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第3試合 オルトの愉快な仲間たち

「ここが凌ちゃんのデスクよ」


 事務スペースに戻ると、さっそく机が与えられる。けれど、道場と仕切りのないレイアウトは落ち着かない。視線が自然とリングに向いてしまう。


「今オルトに所属してるレスラーは、アタシを入れて六人。スポット参戦もたまにいるけど、基本はこの六人で試合を組んでるわ。今日はこれから練習だから、来たら紹介するわね」


 そう言った矢先に、シャッター横の扉が開き、一人の男が入ってきた。


「はよっすー」


 ふと目を向けた瞬間、凌は思わず目を見開いた。


 ——なんだ、このイケメン。


 現れた若い男は、凌が想像していたゴツく男くさいレスラー像とはまるで違っていた。 

 華やかで美しい顔。明るいオレンジブラウンに染めた、艶のある長い髪。スラリと伸びた背に、ラフなジャージ越しにもわかる引き締まった肉体。

 歌舞伎町のホストだ。凌は、第一印象でそう思った。


「あらノマちゃん、おはよう。ちょうどいいところに来たわね」

「あれ?ロヴィ、その子誰?新しいレスラー?にしては細くない?」

「んなワケないでしょ。説明したじゃない。ムネさんの息子が来るって」

「あぁ。そうだっけ」


 声をかけられ、ノマと呼ばれた男がやってくる。男は凌の前まで来ると長身を屈め、遠慮もなく凌の顔を覗き込む。


「っ!?」


 近い。あまりにも近い。

 目の前が整った顔と強い瞳に占められ、凌は思わず固まってしまう。


「ふーん」


 透き通った琥珀の虹彩が瞬く。物珍しげな吐息が、凌の鼻先をくすぐる。


「ち、近いですっ!離れてください!」


 凌の顔に熱が集まっていく。けれど男は後ずさる凌を追い、ジロジロと視線を巡らせる。


「政宗さんにあんま似てないね。もっとムキムキで髭ボーボーかと思ってた」


 しれっと姿勢を正し、男がようやく距離を取った。と同時に、凌の緊張が解ける。

 どんな想像だよ!と唇を曲げてみても、男は気にしない。それどころか頬を緩め、へらっと笑みを返してくる。

 その屈託のない表情に、凌の胸が一瞬、ギュッと縮まる。


「凌ちゃん。この子がウチのエースの、入野間貴翔。アタシたちはノマとかノマちゃんって呼んでるわ」

入野間貴翔(いりのまきしょう)、28歳プロレスラー!趣味はプロレス、特技はプロレス!これからよろしく!」


 元気な手が伸びる。プロレスしかないのかよと思いながらも、凌は自己紹介を返す。


「……神谷凌です。その、よろしくお願いします」


 おずおずと手を差し出すと、貴翔がいち早く掴み、勝手に上下する。その手の大きさと握る強さに、この人もプロレスラーなんだと実感する。


「で、凌は何すんの?」

「ブッカーよ。とはいえプロレスについては素人だから、しばらくはアタシがつくけどね」 

「素人?プロレス知らないの?政宗さんの息子なのに?」


 胸の奥が冷える。政宗への嫌悪が立ち、バカにしているのかと睨みかけた。

 しかし、貴翔はパッと満面の笑みを浮かべる。


「じゃあイチからプロレスの楽しさ知れるじゃん!いいなぁ〜、俺、初めてプロレス好きになった頃の気持ちまた味わいたいんだよな〜!羨ましい〜!」


 肩に手を回され、バシバシと叩かれる。突然の接触に驚き、凌の冷えた気持ちは一瞬で蒸発する。


「すげぇ熱くなって、ワクワクして、ドキドキするから。いっぱい楽しんで好きになって?」

「ちょっ、入野間さん!だから近いです!近いですって!」


 この人、距離感おかしいだろ!

 グッと肩を寄せられ、凌は慌てて押しのける。そうこうしていると、また入口のドアが開く。


「ロヴィ、ノマ、オッラー!」

「エランさん声デカい!耳元で叫ばないでくださいよ!」


 今度はドレッドヘアをポニーテールにした褐色男と、その男を背負った若い短髪の男がやってくる。


「タク、なんでエラン背負ってんの?」

「途中で会ったんすけど、ジャンケンで負けた方が道場まで運ぶって言い出して……」

「タクはジャンケン弱いからなー。パー出す!って顔に書いてあった」

「書いてない!てかエランさん、ちょっと後出ししましたよね!?」


 さらに二人加わると、一気に騒がしくなる。凌がその親しげな様子を遠巻きに見ていると、ロヴィーナが優しく手招いた。


「うるさくてゴメンねぇ。紹介するわ。こっちがエランこと、エル・エランテ。メキシコからきたルチャドールで、日系のメキシコ人なの」

「ルチャドール?」

「メキシコのプロレスラーのことよ」

「エランテはリングネームな。本名はリカルド・相馬(そうま)なんだけど、誰も呼んでないわ。アッハ!」


 褐色の男——エランテが陽気に笑う。「そういやそんな名前だったっけ」と、貴翔も笑う。


「で、こっちは瀬名匠(せなたくみ)。入ってまだ一年半の新人で、最近リングに上がるようになったの。歳は凌ちゃんと近いんじゃないかしら」

「瀬名匠っす。えっと、この人は?」

「神谷凌ちゃん。話したでしょ?ムネさんの息子が来るって」

「ああ、社長の息子さん!」


 匠が急に態度を変える。どこかへつらうように腰を折り、声を大にして改める。


「瀬名匠、21歳新人っす!この世界入って日が浅いっすけど、トップレスラー目指して頑張ってます!よろしくお願いします!」

「……神谷凌です。俺も21です」

「マジっすか、タメなんすね!じゃあ堅苦しいの抜きでいいっすよ!敬語とかいらないんで!」

「えっ、う、うん……じゃあ、そうする」


 人懐っこさに押される。そこに、さらに二人がやってきた。


「みなのしゅう〜!グッモーニン!」

「おはようございます」


 新たに現れたのは、ロヴィよりも大柄な金髪碧眼の白人男性と、黒縁メガネをかけた真面目そうな男だった。二人もまた凌に気がづき、そばへとやってくる。


「おはようトム、修司くん。ちょうど今、みんなにこの子を紹介してたの」

「おっ?新人でい?」

「ああ、聞いていた社長の息子さんか」


 黒縁メガネの男が、いち早く挨拶をする。


高橋修司(たかはししゅうじ)です。オルトに入って七年目です」

「オイラはトム・バーソンね!おひかえなすって!」

「神谷凌です。……よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

「こちとら、マサムネにはうんと世話になってんでい!リョウは立派なファザー持って幸せだねぃ!」


 政宗を褒めるトムの言葉に、ピクリと肩が跳ねる。それを察し、ロヴィーナがパン、と小さく手を合わせる。


「これで六人全員よ。凌ちゃんには、これからアタシたちの試合を任せることになるから、少しずつどういう選手か知っていってね」

「試合を任せる?もしかして凌さん、ブッカーやるんすか!?」

「そうよ。アタシもつくけどね」

「マジっすか!?」


 匠が騒ぐ。視線が一気に集まり、凌の心地は悪くなる。


 ——こんな個性の塊みたいな人たちを、どう扱ったらいいんだ。それも筋書きを作って、試合を作るだなんて。


 凌は内心慄いていた。

 ブッカーというものは、人の人生すら動かすのではないか。そんな不安に表情を曇らせていると、隣に立つ貴翔がポンと背中を叩いた。


「オルトのプロレス、絶対楽しいから。凌も一緒に楽しもうな」


 あっけらかんとした笑顔と、弾む声。

 子どものような貴翔の純粋さに、凌の曇りかけた心は、ほんの少しだけ晴れ間を見出すのだった。

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