第10話 4月 女子寮1 kana
佳奈 kana
「準備ができたら、端末に通知が届きますから、通知をオフにしないでくださいね」
ガイダンスが終わり、このあと、上級生が寮内を案内してくれるという。
全員でいっせいに動くと混雑するからと、各階の生徒たちでまとまって行動するみたいだ。
「いっしょに行こう」
パイプ椅子から立ちあがると、あかりが声をかけてきた。
各自、いったん自室に待機を言い渡されたので、ふたりで部屋に向かう。
私たちの部屋は、この多目的室と同じ6Fにあるから、すぐだった。
605号室の前に立つ。
ドアには郵便受けがあり、ドアノブの上には小さな装置がくっついている。
装置にスマホをかざすと、がちゃっと音がして、鍵が開いたのがわかった。
「おお」
横で見ていたあかりが声をあげる。
ドアを開けると、ベランダに続く窓から光が差し込んでいて、部屋は明るかった。
「なんか独房みたい」
いい景色って言おうとしたら、あかりに雰囲気を台無しにされた。
玄関がなく、ドアを開けたらいきなり部屋という構造。
床は廊下と同じ、つるつるとした石のような硬い床。
ほかの部屋に続く扉はなく、左右を白い壁に挟まれている。
片方の壁にだけ、ハンガーを引っ掛けるためのパイプのようなものが据え付けられていた。
部屋の中にはベッドと、机と椅子のセットがあるだけで、ほかに家具はない。
確かに独房みたいだと納得させられた。
「しっしっ」
おまえも自分の部屋へ行けと、私はあかりを追い払う。
「ばーか」
反抗期丸出しのあかりがそう言って、隣の部屋へと歩いていく。
興味本位でその背中を追いかけ、あかりが部屋のドアを開けるのを横で見守る。
当たり前だけど、中身はまったく同じだった。
「ここがあんたの独房だよ」
私は悪魔のようにささやいてやる。
まさに島流しの刑である。
これでこの女も、自分の部屋が独房に見える呪いにかかったはずだ。
あかりは楽しそうに、ははって笑うと、「またあとでね」と言って部屋の中に入っていった。
私も自分の部屋で、集合の合図がくるのを待つことにした。
◇
部屋のベッドに寝転がりながら、支給されたスマホをいじってみる。
学園アプリや女子寮アプリを手当たり次第に開いては触っていく。
学園アプリから全校生徒の名簿を開くと、学籍番号順に、みんなの顔と名前がずらっと並んでいた。
さっき撮った写真だとわかる。
自分の名前をタップして、私の情報を開くと、写真が大きく表示され、口を半開きにした間抜けな顔の女がこっちを見ていた。
これをみんなが自分のスマホから見れるなら、もっときちんとした表情で撮るんだったと後悔した。
そんな自分のことよりも、なんとなく思いついた他人の情報を、片っ端から見てみたい気持ちになってくる。
七海先輩って人、かっこよかったな。
生徒会役員のリンクから探せば、すぐに見つかるかな。
ずらっと並ぶ男女の写真の中に、女子寮長という役職で、七海先輩がいた。
予想どおり、特進コースの三年生だった。
はちゃめちゃに、頭よさそうだったもんなあ。
満足した私は、女子寮のアプリを開いてみる。
部屋割りのページを開くと、6Fの女の子がみんな在宅表示になっていた。
そっか。
こうやって、部屋にいるかどうかわかるのか。
行方不明になったりしていないか、門限までにしっかり帰っているのかどうか、ひと目でわかるのは便利だけれど、なんか監視されているみたい。
未成年だし、保護者も近くにいないから、このほうが安心といえば安心か。
私は隣の部屋の「志乃」って子のリンクを辿ってみる。
私と同じ、一般コースの子だった。
長い髪を明るく染めて、おしゃれな雰囲気なんだけど、どことなくこわばった、緊張したような表情で写っていた。
「え、おもろ」
こうやって、みんなのことすぐわかるんだなって思うと、おもしろくなってきた。
『ばーか』
「こいつう」
あかりという名前で通知がきたので、私は悔しくて声をあげた。
メッセージを送る機能もあるって、確かにさっき説明してた。
あかりに先を越されたみたいだ。
『ばかというやつがばか』
私はそう送り返す。
『ほんとに佳奈だ』
どういう意味だよって返事がすぐに返ってきた。
はじめて自分のスマホを持って、はしゃいでいるんだ、あかりのやつ。
それからしばらく、隣の部屋にいるやつと、わざわざスマホでやり取りをして過ごした。
『6Fのみんな、端末を持って中央棟に集合してください』
美代子という名前で、そんな通知がきた。
ベッドから起き上がり、部屋の扉をあけると、みんな同じように部屋から半身になって、廊下に顔をだしていた。
穴ぐらに棲む動物が、いっせいに巣穴から顔をだしたみたいな光景がおかしくて、私たちは顔を見合わせて、笑いあった。
◇
6Fを選んだ生徒たちが、中央棟に集まっている。
背がおっきくて、むちむちした、わがまますぎる肉体の美代子がそこにいた。
係の腕章をつけ、ふわふわの長い髪をぶら下げている。
思わず、ぽーっとして美代子の顔を見上げていると、彼女はおっきな胸につけた「美代子」という名札を手で強調しながら、口を開いた。
「みなさんの案内役で、二年生の美代子っていいます。私って、『みよちゃん』って呼んでもらえるとうれしいんだあ。美代子って名前、シワシワネームで気に入ってないから。全国の美代子には申し訳ないんだけれども」
美代子の話を聞きながら、みんなにやにやしていた。
私も笑いをこらえるのに必死だった。
なんか、つい笑っちゃいそうになる、おもしろい雰囲気のお姉さんだった。
「年下に美代子なんて呼ばれたら、手でちゃいそうになるから」
物騒なことを言っているのに、みんなそこで声をだして笑った。
みよちゃん先輩も、にこにこと笑っていた。
「うちのおばあちゃん、美智子っていいます。みよちゃん先輩と名前、似てますね」
和やかな雰囲気を感じたので、戯れにと美代子にパスをだしてみる。
「それ、いらない情報なんだあ」
美代子は即座に、ピッチの外へ豪快なシュートを放つ。
先輩の目は笑っていなかったけれど、みんなは楽しそうにきゃっきゃと笑ってくれた。
それから、みよちゃん先輩の案内で、中央棟を階段で下りていく。
5Fでシャワールームや洗濯室の使い方を教わる。
どっちもスマホをかざして入室したり、洗濯乾燥機を動かしたりするそうで、女子寮のアプリから誰が使っているか、洗濯が終わるまでの残り時間がどれくらいかを見ることができるらしい。
詳しい使い方も、忘れちゃったらアプリで確認できると教えてくれた。
つまり、どこで誰がシャワーを浴びているのか、丸わかりってわけだ。
誰の洗濯物が、どの洗濯乾燥機に入っているのかも、丸わかりってわけだ。
だからどうってわけじゃないし、別にいいけどね。
「ぜーんぶ記録されているから、きれいに使うこと」
そういう教育の一環なんだ。
「湯船はないんですね」
ひとりの女子が、がっかりした調子で言う。
確かに、シャワーしかないんじゃ、体を洗う作業って感じでちょっとさみしい。
私は、その切なさを言葉にしてみせる。
「刑務所にだって、お風呂はあるって、なにかで見たことあります」
「えっと、ここは刑務所じゃないんだあ。私たちには、刑務作業とか、ないからね」
みよちゃん先輩は、直ちにそう否定してから、
「湯船に浸かりたい場合は、山を下りて、町にある銭湯へ行ってください」
と、説明してくれた。
シャワールームの説明を終えると、みよちゃん先輩は下の階に私たちを案内する。
食堂はまだ6Fチームの順番になっていないからと言って、先に1Fを案内された。
身の回りのものがひと通り買える、小さなコンビニのような売店がある。
「あんまり種類は多くないけど、おにぎりとかパンも時間帯によっては置いてるんだあ。お昼休みの食堂は混雑するから、ぱっぱと済ませたい子は、売店を利用することが多いかなあ」
私はおいしいものが食べたいから、食堂がいいなあって思いながら聞いていた。
「なにか設備の異常とか、事件とかあったときに駆け込む職員室があります」
売店を通り過ぎると、みよちゃん先輩の物騒な説明がはじまった。
門限までは寮母さんが、夜間は守衛さんが必ずいるらしい。
「ここはパソコン室ね」
そう言って、鎖に繋がれたノートパソコンが置いてある自習室のようなところを案内してくれた。
私たちの持っているスマホは携帯電話会社との契約とかはしてなくて、学園内のネットワーク専用なのだという。
生徒同士の音声通話は学園アプリからできるけど、ご家族のような外の人との通話は、職員室の固定電話を使うようにと説明してくれた。
スマホからインターネットには出られないから、ネットで調べ物とかしたい場合は、ここを利用するみたいだ。
「アクセス制限とか特にかけていないらしくて、なんでも見れるんだけど、どこにアクセスしたかはサーバーのログに記録されているらしいのね。なんだけど、いまのところ怒られた話とかは聞いたことないんだあ」
それから、みよちゃん先輩は、ちょっと恥ずかしそうな顔をして続けた。
「えっちなサイトとか、怪しいサイトを見に行ったらだめだからね。ひと通りのセキュリティ対策は施してあるそうなんだけど、架空請求に引っ掛かっちゃったりとか、公序良俗的な面でもよくないから。未成年だしね」
ふうっと息を吐いて、最後にみよちゃん先輩は、
「これ、私の思想とかじゃなくて、先生から言えって言われてるやつなんだあ」
と言って、はにかんだ。
パソコン室を出ると、私たちはゴミ置き場に案内され、みよちゃん先輩から、きれいに使えって強く釘を刺された。
こわい顔をしていたから、マナーの悪い人がいるのかな。
「時間ぴったりだねえ」
誰かのスマホが鳴ったと思ったら、みよちゃん先輩のやつだった。
「食堂でお昼ご飯にしましょう」
通知音を止めながら、みよちゃん先輩は私たちにそう提案した。




