第1話 回想:破門されたシャルクス
舞い上がる砂塵が、荒野の視界を白く濁らせていた。
岩だらけの荒れ地の中央――。
巨大な岩壁に囲まれたその場所は、まるで世界から切り離された孤島のように、荒野の奥深くにぽつんと存在していた。
そこは、《プラント盗賊団》の根城。
法の手など届かない荒野の果てで、無法者たちが勝手気ままに築き上げた、最後の楽園だった。
ギィィ……。
重たい扉が、鈍い軋みを上げてゆっくりと開く。
その音が、砦の中に漂っていた静けさを切り裂いた。
ワッツ:「よぉ、オメェら」
姿を現したのは、ワッツだった。
肩には、まだ荒野の砂が残っている。
どうやら、長旅から戻ったばかりらしい。
無造作に一歩踏み込むと、ワッツは鋭い目つきで部屋の中をぐるりと見回した。
本来なら、誰もいないはずの会合部屋。
だが――今日は違った。
部屋の中央に置かれた大きなテーブル。
そこを囲むように、すでに四つの影が集まっていた。
テーブルでは、ひょろりとした長身の男と、樽のように太い体格のドワーフがカードを打ち合っている。
二人とも、妙に真剣な顔つきだった。
……が。
どう見ても、勝っているのはドワーフの方だった。
窓際には、腕を組んで壁にもたれかかる女が一人。
漆黒の肌を持つダークエルフが、冷たい視線だけをワッツへと向けている。
そして、部屋の奥。
壁際の椅子に腰掛けた髭面の男が、パイプをくゆらせながら、静かに煙を吐き出していた。
細められたその目は、まるでこの場のすべてを見透かしているかのように、落ち着き払っている。
――その瞬間だった。
シュッ。
空気を裂く鋭い音。
一枚のカードが、一直線にワッツの顔面めがけて飛んできた。
だが――。
ワッツは、眉ひとつ動かさない。
パシッ。
飛来したカードを、指二本であっさりと挟み止めた。
ワッツ:「いくら負けてるからってよ、俺に八つ当たりはよくねぇぞ。ハーディッシュ」
軽く肩をすくめ、ワッツは挟んだカードをひらひらと差し出す。
その横で、ドワーフのグリルドが、歯をむき出しにして下卑た笑いを漏らした。
グリルド:「シシシシ……」
ハーディッシュ:「うるせぇぞ、グリルド」
ハーディッシュは舌打ちしながらカードをひったくると、そのままワッツを睨みつけた。
ハーディッシュ:「まだくたばってなかったのか、ワッツ」
ワッツ:「ったりめぇだろ」
鼻で笑い飛ばすと、ワッツは改めて部屋の中を見回した。
ワッツ:「……それより、頭は?」
ハーディッシュ:「見りゃわかんだろ。まだ来てねぇよ」
ぶっきらぼうな返事だった。
それを聞いたワッツは、露骨に舌打ちする。
ワッツ:「チッ……人を呼びつけといて、呑気なもんだぜ」
その時だった。
部屋の入口から、低い声が静かに響いた。
ロッド:「悪かったな。呑気で」
その場にいた全員の視線が、同時に扉へと向く。
入口に立っていたのは――。
《プラント盗賊団》頭領。
ロッド・プラントだった。
ワッツ:「遅ぇですぜ、頭ァ」
肩をすくめながら、ワッツが皮肉を飛ばす。
だが、その言葉にはすぐさま横からツッコミが入った。
ハーディッシュ:「オメェは今来たばっかだろうが」
カードを弄びながら、ハーディッシュが吐き捨てる。
一瞬、二人の間に火花が散るような空気が走った。
リベリア:「それで?」
低く澄んだ声が、その空気を切り裂く。
窓際に寄りかかっていたダークエルフの女――リベリアが、腕を組んだまま一歩前へ出た。
漆黒の肌。
冷たい瞳。
その視線が、まっすぐロッドを射抜く。
リベリア:「あたいらを呼び出しておいて、何の用だい。ロッド」
ロッド:「わざわざ悪かったな、リベリア。今日集まってもらったのは――」
カミーア:「親父いいぃ!!」
轟くような怒声が、ロッドの言葉を叩き潰した。
部屋中の視線が、一斉に入口へ向く。
そこに立っていたのは、肩で荒く息をするカミーアだった。
顔は怒りで真っ赤に染まり、燃えるような瞳が真正面からロッドを睨みつけている。
ロッド:「カミーア……」
ロッドの表情に、わずかな困惑が浮かんだ。
無意識のうちに、一歩。
さらに、もう一歩。
後ずさる。
だが――カミーアは止まらなかった。
カミーア:「なんで、シャルを破門にしたんだああ!!」
怒声が、会合部屋の天井に叩きつけられる。
その声は壁に跳ね返り、部屋中にびりびりと反響した。
カミーアは荒々しい足取りでロッドに詰め寄る。
怒りに燃え上がった瞳が、逃がすものかとばかりにロッドを射抜いていた。
ロッド:「…………」
けれど、ロッドは何も言わない。
ただ黙って、その視線を受け止めているだけだった。
カミーア:「答えろよ! 親父!」
さらに一歩、踏み込む。
その剣幕に、会合部屋の空気が一瞬で凍りついた。
沈黙の中――。
ハーディッシュ:「シャル?」
カードを切りながら、ハーディッシュが興味なさげに呟いた。
ハーディッシュ:「……ああ、あいつのことか」
グリルド:「破門、破門。へました。シャルクス」
ドワーフのグリルドが、口元を歪めてニヤニヤと笑う。
ワッツ:「…………」
ただ一人。
ワッツだけは、何も言わなかった。
腕を組んだまま、鋭い視線をロッドへ向けている。
ロッドとカミーアは、言葉を交わさない。
ただ、睨み合っていた。
張り詰めた沈黙が、刃のように空気を切り裂いていく。
やがて――。
ロッドが、重く息を吐いた。
ロッド:「……シャルクスには、やるべきことがあった」
低く、押し殺した声だった。
ゆっくりと顔を上げ、ロッドは続ける。
ロッド:「だから……行かせたんだ」
その言葉に、カミーアの怒気がわずかに揺らいだ。
カミーア:「やるべきこと……?」
眉を歪める。
カミーア:「なんだよ、それは」
声はまだ荒い。
だが、その奥には、隠しきれない不安が滲んでいた。
ロッドは視線を落とす。
ほんの一瞬、迷うように沈黙したあと――低く言い放った。
ロッド:「わからなくていい」
一瞬、空気が止まった。
ロッド:「お前には……関係のないことだ」
その言葉に。
カミーアの肩が、びくりと震えた。
カミーア:「……関係って」
声が、かすれる。
カミーア:「あたいは……」
絞り出すような言葉だった。
それでも、彼女の視線はロッドから逸れない。
怒りも。
悔しさも。
不安も。
そのすべてを抱えたまま、カミーアは父を睨み続けていた。
――その時。
ロッドの声が、鋭く響いた。
ロッド:「お前の身勝手さが!」
会合部屋の空気が震えた。
ロッド:「彼の時間を奪っていることが……わからないのか!」
カミーア:「……っ」
言葉を失う。
カミーアは唇を強く噛みしめた。
怒鳴り返すこともできない。
反論することもできない。
ただ、その言葉だけが胸の奥に突き刺さる。
そして――。
会合部屋に、重たい沈黙が落ちた。
まるで、誰一人として動くことを許されないかのように。




