第18話 4月 山岳調査部2 kana
佳奈 kana
女子寮の廊下を歩いていると、あかりの部屋の前に、段ボール箱が積まれているのが見えた。
それを見て、あかりが口を開く。
「おばあちゃんだ」
自分の部屋を素通りして、あかりの部屋の前に進んでいく。
「手伝ってあげるよ」
私が言うと、あかりがスマホをかざして、部屋のドアを開けた。
ふたりの鞄でドアを固定して、力を合わせて段ボール箱を部屋に運ぶ。
部屋の真ん中に段ボール箱を下ろすと、私は周囲を見回した。
あの日、旅行鞄に詰めていたものが荷物のすべてだったみたいだし、あかりの部屋は入寮式の日に見た独房状態のままで、物が全然なかった。
「これで部屋らしくなっていくのかな」
「人の部屋、あんまり見ないでよ」
「え、別にいいじゃん」
しゃがんで段ボール箱を開封しているあかりを、ベッドに腰かけて見守る。
「あかりは部活どうするの?」
「え、佳奈といっしょだけど」
「山岳調査部? なんで?」
部長に負けず劣らず、めちゃくちゃテンション低かったけどなあ。
あかりは、いったい、あの部活のどこに魅力を感じていたんだ。
「好きだから」
箱を開けながら、あかりが言う。
「どこが?」
もしかして、あの部長だったり。
テンションがローなところは、波長が合いそう。
「ん。山登り」
「あ、そっち?」
あかりは、ふふって笑いながら、箱の中を覗いている。
「うわ」
なにかを見つけて、あかりが渋い顔をした。
「なに?」
おもしろそうだから、近寄って覗いてみると、ノートとか封筒とか文房具が乱雑に詰め込まれていた。
「机の引き出しに入れていたものを、片っ端から詰めてきたみたい。こんなの送らなくていいのに。おばあちゃん、私の部屋、空っぽにするつもりだわ」
「なにが必要なのかわからないから、とりあえず、全部送ったって感じだね」
私が笑うと、あかりは苦い顔のまま、文房具の入った段ボール箱を机の下にすべらせた。
「見なかったことにしようとしてるな」
ははっと笑って、あかりは別の段ボール箱を開ける。
私は自分の部屋に帰ることにした。
「部活入ったらさ、ふたりであの山、探検しようよ」
「遭難しないようにしなきゃ」
「そんな険しい山じゃないから。危ない野生動物とかも、いないみたいだし」
そうは言っても、あかり、鈍くさいし体力ないから、ちゃんと見ててあげないと、また怪我するかもなあ。
フェリー乗り場の前で、びたーんって倒れて地面にキスしてるあかりの姿を思い出すと、笑いがこみあげてくる。
にやにやしていると、あかりが声をあげた。
「お、見つけた」
「なにそれ?」
紐でつながった小さな装置を取りだしていた。
「音楽聴くやつ。お母さんからもらった」
紐かと思ったのは、イヤホンだったみたいだ。
「え、聴いてみたい」
興味本位で言ってみた。
あかりは慣れた手つきで装置を動かすと、
「充電ないわ」
と言って笑った。
「なあんだ」
私も笑って、部屋に帰ることにした。
◇
部屋に戻ると、ドアポストに手紙が入っていることに気がついた。
おばあちゃんからだった。
私がいつ死んでも、佳奈が困らないように、終活というものをして、家の中を整理する毎日です。
そんな近況が綴られていた。
おばあちゃんの手紙は、ゴールデンウィークに帰省するなら、フェリー乗り場まで迎えに行くから連絡してくださいという言葉で締めくくられていた。
私はまだ、おばあちゃんのことを許していないし、ゴールデンウィークにはやりたいことがある。
帰らないよって短くそう伝えようかとも考えたけれど、おばあちゃんの電話番号を暗記していないことに気がついて、私はそこで頭を抱えた。
これに返事をするには、実家に手紙を送らないといけない。
面倒なので、手紙は見なかったことにした。
◇
その日の夜。
ベッドの上に横になっていると、開け放した窓の外から、誰かの声が聴こえた気がした。
気のせいかなって思ったけれど、好奇心を刺激された私は、はじめて部屋からベランダに出てみた。
洗濯物は乾燥機で乾いてしまうし、ベランダに出る機会なんてないのかなって思っていた。
非常時はここを破って隣に避難せよと書かれた壁で、両隣の部屋のベランダと仕切られている。
当たり前だけど、景色は部屋から見るのとそんなに変わらない。
私の部屋は、町のほうを向いていないから、手前に深い緑、奥に真っ黒な夜の海って感じで昼間はともかく、夜はなんの面白みもなかった。
風が木々を揺らす音だけが聴こえる。
気のせいかなって思って、部屋に戻ろうとしたとき、あかりの声がした。
ベランダの柵から身を乗り出して、あかりの部屋を覗くと、窓が開いていた。
カーテンが揺れているのが見える。
柵を乗り越えれば、簡単にあかりの部屋のベランダに入れそうだった。
泥棒じゃないんだから、そんなことしないけれども。
声の正体は、あかりの歌声だったみたいだ。
部屋に戻った私は、ベッドを窓際に移動させようと試みる。
重たいけれど、動きそうだ。
そうだと閃いて、ベッド下の収納をいったん外したら、簡単に動かせた。
満足した私は、窓際に寄せたベッドに潜り込む。
ここなら、かすかにだけど、あかりの歌声が聴こえそうだ。
美しい歌声に包まれながら、私は心地よく眠りについた。
◇
週が明けて、入部初日。
私はわくわくしながら、放課後を待った。
なんなら、先週末からわくわくしっぱなしだった。
あの山を探検したいと、初日からずっと思っていたからだ。
週末、あかりとふたりで町を散策しているときも、ずっと山の話ばっかりしていたら、「なにがそんなにいいの?」って軽く引かれたほどだ。
山登り好きだって自分で言ったくせに、あいつは反抗期だから、すぐ逆張りして斜に構えようとする。
放課後、気だるそうに帰り支度をしているあかりの手を引っ張って、私は部室へと急ぐ。
部室に着くと、もう部長がいた。
「こんにちは。今日からよろしくお願いします」
私は元気よく挨拶してみせる。
「うん」
うんじゃないんだよと、テンションの低い部長を見て思う。
パソコンの電源は落とされていた。
ここでなにをしていたんですかって訊ねようとしたら、先に部長が口を開いた。
「揃ったから、山に入る申請のやり方を教えるよ」
「新入部員は、私たちだけなんですか?」
あかりが訊ねると、
「うん」
と、部長はまたローで答えた。
山岳調査部って、人気ないんだ。
この部長からは、部員がたくさん増えてほしいっていう希望とか、願望とか、意欲とか、情熱とか、そういったものが、微塵も感じられないから、それがいけないんじゃないだろうか。
燃えカス、みたいな感じだもん、この人。
燃えカスに促されて席に着くと、彼はスマホを取りだして、説明をはじめた。
どうやら、山岳調査部のための特別なIDが配られていて、学園アプリの申請機能から入山申請を選んで必要事項を入力するだけみたいだった。
申請を終えると、自動返信のような形で入山許可証が配信されるから、その画面を開いて、警備員さんに学籍番号と名前を伝えれば、通してもらえるらしい。
「部として申請になるから、どっちかひとりがやればいいよ」
「簡単ですね」
私が言うと、あかりが身を乗り出して言う。
「自動返信って言いましたけど、先生とかってちゃんとそれを管理しているんですか?」
あかりは、学校という組織の「茶番」に敏感だ。
なんたって、反抗期だから、いつも権力への正当な反抗ができるシチュエーションを探している。
先生に面と向かって、「警察にいいます」とか言い出すんだから。
「問題があったときとか、予定の時間に帰らないときとかに調べる用かなあ」
部長が首を傾げながら応じると、あかりは納得したように、ふぅんと言って引き下がった。
それから部長は、ウェブサイトの画面を印刷したらしい紙の束を手渡してくる。
「これに調査結果を書き込んでくれたら、更新は僕のほうでやるから」
「いいんですか?」
「うん」
正直、ウェブサイトの更新とかは興味がなかった。
完成した島の詳細地図は、ぜひ見てみたいけれども。
あんまりそういう事務作業は好きじゃないし、得意でもないんだ。
私は、とにかく島の自然環境を歩き回りたいだけだから。
その結果、島の地図が出来上がるなんて、わくわくする。
「写真も忘れないでね。加工したりとか、サイトにアップするものはこっちで選ぶにしても、素材がないと話にならないから。あとで撮りに行くのも大変だし」
「わかりました」
私は部長から受け取った紙をめくって、眺めながら応じる。
山の地図を描くための、白紙の地図って感じだった。
途中で投げ出されているためか、中途半端に途切れた山道がいくつか描かれている。
「このあと、早速、山へ行ってみます」
私が言うと、部長は傾げていた首を反対側にひねってみせる。
「やってみたらわかるけど、申請は前日18時が締め切りだから、今日は無理だよ」
「え」
「当日いきなりってのは無理なんだよ」
「計画性もなく、衝動的に山へ向かおうとするやつは危ないやつって、そういう話ですか?」
「うん。いや、知らないけど。発電所の管理事務所と、学園システムの連携に時間がかかるのかも。学園と電力会社は別の組織だし」
ぐうの音もでない理屈だった。
私は、出鼻をくじかれて、全身の力が抜けた。
やる気というやる気が、失われていくのがわかる。
「じゃあ、僕はこれで」
そう言って、部長は部室を出ていこうとした。
どうやら、私たちにこれを説明するためだけに、部室にやってきたみたいだった。
それじゃ、まるで帰宅部じゃないと、私は部長に抗議したくなる。
部長のこと、こっそり調べたら、一般コースの生徒だったから、この人はきっと勤勉なタイプじゃないんだ。
どうせサボりなんでしょって、私はそう決めつけようとしていた。
「部長はこのあと、どうするんですか?」
「ん? 町のほうの調査だけど」
振り返った部長の眼鏡の奥が、わずかに燃えている気がした。
「僕は町の担当だって、君が決めたことだよね?」
燃えカスでも、まだ燃えてるんだよ。
そう言わんばかりの、凄まじい説得力を感じた。
あまりの圧に、椅子から転げ落ちそうになる。
「は、はい。や、やまはまかせてください」
「うん」
震える私にそう言い残して、部長は調査に出かけていった。




