第12話 勝ちゃあいいんだよ
ワッツは振り下ろされる斬撃を受け止めながら、じりじりと後退していた。
ギリ……ッ。
靴底が砂を削る。
踏ん張るたび、地面に深い跡が刻まれていく。
荒い息。
上下する肩。
握りしめた剣闘士の剣の柄にも、血と汗が滲んでいた。
そのとき――
レックス:「どうした、ワッツ!」
鋭い声が、庭園に響き渡った。
レックス:「お前の勝利への執念……その程度かあ!」
叱咤か。
挑発か。
その叫びに、ワッツの目がぎらりと光った。
ワッツ:「ふざけんなあッ!」
怒号とともに、ワッツが踏み込む。
だが、その狙いはカミーアではなかった。
レックス。
ブンッ!!
剣闘士の剣が大きく振り上げられ、一直線に振り下ろされる。
空気を叩き割るような剛剣が、レックスへ迫った。
――だが。
ガキィンッ!!
激しい金属音が弾けた。
ワッツの刃を受け止めたのは、レックスではない。
カミーアだった。
レディの剣が剣闘士の剣を真正面から受け止める。
火花が散り、二人の足元で砂が跳ねた。
レックスはそれを見て、ニヤリと笑う。
そして、何事もなかったように一歩、後ろへ下がった。
カミーア:「言ったろ……」
押し込まれながらも、カミーアは笑っていた。
カミーア:「お前の相手は、“あたい”だって」
ワッツ:「……なんだと?」
ワッツは思わず目を見張る。
今まで見たことのない顔だった。
怯えはない。
迷いもない。
ただ、剣を交えるこの瞬間を、真正面から受け止めている目だった。
カミーア:「もっと楽しもうじゃないか、ワッツ」
レディの剣を構え直す。
カミーア:「お互いにな」
ワッツ:「……言ってくれるじゃねぇか」
ワッツは小さく息を吐いた。
それから、ゆっくりと剣闘士の剣を下げる。
正面から、カミーアと向き合った。
カミーア:「そりゃあっ!」
ワッツ:「おりゃあッ!」
ガキィンッ!!
二人の剣が激しくぶつかり、火花が弾け飛ぶ。
カミーアは風のように踏み込んだ。
右へ。
左へ。
上段から斬り込み、次の瞬間には足元を狙う。
休む間もない連撃。
だが、ワッツも退かない。
ドンッ!!
振り抜かれた剣闘士の剣が、カミーアの剣ごと身体を押し返す。
速さのカミーア。
力のワッツ。
鋭い刃と、豪快な剛剣。
まるで嵐と岩がぶつかり合うような激突だった。
カミーアの刃が、ワッツの腕を裂く。
ワッツの剛剣が、カミーアの足元を抉る。
一撃ごとに傷が増えていく。
一合ごとに呼吸が荒くなる。
それでも――
二人の口元には、いつしか笑みが浮かんでいた。
レックス:「そうだ……」
少し離れた場所で、レックスが腕を組んだまま呟く。
レックス:「もっとだ。もっと楽しめ」
剣戟の音が、庭園に響き続ける。
レックス:「楽しめば楽しむほど、それは力になる」
その視線は、真っ直ぐ二人へ向けられていた。
レックス:「未来を手にする力となるんだ」
いつの間にか、庭園の入口に二つの影が立っていた。
リーアとセドウィックだ。
二人は何も言わない。
ただ、中央でぶつかり合う二人の剣を見つめていた。
さらに――
屋敷の扉が開く。
シャルクスとクリスが外へ出てきた。
シャルクス:「カミーア……ワッツ……」
思わずこぼれた声。
だが、誰も止めない。
誰も口を挟まない。
庭園の中央で、二人の剣だけが何度も何度もぶつかり合っていた。
やがて――
カミーアの剣筋が、わずかに鈍る。
ワッツの一撃からも、少しずつ勢いが消えていく。
互いに限界は近い。
それでも二人は、ふらつく足を踏みしめ、ゆっくりと距離を取った。
荒い呼吸だけが、庭園に残る。
レックス:「オメェらの未来は、この先にある」
その声に、二人は再び剣を構えた。
折れかけた膝を持ち上げる。
震える指で、柄を握り直す。
最後の一撃へ。
レックス:「その力を使って――未来を掴み取れぇ!」
レックスが拳を高く掲げた。
その瞬間。
シャルクス:「カミーア!」
叫びが、火蓋を切った。
カミーア:「あああああああッ!」
ワッツ:「おおおおおおッ!」
二人は同時に地を蹴った。
限界を超えた身体を、無理やり前へ押し出す。
一直線に。
互いの刃だけを見据えて。
ワッツの剣闘士の剣が唸りを上げる。
カミーアは、迫る刃を紙一重でかわした。
風が頬を裂く。
髪が舞う。
そして、次の瞬間。
ズブッ。
鋭い感触とともに、刃が肉を貫いた。
ワッツの胸を貫いていたのは――
レディの剣だった。
カミーア:「……」
カミーアは剣を突き刺したまま、そっと目を閉じる。
震える呼吸。
止まった剣戟。
静まり返る庭園。
やがて――
ワッツ:「いい女になったじゃねぇか……」
かすれた声が、漏れた。
カミーアは、はっと目を開く。
ワッツ:「やっぱ俺の見立て通りだったな……」
血に濡れた口元で、ワッツはうっすらと笑っていた。
カミーア:「……わりぃな」
声が震える。
カミーア:「お前の女になれなくて」
ぽたり、と。
カミーアの頬を涙が伝った。
ワッツ:「いいんだよ……」
ワッツは苦しげに息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。
その視線は、カミーアの向こうへ向かう。
ワッツ:「これからの……長い人生……」
その先には、シャルクスが立っていた。
ワッツ:「あいつと……いっぱい楽しみな」
シャルクス:「ワッツ……」
シャルクスは、ただ名を呼ぶことしかできなかった。
カミーア:「……あばよ」
短く呟き、カミーアはレディの剣を引き抜いた。
ズルリ、と刃が抜ける。
ワッツの身体が、ぐらりと揺れた。
カミーアは振り返らない。
そのまま静かに歩き出す。
向かった先は――シャルクスの元だった。
二人は言葉を交わさなかった。
ただ自然に、互いの身体を抱き寄せる。
カミーアの肩が、小さく震えていた。
その背後で――
ワッツ:「勝ちゃあいいんだよ……!」
突然、声が響いた。
ワッツ:「勝ちゃあなッ!!」
叫びとともに、ワッツの膝が折れる。
ドサッ。
重い音を立てて、ワッツの身体が地面へ倒れ込んだ。
静寂。
誰も動かない。
誰も言葉を発しない。
レックス:「見事だ……ワッツ」
その場に立ったまま、レックスは静かに呟いた。
レックス:「実に、見事だった」




