第5話 魔女は欲望を喰らう
ロイドスは、ソファに深く身を沈めたまま、ふと目を細めた。
ロイドス:「それで……黄金の手がかりは、あったんですか?」
静かな問いだった。
だが、その瞳だけが、ぎらりと鋭く光る。
ワッツは鼻を鳴らした。
椅子の背にもたれ、いかにも面倒くさそうに答える。
ワッツ:「ねぇよ。ガセだったんだろ」
忌々しげに舌打ちし、投げやりに吐き捨てた。
――だが。
ロイドスは、眉ひとつ動かさない。
それどころか、真顔のまま淡々と言った。
ロイドス:「嘘ですね」
ワッツ:「……なんだと?」
ワッツの目が、すっと細くなる。
鋭い視線が、ロイドスを射抜いた。
しかしロイドスは、その視線さえ面白がっているように、涼しい顔で受け流す。
ロイドス:「今日は何をしに来たんですか、ワッツさん」
声は静かだった。
その落ち着き払った態度が、かえってワッツの癇に障る。
しばしの沈黙。
部屋の中で、互いの視線だけがぶつかり合った。
やがて――。
ワッツ:「……チッ。敵わんな、オメェには」
ワッツは舌打ちしながら、ふっと口元を緩めた。
苦笑とも、皮肉ともつかない笑みだった。
ロイドスはその変化を見逃さない。
静かに、言葉を重ねる。
ロイドス:「ここに来たのは、何か“あった”からですよね」
ワッツは、くくっと喉を鳴らした。
そして、ロイドスの瞳を真っ直ぐ見返す。
ワッツ:「手下がな。そこで面白れぇ奴を見たって言うんだ」
ロイドス:「面白れぇ奴?」
ワッツ:「ああ。見ただけらしいがな」
ロイドスの眉が、わずかに寄った。
ロイドス:「どなたです?」
その問いに、ワッツの口角がゆっくりと吊り上がる。
ワッツ:「昔の仲間だった。シャルクスってやつだ」
そして、低く付け加えた。
ワッツ:「……知ってんだろ?」
その名が出た瞬間。
ロイドスの顔から、すっと笑みが消えた。
ロイドス:「シャルクスさん? さあ、知りませんね。どちら様でしょう?」
苦笑を浮かべ、肩をすくめてみせる。
しかし――。
ワッツの目は、まったく笑っていなかった。
ワッツ:「とぼけんな」
低く、鋭い声。
ワッツ:「そいつも黄金を狙ってんだ。オメェが知らねぇわけねぇだろ」
刃のような言葉が、二人の間に落ちた。
ロイドスは一度だけ視線を逸らし、困ったように顔を伏せる。
その仕草は、いかにも弱った者のそれだった。
だがワッツには分かっていた。
こいつは、追い詰められているわけじゃない。
ただ、次にどの嘘を吐くか――選んでいるだけだ。
――その瞬間だった。
メディル:「シャルクス・ラスパル、か」
隣室の扉が、ゆっくりと開いた。
きしり、と蝶番が小さく鳴る。
その音に続いて、ひとりの女が姿を現した。
ワッツ:「てめぇは……」
低く、喉の奥で唸るような声だった。
女がまとっている空気を感じ取った瞬間、ワッツの身体は勝手に動いていた。
腰が浮く。
次の瞬間には、ソファから立ち上がっている。
目の前の女は、妖しい笑みを浮かべたまま、音もなく歩み寄ってきた。
ワッツの目が、すっと細くなる。
ワッツ:「なんでテメェがここにいるんだぁ。メディル」
警戒を隠す気など、まるでない。
だが、その横でロイドスだけは、相変わらず涼しい顔をしていた。
ソファに腰掛けたまま、軽く肩をすくめる。
ロイドス:「あなたがしくじるからですよ」
あっさりと言い放った。
ロイドス:「ガスパー様がよこしたんです」
苦笑を浮かべ、やれやれと言わんばかりに続ける。
ワッツ:「ガスパーがねぇ」
ワッツは、ふっと鼻で笑った。
張りつめていた警戒が、ほんの少しだけ緩む。
その反応を楽しむように、メディルが口を開いた。
メディル:「シャルクスはね、バルデンの弟子だったハルト・ラスパルの息子さ」
ワッツ:「ほぉ……」
ワッツは腕を組み、ゆっくりと頷いた。
ワッツ:「だからあいつは、バルデンの黄金のことを知ってたのか」
メディルは、値踏みするような目でワッツを見つめる。
絡みつくような視線だった。
メディル:「勘のいい男は嫌いじゃないよ」
ワッツは鼻で笑い、その視線を受け流した。
ワッツ:「なるほどな」
そして、今度はロイドスへ目を向ける。
ワッツ:「シャルクスは、オメェらに追い出された貴族ってわけか」
ロイドス:「よしてくださいよ。人聞きが悪い」
ロイドスは、ゆっくりとソファから立ち上がった。
背筋を伸ばし、いつもの整った笑みを浮かべる。
ロイドス:「世の中は弱肉強食です」
淡々とした声だった。
ロイドス:「あなたなら、わかるでしょう?」
ワッツは一瞬だけ視線を逸らした。
そして、静かに頷く。
ワッツ:「……そうだな」
ロイドスは満足そうに頷くと、背中で手を組んだ。
ロイドス:「ところで」
そこで、わずかに間を置く。
ロイドス:「頼みたいことがあるんですが……」
その視線が、どこか媚びるようにワッツへ向けられた。
ワッツは露骨に顔をしかめる。
ワッツ:「またかぁ」
ロイドス:「ロメオドス街道でのお仕事に、戻っていただきたいんです」
ワッツの眉が、ぴくりと動いた。
ワッツ:「そっちで勝手に外しといてか」
ロイドス:「ええ、そうなんですが」
ロイドスは苦笑した。
ロイドス:「どうも商人どもが、腕利きの冒険者を護衛に雇ったようでしてね」
ロイドス:「ここのところ、失敗続きなんですよ」
ワッツ:「……腕利きの冒険者ねぇ」
ワッツは顎を撫でる。
少しだけ興味を引かれたように、目を細めた。
ワッツ:「黄金の方はどうすんだ」
ワッツ:「アーポットが相手なんだろ」
その言葉に、メディルが割り込んだ。
メディル:「それは、私がやることになった」
ワッツは、ゆっくりとメディルへ視線を向ける。
メディル:「アンタは大人しく、言われたことをやればいいのさ」
メディルは鋭い視線を向けたまま、舌で唇をなぞった。
ワッツ:「……」
ワッツは無言で睨み返す。
その不気味な仕草に、眉ひとつ動かさない。
沈黙を破ったのは、ロイドスだった。
ロイドス:「私もバックアップを頼まれています」
肩をすくめながら、軽く続ける。
ロイドス:「まあ、こちらのことは心配なさらなくても結構ですよ」
ワッツはしばらく黙っていた。
だが、やがて小さく息を吐く。
ワッツ:「分かったよ。受けてやる」
不満げな顔のまま、そう答えた。
ロイドスの顔に、満足げな笑みが浮かぶ。
ロイドス:「ありがとうございます。ガスパー様も、さぞお喜びになると思います
よ」
ワッツ:「そうかい」
投げやりに返すと、ワッツはそのまま踵を返した。
応接室の扉を開け、廊下へ出る。
扉が閉まる。
その音を背中で聞きながら、ワッツはひとり、誰もいない廊下を歩き出した。
そして――。
ワッツ:「あいつも、俺たちと同じだったのか」
ぽつりと落ちた呟きは、薄暗い廊下に静かに溶けていった。




