第2話 回想:嵌められた後釜
マクベル:「ワシらは盗賊なんだぞ」
静まり返った部屋に、低くしわがれた声が落ちた。
声の主は、壁際で静かにパイプをくゆらせていた男――マクベルだった。
椅子の背にもたれたまま、ゆっくりと煙を吐き出す。
白い煙が天井へとたなびき、ただでさえ重い部屋の空気を、さらに鈍く沈ませていく。
マクベル:「盗賊ってのはな。他人のモンを奪ってナンボの生き物だろうが」
細められた目が、ロッドへと向けられた。
マクベル:「それを身勝手だって言うんなら――」
そこで、マクベルはわずかに口角を吊り上げる。
マクベル:「お前も同じだろうがよ」
容赦のない一言だった。
部屋の空気が、ぴんと張り詰める。
ロッドはカミーアから視線を外し、ゆっくりとマクベルを見た。
ロッド:「……そうだな」
長い沈黙の末に、ロッドは静かにそれを認めた。
否定も、言い訳もしない。
ただ、その重さを受け止めるように。
そしてロッドは、もう一度カミーアへ視線を戻した。
ロッド:「カミーア。この話は……また後でやろう」
カミーア:「親父……!」
カミーアは荒い息を吐いたまま、なおも食い下がろうとする。
その瞳には、まだ怒りの火が燃えていた。
納得などしていない。
飲み込めるはずもない。
だが――そんな娘の目を、ロッドは真正面から受け止めた。
ロッド:「……頼む」
たった一言。
それだけだった。
けれど、その声には、いつもの父親としての強さとは違う、深い重みがあった。
カミーアの肩が、かすかに震える。
言いたいことは、まだ山ほどある。
ぶつけたい怒りも、問いただしたい理由も、胸の奥に渦巻いたままだ。
それでも――。
カミーア:「…………わかったよ」
絞り出すようにそう言って、カミーアは視線を落とした。
その背中には、消えきらない怒りと、どうしようもない寂しさが滲んでいた。
そして――。
部屋に、再び静寂が戻る。
誰も口を開かない。
重く沈んだ空気の中、ロッドの唇がゆっくりと動いた。
幹部たちは固唾を飲み、その次の言葉を待った。
ロッド:「……私は」
そこで、ロッドは一拍置いた。
誰も口を挟まない。
幹部たちの視線が、静かに彼へ集まっていた。
ロッド:「頭目を引退することにした」
その瞬間、部屋の空気がわずかに揺れた。
ロッド:「お前らに集まってもらったのは……それを伝えるためだ」
カミーア:「親父……」
カミーアが目を見開く。
驚きに震えた声が、静まり返った部屋にぽつりと落ちた。
だが――。
それ以外に、大きな反応はなかった。
ワッツは椅子の背にもたれたまま、面倒くさそうに肩をすくめる。
ワッツ:「ったく……何かと思えば、くだらねぇ」
ため息交じりに吐き捨てる。
ワッツ:「引退だろうが破門だろうが、好きにすりゃいい」
そして、ひらひらと手を振った。
ワッツ:「誰も止めやしませんよ」
いかにもワッツらしい、突き放した物言いだった。
ロッドは、かすかに苦笑する。
ロッド:「お前なら、そう言うと思ったよ」
そう言ってから、ロッドはゆっくりと視線を巡らせた。
ロッド:「もっとも……お前だけじゃないみたいだがな」
他の幹部たちも、似たようなものだった。
素知らぬ顔で肩をすくめる者。
皮肉げに口元を歪める者。
退屈そうに目を細める者。
誰ひとりとして、反対する気はないらしい。
ワッツ:「それとも……」
ワッツが、にやりと笑った。
その視線が、他の四人の幹部へと流れる。
ワッツ:「この中から後釜を決めるつもりですか?」
そして、鼻で笑った。
ワッツ:「まあ、誰もやらねぇと思いますぜ」
ロッド:「後釜なら、もう決めている」
ロッドは動じなかった。
真顔のまま、静かにそう告げる。
その瞬間――。
ワッツの笑みが、すっと消えた。
ワッツ:「……ほぉ」
細められた目が、ロッドを射抜く。
ワッツ:「誰にしたんです?」
その問いに、ロッドは迷わなかった。
まっすぐにワッツを見据え、はっきりと言い放つ。
ロッド:「お前だよ。ワッツ」
一瞬。
部屋の時間が止まった。
ワッツ:「フン」
次の瞬間、ワッツは鼻で笑った。
ワッツ:「やらねぇよ」
あまりにもあっさりとした拒絶だった。
ロッド:「そうか」
ロッドは小さく頷く。
そして、淡々と続けた。
ロッド:「ならば――お前は死ぬだけだ」
氷のような声だった。
怒りはない。
苛立ちもない。
ただ、決まっている事実を告げるような響き。
――シャキン!
乾いた金属音が、室内に弾けた。
ワッツが背中の剣闘士の剣へ手を伸ばした、その瞬間だった。
すぐそばにいたハーディッシュとグリルドが、獣じみた速さで動く。
ハーディッシュの短剣が、一直線にワッツの喉元へ突きつけられた。
同時に――。
背後から伸びたグリルドの禍々しい鉄の爪が、ワッツの首筋へ深々と押し当てられる。
一歩でも動けば、命はない。
さらにその奥では、リベリアが杖を手に静かに構えていた。
マクベルは拳を軽く打ち合わせながら、じっと成り行きを見守っている。
逃げ場はなかった。
完全な包囲。
ワッツ:「……話はついてるってわけか」
額を、一筋の冷や汗が伝う。
それでも、ワッツの目は死んでいなかった。
周囲の幹部たちを睨みつけるその視線には、屈辱と――わずかな焦りが滲んでいる。
ハーディッシュ:「わりぃなぁ、ワッツ」
ハーディッシュが口の端を吊り上げた。
楽しそうに、実に楽しそうに笑う。
ハーディッシュ:「満場一致で、オメェに押し付けちまった」
グリルド:「押し付けた。押し付けた」
甲高い声で復唱しながら、グリルドもニタニタと笑う。
ワッツ:「……クソどもが」
ワッツは低く吐き捨てた。
その声には、自分が完全に後手に回ったことへの苛立ちが滲んでいた。
ロッド:「そんな顔をするな」
静かな足取りで、ロッドが近づいてくる。
それに合わせるように、ハーディッシュとグリルドがすっと距離を取った。
ロッド:「頭目になったところで、今までと何も変わらんさ」
ワッツの前で、ロッドは足を止める。
ロッド:「逃げたければ、いつでも逃げればいい」
一歩、踏み込む。
ロッド:「だがな――」
鋭い視線が、ワッツを真正面から射抜いた。
ロッド:「お前はここに、負け犬になりに来たのか?」
その言葉に。
ワッツは、ふっと鼻で笑った。
ワッツ:「……いい挑発だな」
口元が、ゆっくりと歪む。
ワッツ:「効いたよ」
そして、ロッドをまっすぐに見返した。
ワッツ:「受けてやろうじゃねぇか」
ロッドは満足げに、小さく頷く。
ロッド:「それでいい」
そう言って、踵を返した。
だが――。
ワッツ:「だがよ」
背後から飛んだ声に、ロッドの足が止まる。
ワッツ:「そう簡単に隠居できるかねぇ」
ロッドは振り返り、ワッツを一瞥した。
ロッド:「何が言いたい」
ワッツ:「あんたの引退に納得しねぇ奴は、多いんじゃねぇのか」
今度は、ワッツが仕掛ける番だった。
ロッドは軽く肩をすくめる。
ロッド:「お前が気にすることじゃない」
しかし、ワッツは引かない。
にやりと笑い、さらに言葉を重ねた。
ワッツ:「俺があんたをぶちのめせば、みんな納得するんじゃねぇか?」
平然と言い放つ。
ワッツ:「そうすりゃ、安心して隠居できるぜ」
ロッドは、ほんの少しだけ考えた。
そして――。
ロッド:「いいだろう」
短く答える。
ロッド:「決闘だ」
部屋の緊張が、一段と張り詰めた。
ロッド:「ただし――」
ロッドの声が低く沈む。
ロッド:「本気でかかってこい」
一瞬の間。
ロッド:「さもなければ、死ぬぞ」
ワッツの口元が、不敵に歪んだ。
ワッツ:「もちろんだ」
肩を回しながら、ワッツは笑う。
ワッツ:「そっちも覚悟しとけ」
そう言い残すと、ワッツは踵を返した。
会合部屋の扉へ向かい、迷いなく歩いていく。
ギィ……。
扉が開き、荒野の風が室内へ吹き込んだ。
ワッツは振り返らない。
そのまま、風の中へ消えるように部屋を出ていった。
ロッド:「覚悟なら――」
ロッドは小さく呟く。
ロッド:「いつでもしているさ」
去っていくワッツの背中を見送りながら。
カミーア:「親父……」
背後から、か細い声がした。
振り向かなくても分かる。
カミーアは今、不安げな目で父の背中を見つめている。
ロッドは何も答えなかった。
ただ静かに、閉じかけた扉の向こうを見据えていた。




