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絆の時間  作者: 送りバントがうますぎる猫
第一章 流刑者たち
12/32

第12話 4月 絆の時間(佳奈) kana

  佳奈 kana


 みよちゃん先輩のお部屋は、独房みたいじゃなくて、ちゃんと部屋だった。


 同じ構造なのに、物があるだけで印象がまったく違う。

 ところ狭しと彼女の私物であふれているし、女の子の部屋って感じがした。

 みよちゃん先輩の持ち物の色合いのせいかな。

 明るい色のものが多いから、どことなくほんわかしてて、女児っぽさを感じる。


 かわいいものが、好きなのかな。


「どうぞ」


 丸いちゃぶ台に、向かい合うように座布団がふたつ。

 簡単な自己紹介を終えると、そのひとつ、入口側のほうに座るよう促された。


 みよちゃん先輩は、机の横に据えられたピンク色の四角い箱の扉をあけてみせる。

 中からおっきなペットボトルのお茶が出てきて、冷蔵庫なんだってわかった。


 ペットボトルをちゃぶ台に置くと、みよちゃん先輩は冷蔵庫から、透明なグラスをふたつ取りだしてみせる。

 キンキンに冷えたグラスにお茶が注がれてゆく。

 なんか、生活というものを感じてくる。


「こんなおもてなしをいただけるなんて」


 私が言うと、みよちゃん先輩は、お茶の入ったグラスを差し出しながら、うふふっと笑った。


「私のお姉さん役、七海先輩だったんだあ」

「え、あのカリスマ性にあふれる、かっこいいお姉さんですか?」


 そうなのって、みよちゃん先輩はうれしそうに笑う。


「七海先輩がいつも、お茶をいれてくれてたから、私もそうしたいと思って」


 懐かしむような表情で、みよちゃん先輩は続ける。


「佳奈ちゃんにとって、頼りになる素敵なお姉さんになりたいって思ってるんだあ、私って」

「みよちゃん先輩にとっての、七海先輩みたいにってわけですね」

「話が早くて助かるんだあ」


 みよちゃん先輩がそんなことを言うので、私は、にやにやが止まらなかった。

 この人とおしゃべりしていると、なんかにやにやしちゃう。


 お茶をいただきながら、ふたりでおしゃべりを続けていると、彼女がふと、こんなことを言いだした。


「佳奈ちゃんはこのあと、ご家族と過ごされるの?」


 私はとっさに、どういう意味かわからなかった。

 同じく疑問符を顔に浮かべた先輩と見つめ合っていると、入寮式の光景を思い出して、意味を理解した。


「あ、私はひとりでこの島に来たので」


 ほんとはあかりもいっしょなんだけど、ややこしいのでそう言っておく。


「そうなんだあ。忙しいご両親なんだねえ」


 いつもだったら、はいって言っておしまいの会話だったような気がする。

 それなのに、私はどうしてなんだか、両親の話をはじめた。


「私、お父さんもお母さんもいなくて、おばあちゃんに育ててもらったんです」


 みよちゃん先輩が、「あっ」て顔をして、そこで会話が止まった。

 あんなに笑い声であふれていた部屋が、急にしーんとなる。


 私に親がいないと知ったときに、他人が見せる反応を久しぶりに体験した。


 田舎じゃ、近所に住んでいる、小さい頃から見知った人たちばかりと過ごしてきたから、もはや私がおばあちゃんとふたりで暮らしていることなど、みんなの共通認識だった。


 誰も私の前で、親の話とかしない。


 先生だって、気を遣ってクラスのみんなの前では、言葉を選ぶ様子を見せてくれていた。

 それはやさしさに違いないのだけれど、私がほんとうに欲しかったのは、それじゃなかった。


 もやもやしたものを感じていると、先輩が立ちあがって、私の隣にやってくる。

 みよちゃん先輩は、真っ赤な顔をして、両目をうるうるさせていた。

 なんだか申し訳ない気持ちになっていると、みよちゃん先輩が口を開く。


「私って、あんまり頭よくないんだあ」

「知ってます」


 一般コースなのを事前に調べていたから、反射的にそう言ってしまった。


「あ、それは私もなんで」


 言い訳のように付け加えると、赤い顔のまま、むっとした表情をしていたみよちゃん先輩は、んふって笑って続けた。


「こういうとき、謝るべきなのか、謝られるのも違うのか、私にはよくわからないんだあ。あなたにとっての素敵なお姉さんでありたいのに、上手にできなくてごめんなさい」


 みよちゃん先輩はそう言って、小さく頭を下げた。

 それから、みよちゃん先輩は、私をぎゅうって抱きしめてきた。


「できの悪いお姉さんでごめんね。悪気はなかったんだあ」


 みよちゃん先輩の、わがまますぎるおっきな胸に、強制的に顔を埋めさせられる。

 なにか言いたいところだけど、むぎゅうってされて口をあけられない。

 ふわふわの長い髪が、頬をなでてきて、くすぐったい。


 私を抱きしめる両腕も、みよちゃん先輩のからだも、あったかくて、ふかふかしてて、心地がいい。

 すーっと息を吸い込むと、とろけるような、やさしい匂いがする。


「美代子がぜんぶ悪い」


 彼女がそんなことを言いだすので、胸に抱かれたままの私は、にやついてしまう。


「あなたも言って」

「え、美代子がぜんぶ悪い」

「そう」


 んふって笑って、小さく唇を動かしたら、先輩の胸に、制服のブラウス越しにキスしてるみたいで、恥ずかしくなった。


「もういっかい」


 そんな私に、美代子は求めてくる。

 えぇって笑いながらも、私は従う。


「美代子がぜんぶ悪い」


 ぐすって、鼻をすする音がした。

 美代子、泣いてるんだ。


「心のやわらかいところを、土足で踏み荒らすような真似をして、馬鹿な女なんだあ。こんなの、七海先輩が私にしてくれたことと、ぜんぜん違うじゃない」


 みよちゃん先輩って、心の底から、七海先輩を尊敬して、慕っているんだ。


 私はまったく悲しくなんてないし、たぶん、誤解なんだけれども、私を想ってくれる、その気持ちがあったかいなって思えた。

 頼りになるかどうかは諸説ある気がするけれども、このお姉さんのこと、私は好きだ。


 みよちゃん先輩は、にやにやしている私の背中を、ゆっくりなでてくれていた。

 もやもやした気持ちは、いつの間にかどこかへ消えていった。


 気持ちが落ち着いたら、私はどうしてみよちゃん先輩に話そうって気持ちになったのかを理解した。


 私は、お父さんやお母さんについて、誰かとお話したかったんだ。


 お母さんがどんな人だったのかとか、生きていたらどんなだったと思うとか、いろいろ想像したことや、知っていることを、誰かと分かち合いたかったんだ。

 今朝、あかりとふたりでそれができたから、誰とでもそれができる気がしてしまったんだ。


 あれは特別なことで、誰にでも期待していいことじゃないんだと思い直した。

 それこそ、もっと絆を深める必要がありそうだ。


 さすがに息が苦しくなってきて、みよちゃん先輩のおっぱいで窒息させられそうになってきた私は、ギブアップとばかりに彼女の背中をぽんぽんと叩いてみせた。


 そこで、みよちゃん先輩が解放してくれた。


「私は、この島はユートピアに違いないって信じています」


 かすかな希望を見出して、私は宣言した。

 先輩の驚いた顔を見ながら、私は続ける。


「いままでいた世界は、嘘だらけの偽物の世界だったけど、この島には本物の、真実の世界があるって、そう思うんです」


 みよちゃん先輩の目が、うるうるしはじめる。

 涙を隠すように、先輩がまた、私を抱き寄せた。


「お姉ちゃんがいるから、もう大丈夫よ」


 私は笑いをこらえながら、ふかふかした美代子の感触を楽しむ。


「これから、真実にしていこうね」


 みよちゃん先輩は、涙で赤く腫らした両目で、私をしっかりと見据えて、そう言ってくれた。


「七海先輩みたいな、完璧超人にはなれないかもしれないけれど、私だって佳奈ちゃんのために、一生懸命、頑張るから」


 みよちゃん先輩は、そうやって、私に決意表明してみせた。

 頼りないようで頼もしい、そんなお姉さんだなって思った。


 これが、私たちの、絆の時間のはじまりだった。


 ◇


 翌日、学校の体育館で、入学式が行われた。


『第三期 新入生 入学式』


 でかでかとそんな文字が掲げられている。


 男女それぞれ72名、合計144名の新入生たちが、体育館に整然と並んだパイプ椅子に座り、おとなたちの声に耳を傾けている。


 壇上では、学長だという貫禄のある年配の男性が、マイクの前に立っていた。


 この学園に、はじめて一年生から三年生までが揃い、とても賑やかになったこと。

 この新しい一年が終わる頃には、はじめての卒業生が誕生すること。

 喜びに満ちた様子で、そんなことを話していた。


 それから島の歴史などを話しはじめたので、退屈した私は周囲を見回してみる。


 後ろの席では、父兄たちが真剣な顔で我々を見守っていた。

 そんな父兄たちの観覧席に、制服を着た生徒がひとり、混じっていることに気がついた。

 目が合うと、彼女は、にこっと笑う。


 美代子だった。


 私の家族が来ないって知ったから、おばあちゃんの代わりに、あるいはお父さんやお母さんの代わりに、お姉さんとして、私のために参列しているのだと、すぐにわかった。


 美代子なら、そのくらいやりかねない。

 彼女はとても、情熱的な人なんだ。

 私は、にやにやしながら、前を向く。


 中学校の入学式の日、父兄たちが座る席に、おばあちゃんの姿を見つけたときみたいな気持ちだ。


 式が終わって退場するとき、私はみよちゃん先輩に駆け寄って声をかけた。


「授業はどうしたんですか。いくらなんでも、それは頑張りすぎですよ」


 みよちゃん先輩は、ふふっと笑う。


「伝えたいことがあったから、佳奈ちゃんのお姉さんとしてきてみたんだあ」


 なんだろうと思って、私が訊ねると、


「おめでとう」


 と言って、みよちゃん先輩は恥ずかしげに、えへへって笑った。


 あの日、おばあちゃんが言った台詞とまったく同じだなって気がついて、私もおかしいなって笑ってしまった。

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