第6話 クリストファー・アーポットの襲来
ブルトス:「おい……まずいぞ。まさかアーポットが出てくるとはな」
ブルトスは低く呟いた。
周囲に聞こえないよう声を殺しながら、そっとカミーアの隣へ歩み寄る。
カミーア:「分かってる」
短く、吐き捨てるような返事だった。
眉間には深い皺が刻まれ、苛立ちは隠しきれていない。
だが――その瞳だけは、冷えていた。
感情に呑まれているわけではない。
目の前の状況を見極めようとする鋭い光が、まっすぐ前方へ向けられている。
ジャン:「姉さん、ここは引いたほうがよさそうですぜ」
ジャンも声を潜めて言った。
普段なら軽口の一つも叩く男だが、今はそんな余裕など欠片もない。
その顔には、はっきりと焦りが浮かんでいた。
カミーア:「……」
けれど、カミーアは答えなかった。
ただ――クリストファーと対峙するシャルクスの背中を、じっと見つめている。
シャルクス:「なんのことかな」
シャルクスは肩をすくめ、わざとらしくとぼけてみせた。
無駄だということは分かっている。
それでも、ほんの少しでも時間を稼げるなら――。
だが。
クリストファー:「お惚けか。やめときな」
クリストファーは余裕めいた笑みを浮かべたまま、ゆっくりと首を横に振った。
クリストファー:「また吹っ飛ばされるだけだぞ」
言葉は軽い。
まるで冗談でも言っているかのようだった。
しかし、その瞳の奥には、はっきりと攻撃の気配が宿っている。
シャルクス:「……っ」
シャルクスは言葉を失った。
額に汗が滲む。
喉が、嫌なほど渇いていた。
クリストファーの魔法の威力は、つい先ほど嫌というほど思い知らされたばかりだ。
シャルクス:(渡すしかないか……)
ゆっくりと、シャルクスは懐へ手を入れた。
指先に触れたのは――盗み出した小さな箱。
シャルクス:(……だけど)
これは、ただの盗品ではない。
バルデンの黄金へと繋がる、唯一の手がかり。
こんなところで、簡単に手放すわけにはいかなかった。
シャルクス:(もう……引くに引けねぇんだよ。こっちはよぉ)
シャルクスは静かに息を吐いた。
腹は括った。
あとは、口を開くだけ――。
その時だった。
カミーア:「あんたに先を越されてたようだね、シャル」
背後から、聞き慣れた声が飛んできた。
シャルクス:「カミーア……」
シャルクスはゆっくりと振り返る。
視線がぶつかった。
カミーアの瞳には、いつもの強気な光が宿っている。
だが、その奥には――言葉にしない何かが潜んでいた。
シャルクスは、それを一瞬で察した。
カミーア:「仕方ないね」
カミーアは肩をすくめ、わざとらしくため息をつく。
カミーア:「あたいらは、おとなしく退散することにするよ」
そう言って、ちらりとブルトスとジャンへ目配せした。
二人は無言でうなずく。
そして三人は、そのまま背を向け、ゆっくりと森の奥へ歩き出した。
その背中へ、からかうような声が飛ぶ。
クリストファー:「おいおい。彼氏が困ってるってぇのに、見捨てる気かぁ?」
カミーアの足が、ぴたりと止まった。
ゆっくりと振り返る。
カミーア:「そ、そんなんじゃない!」
頬がわずかに赤く染まる。
カミーアは慌てたように視線を逸らした。
その声には焦りと――ほんの少しだけ、否定しきれない響きが混じっていた。
カミーア:「あたいはね、伝説の冒険者の息子にケンカ売るようなバカじゃないんだよ!」
クリストファー:「へぇ」
クリストファーは、にやりと口角を上げた。
クリストファー:「俺はそういうバカ、けっこう好きだけどな」
余裕たっぷりの笑みだった。
シャルクス:「……もう、こいつらは関係ないだろ」
その時、シャルクスが静かに口を開いた。
懐へ手を入れ、小さな箱を取り出す。
クリストファー:「ほう」
クリストファーの視線が、カミーアからシャルクスの手元へと移った。
シャルクス:「あんたが用があるのは……こいつだろ」
シャルクスは、箱を差し出した。
クリストファー:「いい心掛けだ」
クリストファーが手を伸ばす。
――その瞬間。
カミーア:「今だ!」
カミーアの叫びが、夜の森に響いた。
同時に、ブルトスとジャンが弾かれたように走り出す。
三人は一斉に森へ向かい、全速力で駆け出した。
クリストファーの視線が、ほんの一瞬だけそちらへ流れる。
その刹那。
シャルクス:「カミーア!」
シャルクスは差し出したはずの箱を素早く引き戻し、疾走するカミーアへ向かって思いきり放り投げた。
箱は夜空を滑るように飛ぶ。
美しい放物線を描きながら、一直線にカミーアのもとへ向かった。
カミーアの手が伸びる。
パシッ。
小さな箱は、見事にその手の中へ収まった。
シャルクス:「よし……!」
シャルクスは小さく拳を握りしめた。
胸の奥から、安堵の息が漏れる。
――だが。
クリストファーの笑みは、まったく崩れていなかった。
クリストファー:「やるな」
むしろ、楽しそうですらある。
クリストファー:「だが――」
その瞳が、鋭く細まった。
クリストファー:「俺はそんなに甘くねぇぞ」




