第19話 4月 山岳調査 kana
佳奈 kana
「本格的な調査は、ゴールデンウィークにでもやろうよ」
放課後、あかりと話しながら、山へと向かう。
「門限まで2時間くらいだね」
「発電所があるっていう話だから、今日はその周辺を探索してみようか」
電動バスが通る、学園へと続く坂道。
描きかけの地図によれば、その道の終点に発電所がある。
そこまでは、たまに見かける発電のための燃料を積んだ大型車両などが通る、舗装された道が続いていると考えていいのだろう。
ほんとうの意味での山道は、その先にあるんだ。
校舎を出て、坂道をのぼると、警備員さんのいるゲートに突き当たる。
スマホで入山許可証を見せて、学籍番号と名前を伝えると、
「足元に注意するんだよ」
と言って、警備員さんはあっさり通してくれた。
私たちは顔を見合わせて、にやりと笑いあった。
◇
舗装された坂道を進んでいくと、あっという間に発電所に到着した。
大きな四角い建物が、金網のフェンスで囲まれている。
フェンスに貼られた看板は、風雨にさらされ、薄汚れていて、かろうじて「関係者以外立入禁止」と読める。
昭和って書いてあるのはわかるけれど、何年と書いてあるのかは、もはや読み取れない。
静かで人の気配はなかった。
「子どもは立入禁止だよ」
知りませんでした面で、入口からしれっと中へ入ろうとしたら、守衛さんが出てきて止められた。
「あ、すいません」
心の中で舌打ちしながら、ぺこっとお辞儀をして敷地の外へ出る。
「あんた、悪ガキにもほどがあるでしょ。こっぴどく叱られるかと思った」
あかりが言うので、私は、ふふっと笑ってみせる。
「ここは、立入禁止っと」
いらないだろうけど、試しにとスマホのカメラで写真を撮っておく。
「施設の外からじゃ、あんまりいい写真にならないや」
きっと、完成した地図上では、赤い斜線のエリアになるんだろうな。
「ぐるっと一周してみようか」
舗装されていない、獣道ですらない背の高い草でぼーぼーの地面を歩きはじめると、あかりが嫌そうな顔をしてこっちを見てきた。
「虫とかいそう」
あかりは文句を言いながら、おそるおそる歩きはじめる。
「いるに決まってるでしょ。山なんだから」
あかりが好きな山登りって、きっと整備されたハイキングコースみたいなのを言うんだろうなあ。
「これが自然だよ、あかり」
あかりがふふっと笑う。
「昔は島の子どもたちが、よく遊んだりしてたらしいよ。中学のとき、島のことをネットで検索したら、公式サイトに古い白黒写真があって、子どもたちが山のてっぺんで遊んでた」
「公式サイトってなによ。自治体のサイトってこと?」
「え、知らん」
私たちは、雑草を踏みつけながら、錆だらけの金網に沿って歩く。
学園が誘致されるより、ずっと昔からあるこの施設は、どこを見ても薄汚れて錆びついていて、木々が太陽の光を覆い隠すと、なんだか廃墟みたいで、ホラーテイストだった。
入口のちょうど裏側付近まで回ってくると、金網が破れているところがあった。
「昔、この島にいた子どもたちのいたずらかな?」
錆びついた様子から、ずいぶんと昔からこの状態なんだとわかる。
シャッター音がして振り返ると、あかりがカメラでその穴を撮影していた。
「え、嘘でしょ」
私は、その穴をくぐり抜ける。
「先端は鋭利だから、あかりも気をつけて」
「見つかったら、佳奈のせいだからね」
あかりも渋々といった様子で、発電所に忍び込んできた。
スカートの裾が引っ掛かっていたので、そっと解いてやる。
それを見て、あかりがにこっと笑う。
まじまじ見ると、ほんとかわいい顔してるなこいつって、私は思わされた。
◇
建物に近寄ると、職員に見つかってしまうからと、金網の近くを歩いて施設内を偵察してみる。
「入っちゃいけないところを歩くのって、それだけでわくわくするよねえ」
私が言うまでもなく、あかりもにやにやしていた。
「なんだろう、これ」
不思議そうに言うので、私は適当に応じる。
「火気厳禁って書いてあるから、燃料タンクかなあ」
田舎でも、こんなようなものを見たことある気がした。
「裏口があったんだ」
フェンスの一部が、開閉する扉になっていた。
人がひとり通れるくらいの小さな扉だ。
「鍵かかってないや」
扉を開け閉めしながら私が言うと、
「あんなとこ、通る必要なかったじゃん」
と言って、あかりがじっとりとした目で睨んできた。
「冒険にはね、こういう無駄がつきものなんだよ」
わかってないなあと、私が応じると、あかりは楽しそうに、きゃははって笑った。
電力会社の人に見つかったら、学園から入山禁止令が出されかねないと、私はそこで急に冷静になって、裏口から外に出ることにした。
あかりが振り返って、裏口の写真を撮っている。
「発電所の調査はこんなもんかなあ」
今日は門限までそんなに時間もないし、このあたりをふらっと散歩でもしようと歩き出すと、ぼろぼろの立て看板が目に入った。
『この先、危険』
長年、厳しい自然環境にさらされてきたせいか、帽子を被った子どものイラストは薄汚れて、黒い涙を流しているようにも見える。
「肝試ししてるみたい」
調査結果として、スマホで撮影しておく。
「え、危険だよ?」
無慈悲に先へ進もうとすると、あかりに呼び止められた。
「そう言われて、行きたくならないやつ、いないよね?」
あかりが呆れたように、ふっと笑う。
私たちは、草木もまばらな道なき道を歩きはじめた。
◇
足元があんまりよくないから、あかりがきちんと歩けているか、怪しみながら進む。
虫がいないか気にしているのか、足元の石を避けようとしているのか、おぼつかない足取りに見えてきたので、手を引いてやる。
安心したのか、ふふっと笑って身を寄せてきたので、そのまま手を引いて歩く。
しばらく歩くと、木々がまばらになってきて、急に開けた場所に出た。
「危険ってそういうことかあ」
私たちは、切り立った崖の上に立っていた。
あかりの手を離して、私はそうっと崖の先端に近寄ってみる。
「危ないよ、佳奈」
「ん。だいじょぶ。待ってて」
心配そうなあかりにそう言って、私はスマホのカメラを動画モードにして構えながら進む。
崖の先端に立ち、下を見たら、思わず、ふらっとめまいがした。
高所恐怖症ではないけれど、それでも直視し続けるのは難しかった。
女子寮の6Fから下を眺めるより、ずっと高く感じられる。
こんなところから落ちたら、万が一にも助からないって、動物的本能でわかる。
「撮れた」
そう言って、戻ろうと振り返ったら、目の前にあかりがいて、私は驚いて声をあげた。
その声に驚いたあかりが、ふらっとよろめいたように見えたのは、あるいは私の目の錯覚かなにかだったのかもしれない。
「危ない!」
そう声に出したかどうか、もはやそれさえわからないけれど、とにかく私はそう思って、あかりに飛びついた。
どーんとふたりで地面に倒れ込むと、地面が揺れる感覚がして、ばりばりって音を立てながら、崖の一部が崩れて落っこちていった。
誰も足を踏み入れることなく、長年、風雨にさらされていて、脆くなった地面が、私たちが倒れ込んだ衝撃で崩れたんだ。
死ぬ、じゃなくて、死んだって思わされた。
とっさに、この子だけでも守らなきゃって、あかりの頭を胸に抱えてぎゅうって抱きしめる。
ばーんって大きな爆発音のような音がして、背筋が寒くなった。
崩れた地面が、その下の地面にぶつかって、砕けた音だ。
それが人間の身体だったらと思うと、鳥肌が立って、意識が遠のいた。
下手に動いたら、いま私たちが横たわっている地面まで崩れてしまいそうで、私はそのまま動けなくなった。
このまま、ふたりで死ぬんだと思った。
私の胸に顔を埋めたままのあかりが、私の背中に両腕を回して、抱きついてくる。
あかりも同じことを考えているんだって、そう思った。
死を覚悟して、私もあかりを強く抱きしめる。
「佳奈、あったかい」
あかりの声がした。
生と死の狭間の、向こう岸に、もう渡ってしまったかのような、安らかな声だった。
私も負けじと、予定された死を、受け入れようと試みる。
静かだ。
この世に私たちしかいないみたい。
自然の中に溶け込んでいると、いままでの生活が、いままでの人生が、なんだか嘘みたいに思えた。
「ねえ、佳奈」
ここはもう、死後の世界なんじゃないかってくらい、穏やかな調子であかりが語りかけてくる。
「佳奈はどうしてあの日、私にこの世界は『嘘だらけの偽物の世界』だって言ったの?」
私は、走馬灯を見ている気持ちになって言う。
「あの日、私の信じていた世界は嘘だったと知ったから」
「おばあちゃんのせいで?」
「よくわかるね」
「おばあちゃんのこと、絶対に許さないって言ってたから」
なんだかとても、安らかな気持ちだ。
「佳奈は、私に嘘つかないよね?」
『嘘つき!』
そう叫んでいた、あかりの姿を思い出す。
「ごめん、あかり」
私の胸の中で、あかりが顔をあげたのがわかった。
「私、あの日、あかりにひとつだけ嘘をついた」
抱き合って、見つめ合いながら、私はあの日のことを話しはじめた。




