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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第一章 流刑者たち
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第16話 4月 女子更衣室 kana

  佳奈 kana


「おはよう」


 窓際のいちばん後ろにある、自分の席に鞄を置きながら、私は隣の席に座っている志乃ちゃんに声をかけた。

 志乃ちゃんは、背筋をぴーんと伸ばした姿勢のまま、にこっと笑って、


「ごきげんよう」


 と、いつもの挨拶を返してくる。


「んふ」


 私は笑いをこらえる。

 志乃ちゃんはまじめに挨拶しているだけなんだから、笑ってはいけないのだ。

 入学から一週間も経過しているというのに、志乃ちゃんのお嬢様っぷりは、まだ味がするなあ。


 ふたりでいっしょに登校してきたあかりは、いつものように、クラスメイトに挨拶もくれずに、黙って自分の席に座っている。


 あかりは学校というものが嫌いらしい。


 女子寮から学校の敷地に足を踏み入れた瞬間、すんって澄まし顔になる。

 その顔で一日を過ごす。

 あかりにとって、学校にいる時間というのは、耐える時間なんだ。


 昨日の晩御飯のとき、はじめてそれってどうしてなんだって訊いてみた。


「いままでだって、そうしてたから」


 そんな答えが返ってきて、こいつってほんとに反抗期こじらせてるなって思った。

 たぶん、そうしないと、いままでやってきたことが無駄になると思って、意地を張っているんだ。


 東京という場所が、舐められたら痴漢される、地獄みたいな地域だっただけで、この島ではそんな態度でいる必要はないって、早く気づいてほしい。


 あかりって、ふたりっきりだと、案外おちゃめでかわいいやつだから、素直になればいいのにって、私は思っている。


 ◇


 体育の授業は、みんなが女クラと呼んでいる、女子しかいない特進クラスと合同で行われる。


 私たちA組の女子12人は、C組の女子24人と合同だ。

 2チームに分ける必要があるときは、C組の出席番号6番までの子をA組チームに編入して、18人ずつに分かれて行う。


 今日は体育館で、器械体操をやるといって、2チームに分けられた。

 体育倉庫から、マットやら、跳び箱やらをチームごとに分かれて運び、授業の準備をする。


 それから、いつものように、準備運動とペアでやるストレッチがはじまる。

 ふたりひと組でペアになるときは、出席番号順で組むから、6番の私は5番のあかりとペアになる。


 あかりは、身体がめちゃくちゃ硬い。

 運動神経もなければ、柔軟性もないのだ。

 一年かけてほぐしてやったら、人はどこまでやわらかくなれるのかって思いながら、あかりのストレッチを手伝ってやる。


「なに見てたの?」


 交代しようとしたら、あかりが疑いの目を向けてきた。

 私は、きれいだなって、C組の遥香を見ていたのだ。

 あかりに負けず劣らず、身体は硬そうに見えたけど、それでもやっぱり、なにをやってても、絵になる女の子だ。


 あの子は出席番号が後ろのほうだから、同じチームにはなれない。

 もっとお近づきになれる競技が開催されれば、偶然を装って話しかけたり、身体的な接触を試みられるんだけど。


「ぼーっとしてただけだよ」


 あかりは私がよそ見をすると、機嫌を損ねる。

 ほかの子と口を利くなと言われたこともあるけれど、そんなのまじめに従ったら生きていけないし、軽い冗談と思って受け流してはいる。

 そうは言っても、素直に遥香を見てたって言ったら、怒られそうな雰囲気は感じるから、それは言わないでおく。


「嘘つき」


 あかりが背中を押す力を強めると、私はぺたっと地面にくっついてみせた。


「え、すご」


 さすがのあかりも驚いて、怒りを忘れた様子だった。


 ◇


「今日は授業が体育館だったからよかったけどさ、わざわざ体育館の女子更衣室まで行って着替えないといけないのって、面倒だよねえ」


 体育館は、1年の教室からは絶妙に遠い。


 更衣室なら女子しかいないから、教室で男子の目を気にして、マジックショーみたいに隠しながら着替える必要がないのは楽だけれども。

 色とりどりの下着に身を包んだ女子たちに囲まれながら、そんなことを思いつつ、私はあかりに声をかけた。


 あかりは私を無視して、ここでもマジックショーをやっていた。

 あかりって、恥ずかしがり屋なのかな。

 はじめて会った日も、私にパンツ見られるの恥ずかしいとか言ってごねてたし。


「去年、1年の教室で盗撮騒動があったからだって、先輩から聞きましたわ」


 隣で着替えている、下着姿の志乃ちゃんが教えてくれた。

 あかりが答えないから、自分が話しかけられていると思ったみたいだ。


「え、そうなの? やばいね、この学校。変態学園じゃん」


 私が言うと、周囲の女子たちがいっせいに笑った。


「ニュースにもなってたらしいよ。全国区じゃなくて、地方版だけど。一時期、男子の間で動画が出回ってたとか。結局、犯人捕まってないらしい」


 話を聞いていた、C組の女の子が教えてくれた。


「この学園を卒業した生徒ってひとりもいないから、まだ犯人この学校にいるってことじゃん」

「被害にあったクラスまでは特定されてるから、犯人はそのクラスにいた12人の男子のうちの誰かだろうってとこまでは、先生たちもわかっていると思うけどね」


 C組の子たちが、推理をはじめる。


 一般コースの男子ってって誰かが言おうとして、口をつぐんだのがわかった。

 一般コースの女子の前では、言えないようなことを言おうとしたな。

 同じことを思ったのか、ワイシャツのボタンを留めている志乃ちゃんと目が合った。


 目を丸くしていた志乃ちゃんは、視線を落とすと、ふふっと笑った。

 私も視線を落とすと、おばあちゃんが買ってきた、あかりにダサいと言われたおっきな紺色のパンツが目に入る。

 これがおかしかったのか、それとも上下の色が合ってなくて、チグハグなところがおかしかったのか、どっちなんだ。


「見ないでよ、えっち」


 スカートをはきながら、小さい声で志乃ちゃんに抗議すると、


「かわいらしいですわね」


 と、なぜか褒められて、逆に恥ずかしくなった。


 着替え終わって、外に出ようとしたとき、人だかりの中に遥香の姿を見つけた。

 上半身だけ着替え終わっていて、ワイシャツの裾から長い脚が露出している。

 その姿があまりに美しくて、私は思わず足を止めた。

 止まってしまったと表現したほうが、より正確かもしれない。


 いま、この瞬間の遥香をスマホのカメラに収めたい衝動に駆られてしまう。

 だって、こんなの、何時間だって見ていたいよ。

 いっぱい運動をして、からだが温まったせいか、遥香はほんのり赤い顔をしていて、それがまたいっそう衝動を駆り立ててくる。


 無意識にスマホを取りだそうとポケットに突っ込んだ手を、誰かにぐいっと引っ張られた。


 逮捕される。


「まだやってません」


 弁明する私の目の前に、あかりの澄まし顔があった。


「なに言ってんの? 早く行くよ」


 犯人候補とされる12人の男子。


 その中に、私も加えてくださいと言いたい気持ちだった。


 私は犯人に、深い共感を覚えていた。

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