第12試合 初めてのブック
それから一週間。凌は毎日オルトの道場に通い、プロレスについて学んでいた。
やると決めたらとことん。中途半端は嫌いなんです。そう言い切る凌に、ロヴィーナはつい笑ってしまった。
「そういうとこ、ムネさんにソックリねぇ」
「父さんと一緒にしないでください」
ピシャリと跳ね除けられ、ロヴィーナは「あら、ごめんなさい」と口元を隠す。
今日も、凌はちゃぶ台にノートを広げる。ペラリとめくったページには、プロレスの基本ルールや成り立ち、歴史や現状がびっしりと書かれている。
「覚えること、山程ありますね」
はぁ、とため息をつく。
ここまで教わったことは、プロレスの表面ばかりだ。けれど表を知らなければ、裏もない。ほぼゼロからのスタートなだけに、ブッカーへの道のりは遠い。
そんな中、次の興行はもう、五日後に迫っていた。
二百席のキャパは、まだ三割しか埋まっていない。聞いていた通りの低調ぶりに、凌の不安が高まる。
「……こんな状況で、ひとつとはいえ、俺が試合を作るのか」
重いため息をまたひとつ。シャープペンを握り、ノートに書いたカード名に目を落とす。
入野間貴翔VS高橋修司。任されたのは、よりにもよってメインだった。
「そんな責任感じなくていいわよ。前も言ったけど、流れ以外は選手同士で組み立てるし、実際アドリブも多いもの」
「アドリブ?試合中ってそんな臨機応変なんですか?」
「ええ。むしろ一流のレスラーほど、お客さんの反応を見ながらその場で組み立てを変えるの。そうね……例えて言うなら、『大枠だけ決まってる即興演劇』って感じかしら」
ずっ、と茶をすすり、ロヴィーナは続ける。
「リングの上は、レスラーのもの。だからブッカーが全部背負う必要はないのよ。試合ってのは、共同作業なんだから」
そうは言われてもと、凌は頭を抱える。実際の試合を作るのが選手なら、じゃあ、ブッカーに出来ることはなんなのだろうと。
「……ブッカーは、お客さんを熱くさせることが大事なんですよね」
「そうね。でも、何が熱さかってのはお客さんによるし、団体の方向性によって変わるものでもあるのよねぇ」
「曖昧すぎて難しいんですけど……」
「でも正直、決まった答えはないのよ。アタシもムネさんも勉強したワケじゃないし、こっちも毎回手探りよ」
とっかかりがなさすぎる。
泥沼に沈む頭をガシガシと掻き、凌は小さく唸りながらノートに頬を預ける。
——答えがないなら、せめて自分なりの『熱さ』を考えてみようか。
そう切り替え、凌はペンを持ち直す。
「オルトは、『魅せるプロレス』がコンセプトなんでしたっけ」
「そう。とにかく大きいとか、技が凄いとか、わかりやすさ第一。もちろんレスリングはしっかりするけど、本格的な格闘技というよりかは、エンタメ路線なのよ」
「エンタメ……なら、意外性とかありなのか……?」
ぶつぶつ呟きながら、今までに見たマンガやゲームのネタを引っ張り出す。
フィクションなら、かなりの数を履修してきた。引きこもり時代の怠惰な生活も、これなら少しは活かせるかもしれない。
そんな小さな自信の芽に、凌は書く手を速めていく。
「決めなきゃいけないのは、勝敗と試合の流れと……フィニッシュでしたっけ」
「あとは、それぞれの見せ場もね。得意な技とかムーヴはちゃんと入れて、印象を残すの。一方的にならないようにね」
「見せ場もですか」
ぴたりとペンを止め、唇に押し当てる。そこにちょうど、貴翔と修司がやってきた。
「お疲れー。凌、今日も頑張ってんの?」
「ロヴィ。野菜が届いたから台所に置いておくぞ」
「ありがと。そうだ、ちょうどいいわ。二人とも、少し付き合ってくれる?」
大きな段ボールを下ろし、戻ろうとする二人をロヴィーナが捕まえる。
「今ね、凌ちゃんに次のアナタたちの試合を考えてもらってるの。相談に乗ってくれる?」
「お、凌の初ブック?めっちゃ気になる!」
パッと顔を輝かせ、貴翔が隣に座る。
その距離はやっぱり近い。肩が触れそうなほど近い。
「入野間さん、だから近いですって」
「まぁまぁ、気にしない気にしない。で、何か悩んでんの?」
「……実は今、見せ場を考えてたんです。けど、お二人の代名詞みたいなものを知らなくて。聞かせてもらってもいいですか?」
向いに腰を下ろした修司が、「ふむ」とあごを引く。
「俺は関節技だな。ノマ相手なら足への攻撃を中心にして、アンクルホールドは必ず入れている」
「俺は打撃と飛びかな。掌底連打からのハイキックとか、その場飛びムーンサルトとか」
頷き、ペンを走らせる。そして思いつくまま流れを書いていく。
自分が熱いと思うストーリー。それをベースにしてみると、思いのほか展開が生まれていく。
なんか、意外とスラスラ書けるかも。そんな手応えの良さに、凌の気分が上がっていく。
「……出来た」
最後に目を通し、ペンを転がす。チラリとロヴィーナを見ながら、そっとノートを差し出す。
「一応、書けました」
「どれどれ?」
三人が揃ってノートを覗き込む。注目される緊張に、凌は慌てて口を開く。
「俺なりの熱さってものを考えて、設計してみました」
喉がカラカラする。湯呑みを手にぐっとお茶を飲み、凌は一息つく。
「コンセプトは、『ジャイアントキリング』です。番狂せがあったら、試合が面白いかなって思って」
「……なるほどね。それで修司くんが勝つ、と」
「はい。この一週間で過去数ヶ月分の試合を観ましたけど、全て入野間さんが勝ってました。なので、修司さんが勝った方がレアでいいかなと」
膨らむ自信の芽に、語気が強まる。満足げな凌に、しかし修司は眉を曇らせる。
「凌くん、これは……」
「いいわ。これでいきましょう」
修司の言葉を遮り、ロヴィーナがゴーサインを出す。
「ノマちゃんもこれでいいわね?」
「うん。オッケー」
修司が物言いたげな視線を送る。しかしロヴィーナはそれを無言で制す。
あっさりと決まり、凌は胸を撫で下ろした。あまりの余裕に、もしかしてこの仕事向いてるのかもと顔が緩む。
ふつふつと、気が大きくなっていく。書く前の不安は消え、それどころか、盛り上がる客席を想像してワクワクさえしてくる。
けれどこの時、凌はまだ知らなかった。
自分の熱さは、客の熱さではないことを。




