エピローグ
バルデンの黄金を巡る騒動が終わってから――
気がつけば、半月が過ぎていた。
アーポット亭に預けられていた黄金は、最終的にシャルクスの判断で、ラスパル家復興の資金として使われることになった。
その管理を任されたのは、アーポット商会。
もちろん、その決定に納得していない者もいる。
リーア:「なんで全部持ってっちゃうのよ」
腕を組み、リーアはぷくっと頬を膨らませた。
目の前にあった黄金の山。
結局、ほとんど手をつけることもなく終わったのだから、文句の一つも言いたくなる。
一方、その黄金を託した当のシャルクスはというと――
今は王都オーディビルで、クリストファー・アーポットのもとに身を寄せていた。
アーポット商会の一員として、商いを学ぶ日々。
帳簿。
取引。
交渉。
これまで剣ばかり握ってきた男が、今では羽ペン片手に、数字と格闘している。
そして、その暮らしを同じ屋根の下で見ているのが、カミーアだった。
父から受け継いだ盗賊団は、すでに解散させた。
ブルトスやジャンたち、彼女に賛同した者たちとともに、新しい道を歩み始めている。
商隊の護衛。
盗むのではなく、守る仕事。
それが、今のカミーアたちの生業だった。
そして今――
彼らは久しぶりに、レクリコスの街を訪れていた。
場所は、冒険者や荒くれ者が集うことで知られる、シドの酒場。
昼間だというのに、店の中は相変わらず騒がしい。
酒の匂い。
笑い声。
怒鳴り声。
木の椅子が軋み、ジョッキがぶつかる音があちこちで響いている。
その喧騒の中で――
彼らは、再び顔を揃えていた。
レックス:「ははは。兄さんらしいね」
グラスを傾けながら、レックスが腹を抱えて笑う。
クリストファー:「だろう?」
クリストファーも豪快に笑い、隣で小さくなっているシャルクスの肩を、バンバンと叩いた。
クリストファー:「こいつが思った以上に使える奴で助かってるんだよ」
その勢いに押され、シャルクスは困ったように笑うしかない。
シャルクス:「い、いや……そんな……」
だが――
クリストファー:「それよりもよぉ」
ふいに、クリストファーの声が変わった。
陽気に笑っていた口元が止まる。
鋭い視線が、まっすぐレックスへ向けられた。
クリストファー:「オメェ、この間シャルクスになんか吹き込んだだろ」
その一言に、シャルクスの顔がみるみる引きつった。
シャルクス:「……っ」
視線が泳ぐ。
一方のレックスは、少しも動じない。
ゆっくりとグラスを口元へ運んだ。
レックス:「なんのことでしょうか?」
涼しい声だった。
クリストファー:「とぼけんじゃねぇよ」
クリストファーは舌打ちまじりに言う。
クリストファー:「こいつに、ぼこぼこに言い負かされたんだよ」
シャルクス:「あ、あれは……!」
慌てて言い訳しようとしたシャルクスを、レックスが片手を上げて制した。
レックス:「どうせあなたが短気を起こして、シャル君を困らせたんでしょう」
椅子に深くもたれ、レックスは両腕を広げて肩をすくめる。
レックス:「魔力と態度ばかりでかくなりやがって。シャル君はよくやってますよ」
そう言うと、身を乗り出し――ポン、とシャルクスの肩を軽く叩いた。
クリストファー:「うるせぇな……!」
気まずさを誤魔化すように、クリストファーはグラスを掴み、酒をぐいっとあおる。
クリストファー:「バカのくせに口ばっか達者になりやがって……覚えてろよ、この野郎」
レックス:「もう忘れました」
即答だった。
あまりにも迷いのない返事に、クリストファーの眉がぴくりと跳ねる。
クリストファー:「もう忘れただと!?」
顔を真っ赤にし、手にしていたグラスをドンッとテーブルへ叩きつけた。
酒が縁から少し跳ねる。
レックス:「お、やりますか?」
レックスは椅子に座ったまま、のんびりと肩を回した。
そして、両拳を軽く揺らしてみせる。
レックス:「喧嘩弱ぇのにやりますか? またぼこぼこになりますよ」
クリストファー:「ぐっ……!」
痛いところを突かれたクリストファーが、悔しそうに歯を噛みしめる。
しばらく唸ったあと――
クリストファー:「やらねぇよ!」
乱暴に吐き捨てた。
クリストファー:「どうせ汚ねぇ真似するんだろ、お前は!」
レックス:「それ、兄さんのことじゃないですか」
さらりと返すレックス。
そのすぐ横で。
シャルクスはそっと席を立ち、気配を消すように離れていった。
クリス:「ご苦労様です」
柔らかな声がかかる。
カウンター席で酒を飲んでいたクリスの隣へ、シャルクスは静かに腰を下ろした。
シャルクス:「あの二人、昔からあんな調子なのかい」
呆れ半分の声で問いながら、シャルクスは店内へ視線を向ける。
そこでは、レックスとクリストファーが、まだテーブルを挟んで火花を散らしていた。
今にも殴り合いになりそうな勢いである。
シャルクスは苦笑し、カウンター越しに声をかけた。
シャルクス:「シド。あの二人、昔からあんな感じなのか?」
店主シドはグラスを磨きながら、その様子を楽しそうに眺めていた。
シド:「変わんねぇよ、あいつらは」
肩を揺らして笑う。
シド:「ガキの頃からずっとあんな調子だ」
シャルクス:「そうか……」
その笑い声を聞きながら、シャルクスはふと視線を落とした。
脳裏をよぎるのは、兄――ドナルドの姿。
一瞬だけ、胸の奥に懐かしいものが触れた。
すると、シドがふっと笑う。
シド:「これからは、あいつらが身内みてぇなもんだ」
そう言って、シドはカウンターの上に酒の入ったグラスを置いた。
シド:「面白ぇ奴らでよかったじゃねぇか」
にかっと笑う店主に、シャルクスもつられて小さく笑った。
シャルクス:「……ああ」
グラスを軽く掲げ、静かに酒を口へ運ぶ。
そのとき――
クリス:「あっちでも、なにかやってますよ」
クリスが、ふと店の奥を指差した。
シャルクスがそちらへ視線を向けると――
リーアとエリーゼが、何やら激しく言い争っていた。
リーア:「だから、それは違うって言ってるでしょ!」
エリーゼ:「違いませんわ! あなたの考え方が乱暴すぎるんです!」
その真ん中で、カミーアが両手を広げていた。
カミーア:「おいおい、二人とも落ち着けって!」
クリス:「あらあら……」
クリスは苦笑しながら肩をすくめる。
クリス:「カミーアさん、お気の毒に」
シャルクスとクリスは、どこか他人事のようにその光景を眺めながら、ゆっくりと酒を飲んだ。
笑い声。
怒鳴り声。
グラスのぶつかる音。
今日も、シドの酒場は変わらず騒がしい。
――アーポット亭の黄金 完




