第14話 4月 高校生活のはじまり2 akari
あかり akari
職員室に着くと、奥の小部屋に案内された。
用があるのは佳奈のほうなのだろうけど、私も入室を断られることなく、普通に通された。
応接間のような部屋で、いかにも説教がはじまりそうな空気を感じる。
佳奈は口を半開きにした、緊張感のない面持ちで席についた。
なにも言わずに、私はその隣に腰かける。
正面に座った直人先生が、話をはじめた。
「学園に島の住民から苦情がきていて」
そう切り出した瞬間、用件はわかった。
案の定、直人先生は、昨日のフェリー乗り場での出来事について話した。
どうやら、学園の生徒にいたずらをされて、転んで怪我をしたという話らしい。
佳奈の顔は青ざめていた。
ユートピアから、早速、追放される想像をしているってわけだ。
「入寮式に遅刻したふたり組の女子生徒で、そのうち髪が短いほうっていうと、佳奈さんのことだよね?」
直人先生は、犯人はわかっているぞという調子で迫ってくる。
「ごめんなさい」
佳奈はあっさりと自供を開始した。
それから、説教というほどでもない厳重注意がはじまった。
私が入室を許されたのは、共犯者の可能性があるからだったんだ。
おまえも聞いておけという感じで、直人先生は、ちらちらと私のほうを見ながら佳奈に言って聞かせる。
学園は過疎化と産業の空洞化にあえぐこの島の振興、言い換えれば復興を目的とした国家事業で建設されたもので、地域との融和を第一に目指している。
ところが、学園と島民との関係は、初年度から難しいことがいろいろあって、ピリピリしている。
そんな状況で、島の人と揉めごとを起こされては困る。
入学前だし、まだなにも知らなかっただろうから、今回はお咎めなしになるけれども、今後は島の人には親切に振る舞うように気をつけなさいと、直人先生は言う。
このまま、処罰を免れて、帰れる流れではあった。
その空気を感じていたはずなのに、佳奈がしょんぼりした顔で、なんども「ごめんなさい」とか言うもんだから、私は、むかむかしてしまった。
なんで、この子がそんなに怒られないといけないんだ。
私は我慢の限界に達して、ふたりの会話に割り込んだ。
「直人先生は誤解しています。佳奈は、ただやり返しただけなんです」
私は立ちあがって、スカートを少し持ち上げると、隠していた膝の傷を見せてやった。
「先に怪我をさせられたのは私です。あの人は佳奈のいたずらで腰を抜かしていたけれど、怪我をするほどではなかったはずです」
先生は「それでも」と言って、あのおじさんの肩を持とうとしたので、私はそれを遮って続けた。
「信じてくれないなら、傷害罪で警察に行って、私が佳奈の無実を訴えます。フェリー乗り場の入口付近だったので、防犯カメラでもあれば、被害を証明できると思います。説教はいいから、警察署の場所を教えてください」
直人先生は苦い顔をしながら、「事情はわかったから」と言って、もう帰っていいと私たちを解放してくれた。
職員室を出ると、さっきまでしょんぼりしていた佳奈が、悪ガキみたいに、へへって笑った。
現金なやつだと笑っていると、佳奈も私の顔を見て、にやっと笑った。
「かっこいいね、あかり」
私は笑ってしまいそうになるのを、なんとかこらえる。
それを見て、佳奈は半笑いで言う。
「警察にいいます」
下手くそなものまねに舌打ちしながら、私も思い出して笑ってしまった。
◇
女子寮に帰ると、佳奈に誘われ、ふたりで食堂へ向かった。
「匂いでメニューわかっちゃうね」
「週の半分くらいはカレーらしいよ」
「なにそれ、手抜きじゃない」
ふたりで話しながら、カレーを受け取って空いている席に向かい合って座る。
職員室に呼び出しをくらって出遅れたせいか、食堂は混雑していた。
食べながら、学長の顔に覇気がなかったとか、直人先生は芸能人の誰々に似ているとか、他愛もないおしゃべりをしていると、佳奈の視線が私ではなく、私の斜め後ろに注がれていることに気がついた。
人と話しているのによそ見をするなと、私は苛立ちながらその方向を振り向く。
明るい髪色をした、モデルみたいに背の高い女の子がいた。
あの子が目を引くのはわからないでもない。
だって、めちゃくちゃ目立つから。
彼女が私たちと同じ一年生だってことはわかっている。
女子たちに囲まれて、ちやほやされていた。
会話に耳を澄ましてみると、バスケとかバレーとか言ってるから、先輩からうちの部活に入らないかって誘われているのかな。
「あの子さ、特進コースの遥香っていうんだよ」
食べる手を止めて、佳奈が言う。
私は振り返って、睨みつけた。
佳奈は「む?」って顔をした。
「なんであんたが知ってんの?」
「え、学園アプリで見たから」
佳奈は、気まずそうに白状する。
「ちなみに305号室らしい」
「きもっ。ストーカーみたい」
私が言うと、佳奈はごまかすようにカレーを口に運んでいく。
私も食べながら、遥香のほうを振り返ってみる。
「だって、気になるじゃん。あんなきれいな子、生まれてはじめて見たし」
気になるかどうかはさておき、きれいってのは認める。
認めざるを得ない。
私や佳奈とは、住む世界が違うなってくらい、なんていうか、造形が違う。
佳奈ってああいう、背がおっきくて、おしゃれな女の子が好きなのかな。
ここに来てから、いままで佳奈が興味を示した女の子、みんなそうだ。
志乃って子も、背が高くておしゃれだし、内々では美代子とか呼んで、懐きはじめているあの先輩だって、背が高くておしゃれで、いろいろおっきい。
ふたりはきれい系っていうよりは、かわいい系って感じだから、きれいな子が好きってわけではなく、やっぱりおしゃれで背が高いのがいいのだろう。
その中でも、遥香はひと際、背が高く、おしゃれで人目を引く女だ。
この学園にいる、半分以上の男子より、背が高い。
私みたいな、自分に似て、小柄な女は好みじゃないってことなのかな。
「あんなののどこがいいの。だいたい、髪染めって校則違反じゃないわけ?」
振り返った私の顔を見て、佳奈がにやっと笑う。
「斜に構えるねえ。それまっすぐにすることってできない?」
ふざけるなと、テーブルの下の足を軽く蹴っ飛ばすと、佳奈が大げさに痛がりながら続ける。
「あのくらいなら校則違反ではないかも。この学園の校則ってさ、現代的っていうか、多様性に配慮しているっていうか、外見的なことには厳しくないんだよ。あ、ピアスとか入れ墨は身体傷つけるから、さすがにだめみたいだけどね」
今年度、はじめて卒業生が誕生するような、最近できたばっかりの学校だし、そういうものなのか。
佳奈が言うには、自然界にはいないような、原色そのままみたいな極端に不自然で派手な色じゃなければ、髪染め自体は校則違反ではないらしい。
「遥香くらい明るいのは似合わなそうだから遠慮したいけど、私も志乃ちゃんくらいの色にはしてみたいかなあ」
佳奈が遥香の隣に困惑した顔で座っている、志乃を見ながら言う。
クラスも住む階も違うのに、いっしょに食べているってことは、遥香と志乃って知り合いなのかな。
「あかりは?」
「不良みたいで嫌い。黒髪のほうがいい」
振り返って私が言うと、佳奈はふーんと共感していない反応をした。
「あかりは、黒髪が似合ってるもんね」
言ってる本人が好みじゃないって知っているものを、似合っていると言われても、うれしく思う人間なんているわけない。
こいつは、ほんとうに空気を読まない女だ。
「あとで声かけてみようかな、遥香に。どんな子か気になるし」
「だめ」
「え、なんで」
「なんでも」
佳奈は、私の友だちなんだから。
怪訝な顔をする佳奈に、私は自分の思いをはっきりと伝える。
「私がいるんだから、ほかの子と口を利かないで」
「えぇ」
佳奈は悲鳴のような声をあげる。
「あと、私と話してるときによそ見しないで」
そう付け加えると、佳奈は申し訳なさそうに目を伏せた。
「それは、ごめんなさい」
先生に怒られたときみたいに、佳奈は素直に謝ってくる。
私は満足して、佳奈に笑いかけてやる。
佳奈の顔は、少しも笑ってはいなかった。




