表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第2章 無法者たちの憂鬱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/48

第4話 ワッツとクリストファー

クリストファー:「なんだと、この野郎!」


怒鳴り声が、応接室の扉を突き抜けて廊下まで響いた。


ちょうどそこを歩いていたワッツの耳に、その声が刺さる。


ワッツ:(喧嘩か? ……面白ぇ)


足が、ぴたりと止まった。


眉ひとつ動かさない。


だが、その口元だけが、わずかに吊り上がる。


ノックする気など、最初からない。


ワッツはそのままドアノブを掴み――押し開けた。


バタン。


応接室の中の光景が、視界に飛び込んでくる。


ロイドスが、大柄な男に胸倉を掴まれ、壁際へ追い詰められていた。


ロイドス:「あっ、ワッツさん! いいところに!」


溺れる者が藁を掴むような顔で、ロイドスが叫ぶ。


ワッツ:「……」


ワッツは何も言わない。


ただ、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。


重い足音が、応接室の床に落ちる。


男との距離を詰めながら、ワッツは淡々と口を開いた。


ワッツ:「見た顔だな。どっかで会ったか?」


クリストファー:「ねぇよ。よく言われるがな」


即答だった。


クリストファーはあっさりとロイドスの胸倉を放す。


解放されたロイドスは、弾かれたように後ずさり――そのままワッツの背後へ逃げ込んだ。


ロイドス:「や、やっちゃってください。ワッツさん」


震えた声で、情けなく促してくる。


ワッツ:「……」


こいつ、本当にガスパーの側近か。


内心で呆れながらも、ワッツは視線を目の前の男へ戻した。


鋭い眼光がぶつかる。


クリストファー:「やる気かぁ?」


クリストファーは不敵に笑い、拳をゴキリと鳴らした。


ワッツの口元も、ゆっくりと吊り上がる。


ワッツ:「いいぜ」


その言葉が落ちた――次の瞬間。


エリーゼ:「やめなさいよ」


すっと。


女が二人の間へ割って入った。


エリーゼだった。


彼女はクリストファーを見上げ、呆れたようにため息をつく。


エリーゼ:「あなた、喧嘩弱いんだから。無駄に仕掛けないの」


さらりと言い放つ。


そして、追い打ちのように続けた。


エリーゼ:「どうせまた負けるでしょ?」


ワッツ:「……は?」


思わず、眉が跳ね上がった。


今のは――聞き間違いか?


ワッツ:「弱い……? こいつが?」


信じられないものを見るように、ワッツはクリストファーを見た。


目の前の男からは、どう見ても弱者の匂いなどしない。


むしろ、少しでも気を抜けば噛みついてくる猛獣のような圧がある。


だが、当の本人は――。


クリストファー:「殺し合いなら、負けねぇんだけどな」


頭をかきながら、妙に素直に認めた。


ワッツ:「おいおい、物騒な奴だな……」


思わず苦笑が漏れる。


だが、その上をいく声が飛んできた。


エリーゼ:「それも、やっちゃダメ。単なる暴力よ」


ぴしゃり。


一切の反論を許さない声音だった。


その瞬間、ワッツの背中にじわりと汗が滲む。


ワッツ:「……なんだよ、この二人……」


喧嘩が強いとか弱いとか。


殺し合いなら負けないとか。


暴力だから駄目だとか。


会話の軸が、どこかおかしい。


得体の知れない空気に、さすがのワッツもわずかに身を引いた。


クリストファーは肩をすくめる。


クリストファー:「……しょうがねぇ。ここは引いてやるよ」


静かな声だった。


だが、そこには確かな圧が残っている。


クリストファーは視線を動かした。


ワッツの背後で、小刻みに震えているロイドスへ。


クリストファー:「ガスパーに伝えとけ」


低く。


ゆっくりと。


一語ずつ刻むように言う。


クリストファー:「俺たち商人を締め上げるつもりなら――代償、高くつくぞ」


その言葉に、ロイドスの肩がびくりと跳ねた。


だが次の瞬間。


ロイドスは深く息を吸い、襟元を整えた。


そして、一歩前へ出る。


ロイドス:「承知いたしました」


そこにいたのは、先ほどまで怯えていた男ではなかった。


いつもの端正な笑みを浮かべた、ガスパーの腹心。


ロイドス:「必ず、お伝えいたします」


クリストファーは満足そうに頷く。


そして、再びワッツへ視線を戻した。


クリストファー:「おめぇもだ、ワッツ。覚悟しとけよ」


ワッツ:「……」


ワッツは無言のまま、その視線を受け止めた。


目は逸らさない。


数秒の沈黙。


互いの間に、見えない火花が散る。


やがて、クリストファーは踵を返した。


エリーゼもまた、何事もなかったかのようにその後に続く。


バタン。


扉が閉まり、応接室に静寂が戻った。


しばらくして――。


ワッツが、ぽつりと呟く。


ワッツ:「……何者だ、あいつら」


ロイドス:「クリストファー・アーポットと、奥様ですよ」


即答だった。


だが、その声にはわずかな緊張と畏怖が滲んでいる。


ワッツ:「そうか……」


ワッツは閉ざされた扉を、じっと見つめた。


ワッツ:「あいつが、“アーポット”か」


低く呟きながら、二人が去っていった扉を睨み続ける。


胸の奥で、得体の知れない熱がくすぶっていた。


苛立ちか。


警戒か。


あるいは――期待か。


ワッツは舌打ち混じりに吐き捨てた。


ワッツ:「ちっ……何しに来やがったんだ、あの野郎は?」


クリストファーたちが出ていった扉を睨みつけたまま、苛立ちを隠そうともせずロイドスへ問いかける。


ロイドスはというと、もう何事もなかったかのようにソファへ身を沈めていた。


先ほどまでの情けない姿など、最初から存在しなかったかのような顔で。


ロイドス:「表向きは、苦情を言いに来たようですが……」


一拍置く。


口元に、薄い笑みが浮かんだ。


ロイドス:「まあ、違うでしょうね」


ワッツ:「なに?」


低く唸るように問い返す。


ワッツはロイドスの正面のソファへ、ドスンと腰を下ろした。


重たい身体が沈み込み、テーブルがわずかに軋む。


握り締めた拳には、まだ力がこもっていた。


今にもテーブルを叩き割りそうな勢いだ。


そんなワッツを気にも留めず、ロイドスはわずかに身を乗り出した。


そして、じっと彼の瞳を覗き込む。


ロイドス:「あなたの手下が、彼の商館にお邪魔したようですね」


淡々とした口調だった。


ロイドス:「その件で、牽制しに来た……といったところでしょう」


ワッツ:「……そうかい」


ワッツは視線をふいっと逸らした。


そして、唇の端を歪める。


面白くない。


実に、面白くない。


ワッツ:「わざわざ俺に釘を刺しに来たってわけか」


低く呟く。


ロイドス:「おそらくは」


ロイドスは穏やかに答えた。


ロイドス:「少なくとも、こちらがバルデンの黄金を狙っていることは、向こうも察しているでしょう」


ワッツ:「……」


ワッツは黙った。


その目が、ふたたび扉へ向く。


クリストファー・アーポット。


喧嘩は弱い。


殺し合いなら負けない。


そんなふざけたことを、平然と言う男。


ワッツ:「へっ……」


低く笑う。


ワッツ:「ますます気に食わねぇな」


だがその声には、怒りだけではない。


獣が獲物を見つけた時のような、荒々しい昂ぶりが混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ