表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/28

第8試合 壊れた夢の日

 小学校に上がってすぐのある日。凌は母の志乃(しの)と、オルトのプロレス会場に来ていた。


 志乃の手を引っ張り、早く行こうと急く凌。志乃はその小さな手を引き留め、真っ直ぐと視線を合わせた。


「いい?いつも言ってるけど、試合前のお父さんの邪魔しちゃダメよ」


 志乃は、約束事に厳しい人だった。

 怒鳴るわけでも、手を上げるわけでもない。けれど破れば、「どうして駄目なのか」「誰が困るのか」を、泣いても泣き止んだあとでも、静かに言い聞かせられた。

 

 

 それでも凌は、その日、母との約束を破ってしまった。


 「とうさんにがんばれっていいたい」


 その一心で、こっそりと父に会いに行ってしまった。



 バックヤードに入り、見つからないように控え室を目指した。辿り着いた扉越しに父の声が聞こえ、驚かせようとそっと開いた。

 そこに居たのは、コスチュームに着替えた政宗だった。凌はその姿にパッと笑顔を咲かせ、飛び込みかけた。


「とうさ——」


 その時だった。

 政宗の口から、信じられない言葉が飛び出した。



「ロヴィ。今日はちゃんと勝てよ」



 声をかけた相手は、対戦相手のロヴィーナだった。二人は向かい合いながら、どこか親しげに会話をしていた。


「わかってるわよ。そのかわり、中盤はそっちの番だからね。アタシは受けに徹するから、ムネさんの優勢ムードちゃんと作ってよ」

「ああ。グラウンドと打撃寄りで行くから、そっちも打つとこは打ってくれ」

「はいはい。お手柔らかにね」


 それは、「流れの確認」だった。

 どっちが勝つか、どんな風に試合をするか。そんな話し合いを敵とする父に、凌の信じていた世界は崩れ去った。


 プロレスはウソだった。

 とうさんは、ヒーローなんかじゃなかった。


 憧れも、夢も、大好きな父への気持ちも。 

 何もかもが砕け散り、凌は声も上げられないまま大粒の涙を浮かべた。そしてそのまま、逃げるように母の元へと走った。

 

「凌!どこに行ってたの!」


 そう怒られても構わず、凌は志乃の手を強く引いた。


「やだ……おれ、かえりたい。もう、プロレスなんてやだ」

「……凌?」

「もう、みたくない。こんなとこ、いたくない!!」


 泣き出す凌の手を握り、志乃は困惑した。抱きしめられ、どうしたのと問われても、凌は言えなかった。


 約束を破った罰よ。


 そう、言われる気がして。

 父が間違っているのに、母の言うことを聞かなかった自分が悪いと言われる気がして。


 凌は、ぎゅっと志乃の服を握りしめた。ぐずり泣く声だけを上げて、志乃の胸で涙を拭った。


 だけど、本当は叫びたかった。


 

 とうさんなんてウソツキだ。


 

 プロレスなんて、だいきらいだ!——と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ