だったんだ。
おばあちゃんなんて、嫌い。
おばあちゃんのこと、絶対に許さない。
そんな気持ちがわきあがってきたとき、
「嘘つき!」
って、大きな声がした。
おばあちゃんは、まるで自分がそう言われたみたいに、苦しそうな顔をした。
私は、心を救われた気持ちになって、声のするほうを振り返った。
私と同じ制服を着た女の子が、おばあちゃんを大声で罵っている。
この子となら、この嘘だらけの偽物の世界から抜け出せると、本気でそう思った。
だから、私はあなたに、この手を差し出したんだよ、あかり。
◇
「なあんだ」
私が話し終えると、あかりはそんなことかって調子でそう声を漏らした。
「私はね、おばあちゃんに怒ってるんだよ」
あかりが、ふふっと笑う。
「わかるけどね。私も自分のおばあちゃんのこと、許してないし」
「でしょ」
あかりとは、わかりあえるって自信がある。
「あの手紙、私は好きだったよ。絵も上手だった」
「じゃあ、あげようか?」
「ん。いらない」
崖の上で、地面に抱き合って横たわったまま、私たちは同時に笑った。
「あかり」
私は、あかりを抱きしめていた腕を解いて声をかけた。
「立ちあがらず、ゆっくり這って、移動して」
「佳奈は?」
「地面を刺激しないように、ひとりずつ行こう」
「やだ」
あかりは、冗談じゃないって顔でこっちを見ている。
「ふたりで動いたら危ないから、慎重に」
私が説き伏せようとすると、あかりは遮るようにして、
「死ぬなら、ふたりがいい」
そんな馬鹿みたいなことを言いだした。
元はと言えば、私が崖に近寄ったのが悪いんだけど、確かに不公平ではあるし、片方だけ死んだりしたら、後味が悪いよねって、納得するものはあった。
「あかり、ビーチフラッグスって知ってる?」
意味がわかったのか、あかりは、ふふっと笑って、
「知ってるよ」
と、応じた。
「じゃあ、よーいどん、ね」
そう言って、私たちはうつ伏せになり、せーのでよーいどんって言って、もと来た道に全力で駆け出した。
ぱらぱらと、石や砂が、崖の下に落ちていく音が聴こえた。
◇
『この先、危険』
そう書かれた看板のところまで、無事に生きて帰ってきた。
「調査完了だ」
私が言うと、あかりが息を切らしながら笑った。
「まったく、佳奈のせいでひどい目にあったわ」
「いい調査、できたから」
「よく言うわ」
もうすっかり、日が沈もうとしている。
「門限、間に合いそうだね」
「なんか、いっぱい虫に刺されたわ」
「あかりの血、おいしいのかな」
「次は虫除けスプレーくらい、準備しておこうかな。売ってるかなあ、寮の売店に」
帰り道を歩きながら、ふたりで話す。
「そういえば、佳奈ってさ」
あかりが私の前に立ちふさがって言う。
「顔に似合わず、結構、胸でかいんだね」
くそガキみたいな顔で言われて、私は思わず舌打ちした。
あかりは楽しそうに、あははって笑いながら、逃げるように走りだす。
「転んで怪我するよ」
私が注意すると、あかりは振り返らずに走りながら、
「そしたら、また治療してもらう」
と言って、ふざけてみせた。
私は、あかりの姿を見守りながら、その後ろを走って、門限が迫る女子寮へと帰っていった。




