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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第一章 流刑者たち
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第17話 4月 山岳調査部1 kana

  佳奈 kana


 学園の生徒は、なんらかの部活に所属しなければならない。


 入部届の提出期限が、今週末に迫っていた。


 今日までに、あかりとふたりで、運動部はひと通り見学させてもらった。

 どこもあんまり興味を惹かれなかった。


「団体競技は、おばあちゃんにも向いてないって言われていたし、自分でもその自覚あるんだよねえ」

「わかるわあ。あんたって、空気読めないから」

「そういうあかりは、協調性がないよね。挨拶もできないくらいだし」

「できないんじゃなくて、媚びてるみたいで嫌なだけだし」

「それ、治療法って確立されてないの?」

「人を患者扱いするな」


 ふたり仲良く罵り合いながら、廊下を歩く。


「高校では陸上やらないの? 走るの好きなんでしょ?」

「校庭とか、競技場とかを走るの、好きじゃないって気がついたんだよねえ」

「なんか言いたいことわかるわ」

「あかりは合唱部入らないの? 見学くらいはしてみたら?」


 この学園にも、合唱部はある。


「あかり、きれいな歌声してたから、エースになれるかもよ」

「合唱部のエースってなによ」


 そう言いながら、あかりはまんざらでもない顔をしている。

 それからまじめな顔に戻って言う。


「顧問と喧嘩になるから入らない」

「それさ、顧問のせいみたいに言ってるけど、あんたのさじ加減でどうにでもなる話だよね?」


 あかりは悪びれもしない調子で、ははって笑った。


「佳奈も入ってくれるなら入るわ」

「道連れにしようとするのやめて」


 またふたりでお説教だと思い出したら、笑ってしまった。

 そんなことを話していると、目的の部室にたどり着いた。


「こんにちは」


 四角い空間に、たったひとり。

 背中を向けてパソコンに向かっている男子がいた。


「あ、見学にきました」


 振り返った眼鏡の男の子に、「なに?」って顔をされたので、用件を伝える。

 彼は、なおも私たちの姿を不思議そうに見てくるので、私は訊ねた。


「ここって、山岳調査部ですよね?」


 私の声に、男の子は急にはっとした表情になって立ちあがる。


「うん。ようこそ、山岳調査部へ」


 男の子は、原稿を棒読みするみたいにそう言って、私たちを歓迎してくれた。


 どうやら、急に新入生がやってきて、緊張しているみたいだった。


 ◇


 眼鏡の男の子は三年生で、この山岳調査部の部長だと名乗った。


 女子が見学に訪れることは珍しく、それで固まってしまったと言い訳していた。


「ネットに公開しているこの島の地図を編集していたんだよ」

「これ、部長ひとりで作ったなんて、すごいですね」


 どっかで見たようなデザインだけど、高校生が作ったにしては洗練された、モダンなウェブサイトだなって思った。


「僕が作ったのはコンテンツだけで、ガワを作ったのはAIだけどね」

「謙遜しますねえ、部長」


 部長は、なんだこいつって顔で私を見てくる。


「このパソコン、ネットつながるんですね」

「うん。一年生の頃は、学園の外にいても個人端末からネットにアクセスできたから、外を歩き回りながら編集とか、できたんだけどねえ」

「え、そうだったんですか?」

「段階的に制限がかかるようになっていって、去年の冬から完全にだめになったんだよ。学園について、あることないこと書き込んだりする輩が、後を絶たないとかで」


 中学の頃、この学園についてネットでたくさん調べたけれど、やたら書き込みの治安が悪かったことを思い出す。


「なるほど」


 私は納得した。


「それまではみんなで島を歩いて共同編集していたんだけど、個人端末から編集できなくなったら、リアルタイム性を失って、みんな飽きちゃったのか、いまでは僕しか編集する人いなくなっちゃったんだよね」

「それは残念ですね」

「うん」


 部長の背中が、やけに小さく見えた。


「これもね、たぶん、完成しないまま卒業することになるんだと思う」


 部長がマウスをスクロールしながら言う。


 きっと、卒業までにみんなで島の地図を完成させようって、盛り上がった時代があったんだろうな。

 祭りのあとっていうか、そんな情熱の残滓だけを、部長の言葉から感じた。


「どこまで出来上がっているんですか?」

「それは完成してみないとわからないんだけど、町のほうはだいたい歩き尽くしたんじゃないかなあ」

「山のほうは手つかずなんですか?」

「あんまりって感じかな」

「地図、見せてもらってもいいですか?」

「うん」


 部長が立ちあがって、席を譲ってくれた。


「あかりもいっしょに見ようよ」


 興味あるんだかないんだかって感じで、黙って立っているあかりに声をかける。

 椅子をもうひとつ持ってきて、あかりに部長のいた席を譲ってやった。

 ふたりで座って、作りかけの地図を眺めてみる。


「ところどころある、この赤い斜線のエリアって、なんなんですか?」

「ああ、これね、私有地だから無断で入るなって意味。僕も知らずに入って怒られたことある」

「立入禁止ってことですね」

「うん。本土と違って、この島の土地って境界線がわかりにくいんだよねえ。学園の用地取得に関しても、決まってから後になって、いろいろ揉めたらしいよ」


 直人先生が言ってた、「初年度いろいろあった」のいろいろって、この部活のせいも、だいぶあるんじゃないの。


「確かに町のほうは、結構完成してるっぽい雰囲気ありますね」

「だいたい完成したかなって思ったところからが、長いんだけどねえ」


 部長が遠い目をしながら言う。

 もはや、この地図が卒業までに完成するとは、到底思っていない顔だ。


「山のほうは途中で投げ出した形跡がありますね」


 私が言うと、部長はなにかを思い出すように、ああっと声をあげた。


「最初だけ威勢がよかったやつがいてね。すぐ飽きてやめちゃったよ」

「この前、この子とふたりで山に登ってみようとしたんですけど、学園の敷地から山頂のほうへ向かう道には警備員の人がいて、登らせてくれなかったんです」


 私があかりの肩に手を載せながら言うと、部長は、ああっと声をあげて応じた。


「危ないから、許可のない人間の立入を禁止しているんだよ」

「それって、部長たちのせいですか?」


 私は、抗議の視線を送る。

 部長は、ゆっくりと首を横に振って否定した。


「僕らが入学したときからそうだから。あの上には発電所もあるし、ところどころ危険な場所もあるからね。あの警備員さんは、学園の人じゃなくて、発電所の職員なんだ」


 私はマウスを握り、モニターに映っている、作りかけの地図を拡大してみる。

 学園より上にあるこの施設のマークは発電所を現していたのか。

 その周辺に、中途半端に途切れ途切れの山道が描かれていた。

 これを描いた誰かが、途中でそれを投げ出したみたいだった。


「もしかして、ここの部員になれば、あの山を登れるんですか?」


 私は部長の顔を見上げた。

 興奮して、返事を待てない気持ちになってくる。

 部長は真顔のまま、うんって返事をして言う。


「部を通して、学園に申請がいるけどね」


 私はうれしくて、思わず立ちあがる。


「私、ここに入部します」

「え、ほんとに?」


 部長とあかりが同時にそう言った。


「部長は、町をお願いします。山は私に任せてください。こう見えても私、山育ちなので」


 私は胸を張って、そう宣言した。


 これで、部長の夢が叶いますよって、そういうエールを込めたつもりだった。


「うん」


 部長は元気のない声で応じた。

 歓声が鳴り止まない予定でいた私は、膝から崩れ落ちそうになった。


 テンション低いなこいつって思った。


 遅れて立ちあがったあかりも、いつもの澄まし顔をしていた。

 揃いも揃って、なんなんだこいつらは。

 これじゃ、私だけがはしゃいでいるみたいじゃないか。

 なにが「こう見えても私、山育ちなので」だよ。


 ああ、恥ずかしい。


 私は、逃げるように部室をあとにした。

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