第9話 必ず迎えに行くから
森を包む静寂は、まるで――
去っていったクリストファーの背中が、まだそこに残っているかのようだった。
シャルクスとカミーアは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
言葉はない。
ただ、夜風が木々の葉を揺らす音だけが、静かに耳へ届いている。
……気まずい沈黙だった。
その沈黙を先に破ったのは、カミーアだった。
カミーア:「……あんたが約束した人って、親父のことか?」
低く、確かめるような声。
シャルクスはわずかに目を伏せた。
そして、ゆっくりと頷く。
シャルクス:「ああ」
短く答えてから、言葉を続けた。
シャルクス:「ロッドさんに頼まれたんだ。バルデンの遺産を……正当な相続人に渡してくれって」
その言葉に、カミーアの瞳がかすかに揺れた。
カミーア:「親父……黄金のこと、知ってたのか」
ぽつりとこぼれた声は、夜の森に吸い込まれていく。
ロッド・プラント。
かつて“プラント盗賊団”を率いた男。
そして――シャルクスが半年前まで身を置いていた盗賊団の頭目でもある。
シャルクス:「俺の父さんとロッドさんは、バルデンの弟子だったんだ」
シャルクスは静かに続けた。
シャルクス:「だから俺は、ロッドさんを探してた」
カミーア:「……そうだったね」
カミーアは目を細める。
それから、小さく息を落とした。
カミーア:「悪かったな」
ぽつりと、呟く。
カミーア:「遠回りさせちまって」
もし、あの時。
自分が彼を盗賊団に誘わなければ。
シャルクスはもっと早く、黄金へ辿り着けていたのかもしれない。
そんな後悔が、言葉の奥に滲んでいた。
だが――
シャルクスは、ふっと柔らかく笑った。
シャルクス:「いいさ」
あっさりと、そう言う。
シャルクス:「そのおかげで、君に出会えた」
少しだけ肩をすくめる。
シャルクス:「それで帳消しさ」
その言葉に。
カミーアは一瞬、きょとんと目を瞬かせた。
そして――思わず、小さく笑う。
カミーア:「……バカだね、あんた」
呆れたような声。
けれど、その顔には、どこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
森の夜は、まだ静かに続いている。
その中で――
シャルクス:「一緒に行かないか」
シャルクスの声だけが、やわらかく響いた。
カミーアの肩が、わずかに揺れる。
けれど。
彼女はゆっくりと、小さく首を振った。
カミーア:「……無理だよ」
かすれた声だった。
カミーア:「あたいは……あんたほど、強くない……」
ぽつりと落ちたその言葉は、誰かに向けたものというより、自分自身を責めるようだった。
本当は、一緒に行きたい。
隣を歩きたい。
けれど――
カミーア:(あたいは……まだ……)
胸の奥に沈んだままの葛藤。
そのすべてを、シャルクスは見透かしたように静かに見つめていた。
そして――
シャルクス:「……分かったよ」
短く答えた。
その声には、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。
カミーアは視線を落としたまま、静かに言う。
カミーア:「アンタの行き先は……誰にも言わない」
シャルクス:「ありがとう」
それだけで、二人の会話は終わった。
カミーアはくるりと背を向ける。
そして、ゆっくりと歩き出した。
森の小道へ消えていくその背中を、シャルクスは黙って見送る。
足音が遠ざかる。
夜の闇が、彼女の姿を少しずつ隠していく。
やがて――
誰にも聞こえないほど小さな声で、シャルクスは呟いた。
シャルクス:「必ず、君を迎えに行くから……」
夜風が吹いた。
木々がざわめき、カミーアの長い髪を揺らす。
彼女は歩きながら、ふと空を見上げた。
そして――
ぽつりと呟く。
カミーア:「……あたいの、宿命か」
その声はあまりにも小さく。
誰の耳にも届くことなく。
ただ、静かな森の闇の中へと溶けていった。
森の切れ目――。
木漏れ日が揺れるその場所に、ひょいと一人の男が姿を現した。
クリストファーだった。
エリーゼ:「ご苦労様」
先に待っていたエリーゼが、静かに声をかける。
声音は穏やかだった。
けれど、その瞳には――どこか晴れない影が落ちている。
クリストファー:「なんだよ」
それに気づいたクリストファーは、不満げに唇を尖らせた。
クリストファー:「うまくいっただろ?」
肩をすくめ、少しだけ眉をひそめる。
だが、彼の期待とは裏腹に、エリーゼの表情はまだ曇ったままだった。
エリーゼ:「まあね」
小さく頷く。
けれど、すぐにため息が漏れた。
エリーゼ:「でも……こんなやり方で、本当によかったのかしら」
その視線は、シャルクスとカミーアが別れていった森の奥へ向けられていた。
クリストファー:「あいつらに憑いちまった因縁はな」
クリストファーは軽く肩をすくめる。
クリストファー:「あいつら自身で断ち切るしかねぇんだよ」
ふっと息を吐き、続けた。
クリストファー:「俺たちが横からどうこうできるもんじゃねぇさ」
エリーゼ:「……そうだけど」
エリーゼは静かに目を伏せる。
その仕草には、どこか諦めにも似たものが滲んでいた。
それを見て、クリストファーはわずかに眉を寄せる。
クリストファー:「心配すんなよ」
今度は、いつもの軽い調子で言った。
クリストファー:「手は出せなくても、手助けくらいはできるんだぜ」
にやりと口元を歪める。
クリストファー:「あとは――レックスがうまいことやってくれる」
エリーゼ:「あら?」
その名前を聞いた瞬間、エリーゼは怪訝そうに顔をしかめた。
エリーゼ:「なんでそこで弟君が出てくるのよ」
じろりと睨む。
エリーゼ:「まさか、もう連絡でもしたの?」
その声には、呆れと――ほんの少しの警戒が混じっていた。
すると、クリストファーは楽しげに笑った。
クリストファー:「あいつらの探してる“黄金”はな」
そこで、わざとらしく間を置く。
そして――
クリストファー:「実は、アーポット亭にあるんだよ」
さらりと、とんでもない事実を口にした。
エリーゼ:「……は?」
エリーゼの目が大きく見開かれる。
エリーゼ:「あなたの実家にあったの?」
信じられない。
そう言わんばかりの声だった。
クリストファー:「そうだよ」
クリストファーはあっさり頷く。
クリストファー:「うちにはな、俺も含めてお節介焼きが揃ってるからな」
肩をすくめ、得意げに笑った。
クリストファー:「きっと、喜んで手を貸すさ」
その顔を見て――
エリーゼは、深くため息をついた。
エリーゼ:「呆れた」
小さく首を振る。
エリーゼ:「最初から押し付けるつもりだったのね」
そして、ぽつりと付け加えた。
エリーゼ:「かわいそうね。弟君」
けれど、次の瞬間。
ふっと、エリーゼの表情が少しだけ和らぐ。
エリーゼ:「でも……」
くすりと笑った。
エリーゼ:「あなたがやるよりは、よかったのかもね」
クリストファー:「は?」
エリーゼは肩をすくめる。
エリーゼ:「どうせ、ろくなことにならなかったでしょうし」
クリストファー:「おい、おい!」
クリストファーはむくれたように頬を膨らませた。
クリストファー:「俺だって頑張ってるだろ!」
エリーゼ:「はいはい」
エリーゼは軽く手を振る。
エリーゼ:「そうですね」




