第8話 光の道筋を行け
シャルクス:「そこまでだっ!」
鋭い叫びが、夜の森を裂いた。
火花を散らしながら激しく斬り結んでいたカミーアとクリストファー。
その刃と刃の間へ――シャルクスは、迷いなく飛び込んだ。
カミーア:「シャル!?」
クリストファー:「……ほぉ」
二人の視線が、同時にシャルクスへ向けられる。
その手には、一枚の金貨が握られていた。
カミーア:「シャル!」
驚きと焦りが入り混じった声が、森の中に響く。
だがシャルクスは、ゆっくりと目を閉じた。
そして、静かに首を横へ振る。
――もう、いい。
そう告げるように。
クリストファー:「やはり、おめぇが持っていたのか」
口元を歪め、クリストファーが満足げに笑った。
シャルクスは黙って金貨を見下ろす。
あの時。
カミーアが森へ駆け出した、その瞬間。
シャルクスは、すでに動いていた。
懐から箱を取り出すふりをして、中身の金貨だけを抜き取る。
そして、カミーアへ向かって放り投げたのは――空になった箱だけ。
本物の金貨は、ずっとシャルクスの手の中にあったのだ。
シャルクス:「こいつは返してやる」
静かな声だった。
だが、その声にはもう迷いがなかった。
シャルクス:「だから、見逃してくれ」
そう言って――シャルクスは手の中の金貨を、軽く放り投げた。
カラン。
夜気の中で、金貨が小さな弧を描く。
それを、クリストファーが片手で受け止めた。
クリストファー:「よくできました」
にっこりと笑う。
その顔は、まるで出来の悪い生徒を試していた試験官のようだった。
カミーア:「黄金を……諦めるのか」
信じられないものを見るように、カミーアの瞳が揺れた。
問い詰めるような視線が、まっすぐシャルクスへ突き刺さる。
シャルクスは少しだけ肩をすくめた。
そして、困ったように笑う。
シャルクス:「君がいなきゃ、意味がないんだよ。この黄金は」
カミーア:「……え?」
その一言に、カミーアの目が大きく見開かれる。
困惑がそのまま顔に浮かんでいた。
カミーア:「どういう……こと……?」
だが、その問いに答えるより先に――
クリストファー:「おめぇはなぜ、黄金を求める」
低い声が落ちた。
カミーアの言葉を遮るように、クリストファーがシャルクスを鋭く見据える。
クリストファー:「ラスパル家の復興のためか」
シャルクスは一瞬だけ視線を落とした。
その問いは、かつての自分なら迷わず頷いていたものだった。
だが――今は違う。
シャルクス:「……最初はそうだった」
短く息を吐く。
シャルクス:「だけど、今は違う」
クリストファー:「ほぉ。今は、なんだ」
淡々とした声だった。
だがその眼差しは、獲物を逃がさない狩人のように鋭い。
嘘も、ごまかしも、許さない。
そんな目だった。
シャルクスは答える代わりに、カミーアへ視線を向けた。
カミーア:「……?」
ぽかんと目を丸くしている。
その表情が、こんな状況だというのに妙に可笑しくて。
シャルクスは、ふっと小さく笑った。
シャルクス:「ある人と約束したんだ」
静かに言う。
シャルクス:「その約束を、果たしたい」
その瞳は、まっすぐだった。
揺らがない。
迷わない。
ただ一つの答えを見つけた者の目だった。
その光を見た瞬間――クリストファーの険しかった表情が、ほんのわずかに緩む。
クリストファー:「誰が黄金を手にしなきゃいけねぇか……」
ゆっくりと、言葉を区切る。
クリストファー:「わかってるようだな」
シャルクスは、はっきりとうなずいた。
シャルクス:「ああ」
迷いなく、言い切る。
シャルクス:「わかってる」
その声は、夜の森にまっすぐ響いた。
もう、黄金に縛られていた声ではなかった。
クリストファー:「いいだろう。じゃあ、こいつはご褒美だ」
シャルクス:「……えっ?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
だがクリストファーは答えない。
ただ、手の中の金貨をゆっくりと掲げた。
夜の闇の中で、その金貨だけが、かすかに鈍い光を帯びている。
そして――クリストファーは静かに詠唱した。
クリストファー:《黄金よ。光への道筋を記せ》
次の瞬間。
金貨が、まばゆい輝きを放った。
シャルクス:「……っ!」
夜闇が裂ける。
金貨から放たれた一条の光が、空を貫く槍のように、遠い夜空へとまっすぐ伸びていく。
シャルクス:「なんだ……これ……?」
カミーア:「……」
シャルクスもカミーアも、ただ呆然と立ち尽くしていた。
夜空に刻まれた光の筋。
まるで、この世界のどこかに眠る何かを指し示すような、まっすぐな輝きだった。
クリストファー:「光の指す道筋を行け」
低い声が、静かな森に落ちる。
クリストファー:「そこに、おめぇの求める黄金がある」
そう告げると、クリストファーは掲げていた金貨をぐっと握りしめた。
途端に――夜空へ伸びていた光の筋が、ふっと掻き消える。
まるで最初から何もなかったかのように。
森に、静寂が戻った。
クリストファー:「ほらよ」
軽い調子で、クリストファーが金貨を放り投げる。
シャルクス:「うわっ!」
シャルクスは慌てて両手を差し出し、どうにかそれを受け止めた。
手のひらに残る、わずかな熱。
ついさっきまで夜空を照らしていたものが、今はただの一枚の金貨として、そこに収まっている。
シャルクス:「……どういうことだ?」
眉をひそめたまま、シャルクスは問いかける。
声には、隠しきれない戸惑いと警戒が滲んでいた。
クリストファーは、そんな彼を見て――ふっと口元を緩めた。
クリストファー:「そいつはな。バルデンの見つけた黄金から作られたもんだ」
シャルクス:「バルデンの……?」
クリストファー:「ああ。言わば――バルデンの黄金の一部ってわけだな」
シャルクス:「……これが?」
思わず、呟く。
シャルクスとカミーアは顔を寄せ合うようにして、手の中の金貨をじっと見つめた。
見た目は、ただの古びた金貨にしか見えない。
けれど、先ほどの光を見たあとでは、もうただの金貨とは思えなかった。
クリストファー:「そいつに宿った魔力が、黄金のある場所へと導いてくれる」
クリストファーは指先で、シャルクスの手の中の金貨を示す。
クリストファー:「おめぇは、自分の力でそいつを手に入れたんだ」
そう言って、クリストファーはシャルクスの肩に手を置いた。
クリストファー:「だからよ。もっと喜びな」
シャルクス:「……そうだな」
ようやく、シャルクスは小さく笑った。
そして、金貨を握りしめたまま顔を上げる。
だが――クリストファーの表情は、すぐに引き締まった。
クリストファー:「だがな」
その声が、わずかに低くなる。
クリストファー:「おめぇは、まだ一つの苦難を越えただけだ」
静かに言い聞かせるような声だった。
クリストファー:「この先には、まだまだ多くの試練が待っている」
シャルクスは表情を引き締めた。
クリストファーの目を、まっすぐ見返す。
そして、黙って頷いた。
クリストファー:「まずは――ガスパーとの因縁を晴らして来い」
その名を聞いた瞬間。
シャルクスの瞳が、鋭く細められた。
クリストファー:「あの野郎も、バルデンの黄金を狙ってる」
クリストファーは肩をすくめる。
クリストファー:「きっと、おめぇに食いついてくるはずだ」
シャルクス:「……わかったよ」
力強い返事だった。
その声を聞いて、クリストファーは満足そうに笑う。
そして――今度は、きょとんと立ち尽くしているカミーアへ視線を向けた。
クリストファー:「おめぇはまだ、自分の宿命が見えてねぇみてぇだな」
カミーア:「あたいの宿命……?」
カミーアは眉をしかめる。
いきなり何を言い出すのか、という顔だった。
クリストファー:「そろそろ、それに挑まなきゃならねぇ時期なんだがな」
カミーア:「やだよ。そんなの」
即答だった。
カミーアは一歩も引かず、挑むような目でクリストファーを睨みつける。
カミーア:「あんたの言うこと、何一つわかんねぇんだよ」
クリストファーは――まったく気にした様子もなかった。
むしろ、面白がるように喉を鳴らして笑う。
クリストファー:「まあ、いいさ」
軽く肩をすくめる。
だが、そのあと。
一度だけ、シャルクスを横目で見た。
クリストファー:「だけどな」
ゆっくりと、言葉を置く。
クリストファー:「すでに、おめぇのために動いてる奴がいることだけは――忘れちゃいけねぇぜ」
カミーア:「……えっ?」
シャルクス:「……」
二人が戸惑う中、クリストファーはそれ以上何も言わなかった。
くるりと背を向け、暗い夜道へと歩き出す。
クリストファー:「因縁を晴らして――未来を掴んで来い」
振り返らないまま、言い残す。
クリストファー:「二人ともな」
その言葉を最後に、クリストファーの背中は夜の森の奥へと消えていった。
あとに残ったのは、静かな夜風。
そして――シャルクスの手の中に収まった、一枚の金貨だけだった。




