第3話 孤独な狂戦士 ワッツ・バンプス
煌びやかな衣装をまとった貴族や商人たちが行き交う大通り。
宝石のきらめき。
鼻につくほど濃い香水の匂い。
金と権力に彩られたその喧騒の中を――ひときわ場違いな男が歩いていた。
背中に背負っているのは、常人なら両手でも持ち上げられないほど巨大な
剣闘士の剣。
男の名は、ワッツ・バンブス。
背丈だけなら、通りを歩く男たちと比べて特別大きいわけではない。
だが、鋼のように鍛え上げられた肉体と、獲物を探す獣じみた眼光が、周囲の視線を否応なく引き寄せていた。
「……誰だ、あれ」
「物騒な奴が来たぞ……」
ひそひそとした囁きが、あちこちから漏れる。
だがワッツは、そんな視線など最初から存在しないかのように、堂々と大通りを進んでいった。
やがて、通りの中でもひときわ豪奢な商館の前で足を止める。
磨き上げられた石壁。
重厚な扉。
見る者に、ここがただの商館ではないことを思い知らせる造りだった。
ワッツは一度だけその建物を見上げると――
何のためらいもなく、扉を押し開けた。
中は広々としたロビーだった。
磨き抜かれた床に、豪華な装飾柱。
壁には高価そうな絵画が飾られ、天井から吊るされたシャンデリアが淡い光を落としている。
富と権力を誇示するためだけに作られたような空間。
その空気の中に、ワッツという男はあまりにも似合わなかった。
受付に立っていた若い女性が、彼の姿を見た瞬間、ぴくりと肩を震わせる。
それでも仕事柄、すぐに笑顔を作った。
受付嬢:「い、いらっしゃいませ。ご用件をお伺いしても……?」
声が、わずかに上ずっている。
ワッツは口の端を吊り上げた。
ワッツ:「ワッツ・バンブスだ。ロイドスに会いに来た。いるんだろ」
低く、喉の奥で唸るような声だった。
その名を聞いた瞬間――
受付嬢の顔が、はっきりとこわばった。
ロイドス・ロイド。
ガスパーの第一秘書にして、最も信頼されている腹心。
普段、表舞台に姿を見せないガスパーに代わり、裏でも表でも商会を動かす重役である。
間違っても、ワッツのような男が気軽に訪ねていい相手ではない。
受付嬢:「ア、アポイントメントは……お取りでしょうか?」
恐る恐る問いかける。
ワッツは肩をすくめた。
そして、さらに笑みを深くする。
ワッツ:「んなもん、取ってねぇよ」
受付嬢:「あ、ちょっ……困ります。お待ちくださ――」
制止の声を置き去りにして、ワッツはずかずかと奥の廊下へ踏み込んだ。
その瞬間だった。
奥の通路から、甲冑に身を包んだ守衛たちが飛び出してくる。
守衛:「待て、貴様――」
言い終えるより早かった。
ブンッ!!
ワッツの拳が、唸りを上げて振り抜かれる。
守衛:「ぐえっ!」
鉄兜ごと顔面を打ち抜かれた守衛が、背中から壁に叩きつけられた。
甲冑が派手な音を立て、男はそのまま糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
ロビーの空気が凍りついた。
ワッツは軽く拳を振ると、鼻で笑った。
ワッツ:「俺を止めたきゃ、殺す気で来な」
そして、獣のように口元を歪める。
ワッツ:「……ま、それでも無理だけどな」
挑発だった。
だが――それは、ただの大口ではない。
守衛たちが一斉に剣を抜いた。
刃がきらめき、甲冑が床を鳴らす。
次の瞬間、彼らはワッツへ向かって殺到した。
だが。
ワッツの体が、ふっと沈む。
振り下ろされた剣が、彼の頭上を空しく通り過ぎた。
次の瞬間、ワッツの拳が守衛の腹部にめり込む。
ドゴッ!
くぐもった悲鳴。
甲冑越しだというのに、衝撃は容赦なく内側まで突き抜けた。
別の守衛が横合いから斬りかかる。
ワッツは半歩下がってそれをかわすと、膝を突き上げた。
ガンッ!
兜が跳ね、守衛の体が宙に浮く。
さらに一人。
メキッ!
拳が甲冑を歪ませ、男が廊下の壁に叩きつけられる。
拳が唸る。
膝が跳ねる。
肘が走る。
そのたびに、甲冑が軋み、悲鳴が廊下に響いた。
守衛たちの剣は、ワッツの体をかすめることすらできない。
彼は重そうな剣を背負ったまま、まるで何の負荷も感じていないように動いていた。
軽やかに。
荒々しく。
そして、迷いなく。
戦場を渡り歩いた猛獣が、檻の中に迷い込んだ兵士たちを蹂躙するように。
やがて――
廊下に立っている守衛は、一人もいなくなっていた。
倒れた男たちが、床の上に折り重なるように転がっている。
うめき声だけが、かすかに響いていた。
ワッツは首を軽く鳴らす。
ゴキリ。
それから、くるりと振り返った。
視線の先には、受付嬢がいた。
彼女は青ざめた顔で、カウンターの奥に立ち尽くしている。
ワッツ:「で?」
その一言だけで、受付嬢の肩がびくりと跳ねた。
受付嬢:「……ロ、ロイドス様は……応接室で接客中です……」
かすれた声で、ようやく居場所を告げる。
ワッツは満足そうにニッと笑った。
ワッツ:「ありがとよ」
それから、床に転がる守衛たちを親指で指す。
ワッツ:「こいつら、役立たずだ。もっと腕利きを雇いな」
言い残して、ワッツは奥の廊下へ歩き出した。
次の瞬間。
ワッツ:「はははははっ!」
豪快な笑い声が、商館のロビーに響き渡る。
その声を残し――
ワッツ・バンブスは、倒れた守衛たちの間を踏み越えるようにして、応接室へと向かっていった。




