第4試合 初めてのプロレス練習見学
練習が始まり、凌は見学をすることになった。
全員が揃い、長いストレッチを経てようやくリングに上がったかと思えば、ロープ間ダッシュや受け身を繰り返す。その風景に華やかさはなく、ただただ地味だった。
「タク!顎が上がってるわよ!もっと引きなさい!」
「そこ、雑!受けで手を抜くならリングに上げないわよ!」
指導をしながら自らも体を動かし、ロヴィーナが練習を回す。やがて実技に移ると、まずは匠がロヴィーナ相手に技をかけ始めた。
ドロップキック、ショルダータックル、ボディスラム。見たことのある基本的な技が繰り返され、ローテーションのように順番が巡っていく。
バン!ドスン!ダンッ!
リングに叩きつけられる音が響く。何を見るべきかもわからず眺めていたが、じっくり見てみれば、それぞれに力量差のようなものは感じる。
一番キレがあるのは貴翔。次いでロヴィーナとエランテ。修司は圧倒的に受け身が綺麗だが、技は消極的で可もなく不可もない。トムは巨体のせいか動きは重く、匠の精度は比べるとどれも低かった。
「じゃあ最後、ノマちゃんと修司くんで軽く合わせね」
「うっす。修司さんよろしく」
「加減しろよ、ノマ」
貴翔と修司が向かい合う。試合形式で始まったその練習に、凌の緊張が高まる。
「始め!」
ロヴィーナの声と共に、両者が構える。そして、円を描くように間合いを測る。
貴翔の足取りは、スキップのように軽快だ。対して修司は、忍ぶような摺り足で鈍い。
ピタリと二人の足が止まる。その瞬間、互いに駆け出し、正面でぶつかり合う。
ダンッ!
同時に踏み込んだ足が、マットを鳴らす。
まずは手四つ。手と手を組んで押し合い、腕を捻り、ヘッドロックをかけ——そんな流れに、幼い頃見た政宗の試合が浮かぶ。
組み合いが外れる。仕切り直しの瞬間、ふとリング上の貴翔と目が合う。
貴翔がニッと笑う。そして
「ごめん、修司さん!メテオ受けて!」
と声を上げると、貴翔が突然、修司をロープに振った。
「ちょっと、ノマちゃん!」
ロヴィーナの制止も効かず、修司はロープの反動で貴翔に向かって走っていく。
ぶつかり合う——そう思った瞬間、貴翔が跳んだ。
重力がなくなったのかと思うほど、高く。
宙に広がった長い脚が修司の首を挟み、そこを軸に、貴翔が勢いよく後ろに身をひねる。
翻る勢いに、修司が飛ぶ。貴翔の回転と共に前方へ投げられ、器用に転がって勢いを殺す。
——人って、こんなに跳べるのか。
一瞬の出来事だった。理解が追いつくより先に、どくどくと胸が鳴る。瞬きを忘れた目が、流れるように着地をした貴翔を追う。
「……ノマ。加減しろって言っただろ!」
体勢を起こしながら修司が一喝する。けれど貴翔は悪びれない。
「ごめん、でも凌に見せたくて。地味な練習ばっかじゃつまんないだろうからさ。サービスしとこうかなって」
リング下の凌へ振り返り、貴翔が微笑む。得意げに片目をつむり、乱れた後ろ髪を手で払う姿に、凌は釘付けになる。
「今の、俺の決め技。メテオライトっていうんだけど、どうだった?」
「……凄かった、です」
ぽろっと本音を言えば、貴翔が嬉しそうに笑みを深める。そんな貴翔の後ろ頭を、ロヴィーナがぺしりと叩く。
「いてっ」
「軽く合わせって言ったでしょ。大技出してんじゃないわよ」
「でも、凌喜んでるし」
「修司くんが怪我したらどうすんのよ!」
「修司さんならいつでも俺の技受けられるって、信頼してるからさ」
「勝手なことを言うな。……まぁ、そう言われて悪い気はしないが」
「だろー?」
ロヴィーナが叱り、貴翔が笑い、修司が呆れる。凌はリングの外側で、その光景を見つめる。
響く笑い声はうるさい。なのに、どこか心地いい。
そう感じた自分に戸惑って、凌はぎゅっとシャツの胸元を握った。
胸の奥が、小さく疼いている。まるで家族みたいだと思った瞬間、疼きは強くなる。
——その痛みの理由を、この時の凌はまだ、知らないままでいた。




