表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第一章 流刑者たち
19/28

第19話 4月 山岳調査 kana

  佳奈 kana


「本格的な調査は、ゴールデンウィークにでもやろうよ」


 放課後、あかりと話しながら、山へと向かう。


「門限まで2時間くらいだね」

「発電所があるっていう話だから、今日はその周辺を探索してみようか」


 電動バスが通る、学園へと続く坂道。

 描きかけの地図によれば、その道の終点に発電所がある。

 そこまでは、たまに見かける発電のための燃料を積んだ大型車両などが通る、舗装された道が続いていると考えていいのだろう。

 ほんとうの意味での山道は、その先にあるんだ。


 校舎を出て、坂道をのぼると、警備員さんのいるゲートに突き当たる。

 スマホで入山許可証を見せて、学籍番号と名前を伝えると、


「足元に注意するんだよ」


 と言って、警備員さんはあっさり通してくれた。


 私たちは顔を見合わせて、にやりと笑いあった。


 ◇


 舗装された坂道を進んでいくと、あっという間に発電所に到着した。


 大きな四角い建物が、金網のフェンスで囲まれている。

 フェンスに貼られた看板は、風雨にさらされ、薄汚れていて、かろうじて「関係者以外立入禁止」と読める。

 昭和って書いてあるのはわかるけれど、何年と書いてあるのかは、もはや読み取れない。


 静かで人の気配はなかった。


「子どもは立入禁止だよ」


 知りませんでした面で、入口からしれっと中へ入ろうとしたら、守衛さんが出てきて止められた。


「あ、すいません」


 心の中で舌打ちしながら、ぺこっとお辞儀をして敷地の外へ出る。


「あんた、悪ガキにもほどがあるでしょ。こっぴどく叱られるかと思った」


 あかりが言うので、私は、ふふっと笑ってみせる。


「ここは、立入禁止っと」


 いらないだろうけど、試しにとスマホのカメラで写真を撮っておく。


「施設の外からじゃ、あんまりいい写真にならないや」


 きっと、完成した地図上では、赤い斜線のエリアになるんだろうな。


「ぐるっと一周してみようか」


 舗装されていない、獣道ですらない背の高い草でぼーぼーの地面を歩きはじめると、あかりが嫌そうな顔をしてこっちを見てきた。


「虫とかいそう」


 あかりは文句を言いながら、おそるおそる歩きはじめる。


「いるに決まってるでしょ。山なんだから」


 あかりが好きな山登りって、きっと整備されたハイキングコースみたいなのを言うんだろうなあ。


「これが自然だよ、あかり」


 あかりがふふっと笑う。


「昔は島の子どもたちが、よく遊んだりしてたらしいよ。中学のとき、島のことをネットで検索したら、公式サイトに古い白黒写真があって、子どもたちが山のてっぺんで遊んでた」

「公式サイトってなによ。自治体のサイトってこと?」

「え、知らん」


 私たちは、雑草を踏みつけながら、錆だらけの金網に沿って歩く。

 学園が誘致されるより、ずっと昔からあるこの施設は、どこを見ても薄汚れて錆びついていて、木々が太陽の光を覆い隠すと、なんだか廃墟みたいで、ホラーテイストだった。


 入口のちょうど裏側付近まで回ってくると、金網が破れているところがあった。


「昔、この島にいた子どもたちのいたずらかな?」


 錆びついた様子から、ずいぶんと昔からこの状態なんだとわかる。

 シャッター音がして振り返ると、あかりがカメラでその穴を撮影していた。


「え、嘘でしょ」


 私は、その穴をくぐり抜ける。


「先端は鋭利だから、あかりも気をつけて」

「見つかったら、佳奈のせいだからね」


 あかりも渋々といった様子で、発電所に忍び込んできた。

 スカートの裾が引っ掛かっていたので、そっと解いてやる。

 それを見て、あかりがにこっと笑う。


 まじまじ見ると、ほんとかわいい顔してるなこいつって、私は思わされた。


 ◇


 建物に近寄ると、職員に見つかってしまうからと、金網の近くを歩いて施設内を偵察してみる。


「入っちゃいけないところを歩くのって、それだけでわくわくするよねえ」


 私が言うまでもなく、あかりもにやにやしていた。


「なんだろう、これ」


 不思議そうに言うので、私は適当に応じる。


「火気厳禁って書いてあるから、燃料タンクかなあ」


 田舎でも、こんなようなものを見たことある気がした。


「裏口があったんだ」


 フェンスの一部が、開閉する扉になっていた。

 人がひとり通れるくらいの小さな扉だ。


「鍵かかってないや」


 扉を開け閉めしながら私が言うと、


「あんなとこ、通る必要なかったじゃん」


 と言って、あかりがじっとりとした目で睨んできた。


「冒険にはね、こういう無駄がつきものなんだよ」


 わかってないなあと、私が応じると、あかりは楽しそうに、きゃははって笑った。


 電力会社の人に見つかったら、学園から入山禁止令が出されかねないと、私はそこで急に冷静になって、裏口から外に出ることにした。

 あかりが振り返って、裏口の写真を撮っている。


「発電所の調査はこんなもんかなあ」


 今日は門限までそんなに時間もないし、このあたりをふらっと散歩でもしようと歩き出すと、ぼろぼろの立て看板が目に入った。


『この先、危険』


 長年、厳しい自然環境にさらされてきたせいか、帽子を被った子どものイラストは薄汚れて、黒い涙を流しているようにも見える。


「肝試ししてるみたい」


 調査結果として、スマホで撮影しておく。


「え、危険だよ?」


 無慈悲に先へ進もうとすると、あかりに呼び止められた。


「そう言われて、行きたくならないやつ、いないよね?」


 あかりが呆れたように、ふっと笑う。


 私たちは、草木もまばらな道なき道を歩きはじめた。


 ◇


 足元があんまりよくないから、あかりがきちんと歩けているか、怪しみながら進む。


 虫がいないか気にしているのか、足元の石を避けようとしているのか、おぼつかない足取りに見えてきたので、手を引いてやる。

 安心したのか、ふふっと笑って身を寄せてきたので、そのまま手を引いて歩く。


 しばらく歩くと、木々がまばらになってきて、急に開けた場所に出た。


「危険ってそういうことかあ」


 私たちは、切り立った崖の上に立っていた。

 あかりの手を離して、私はそうっと崖の先端に近寄ってみる。


「危ないよ、佳奈」

「ん。だいじょぶ。待ってて」


 心配そうなあかりにそう言って、私はスマホのカメラを動画モードにして構えながら進む。

 崖の先端に立ち、下を見たら、思わず、ふらっとめまいがした。

 高所恐怖症ではないけれど、それでも直視し続けるのは難しかった。

 女子寮の6Fから下を眺めるより、ずっと高く感じられる。

 こんなところから落ちたら、万が一にも助からないって、動物的本能でわかる。


「撮れた」


 そう言って、戻ろうと振り返ったら、目の前にあかりがいて、私は驚いて声をあげた。

 その声に驚いたあかりが、ふらっとよろめいたように見えたのは、あるいは私の目の錯覚かなにかだったのかもしれない。


「危ない!」


 そう声に出したかどうか、もはやそれさえわからないけれど、とにかく私はそう思って、あかりに飛びついた。


 どーんとふたりで地面に倒れ込むと、地面が揺れる感覚がして、ばりばりって音を立てながら、崖の一部が崩れて落っこちていった。


 誰も足を踏み入れることなく、長年、風雨にさらされていて、脆くなった地面が、私たちが倒れ込んだ衝撃で崩れたんだ。


 死ぬ、じゃなくて、死んだって思わされた。

 とっさに、この子だけでも守らなきゃって、あかりの頭を胸に抱えてぎゅうって抱きしめる。


 ばーんって大きな爆発音のような音がして、背筋が寒くなった。

 崩れた地面が、その下の地面にぶつかって、砕けた音だ。

 それが人間の身体だったらと思うと、鳥肌が立って、意識が遠のいた。


 下手に動いたら、いま私たちが横たわっている地面まで崩れてしまいそうで、私はそのまま動けなくなった。


 このまま、ふたりで死ぬんだと思った。


 私の胸に顔を埋めたままのあかりが、私の背中に両腕を回して、抱きついてくる。

 あかりも同じことを考えているんだって、そう思った。


 死を覚悟して、私もあかりを強く抱きしめる。


「佳奈、あったかい」


 あかりの声がした。


 生と死の狭間の、向こう岸に、もう渡ってしまったかのような、安らかな声だった。

 私も負けじと、予定された死を、受け入れようと試みる。


 静かだ。

 この世に私たちしかいないみたい。


 自然の中に溶け込んでいると、いままでの生活が、いままでの人生が、なんだか嘘みたいに思えた。


「ねえ、佳奈」


 ここはもう、死後の世界なんじゃないかってくらい、穏やかな調子であかりが語りかけてくる。


「佳奈はどうしてあの日、私にこの世界は『嘘だらけの偽物の世界』だって言ったの?」


 私は、走馬灯を見ている気持ちになって言う。


「あの日、私の信じていた世界は嘘だったと知ったから」

「おばあちゃんのせいで?」

「よくわかるね」

「おばあちゃんのこと、絶対に許さないって言ってたから」


 なんだかとても、安らかな気持ちだ。


「佳奈は、私に嘘つかないよね?」


『嘘つき!』


 そう叫んでいた、あかりの姿を思い出す。


「ごめん、あかり」


 私の胸の中で、あかりが顔をあげたのがわかった。


「私、あの日、あかりにひとつだけ嘘をついた」


 抱き合って、見つめ合いながら、私はあの日のことを話しはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ