第9話 金貨が教えてくれた真実
シャルクスは、手の中の金貨を見つめた。
脈打つような熱が、掌に伝わってくる。
淡い光が指の隙間から漏れ、鼓動のように明滅していた。
シャルクス:「……導いてくれているのか」
小さく呟き、顔を上げる。
その視線の先――
窓際に立つリリィナを、真っ直ぐに捉えた。
リリィナ:「……」
リリィナは何も言わない。
だが、氷の仮面のように動かなかったその顔が、わずかに揺れていた。
彼女の視線は、シャルクスの手元に釘付けになっている。
光を放つ、一枚の金貨に。
シャルクスはその反応を見て、口元を吊り上げた。
シャルクス:「こいつも欲しいか!」
戦場の喧騒を裂くように、声を張り上げる。
その瞬間――
リリィナ:「ぐっ……!」
リリィナの顔が苦悶に歪んだ。
思わず、視線を逸らす。
シャルクスは金貨を強く握り直した。
そして――
シャルクス:「バルデンの……最後の黄金だ!」
腕を振りかぶる。
シャルクス:「受け取れ!」
ヒュッ――
金貨が宙へ放たれた。
光の尾を引きながら、ゆるやかな弧を描いて飛んでいく。
その先にいるのは――リリィナ。
「――!」
リリィナの瞳が、大きく見開かれた。
迫りくる金貨が、彼女の視界いっぱいに映る。
くるくると回転する金貨。
その表面に刻まれていたのは――
一人の女性の横顔だった。
気高く、誇り高い面影。
それは。
若き日の、リリィナ自身だった。
リリィナ:「……私は、何ということを……」
かすれた声が、ぽつりと漏れる。
彼女の瞳は、宙を舞う金貨を追っていた。
その手が、ゆっくりと伸びていく。
まるで、抗えない何かに導かれるように。
――その瞬間。
クリス:《雷よ!》
鋭い詠唱が、空気を裂いた。
メディルの猛攻のわずかな隙を突き、クリスの杖先から稲妻が走る。
黒い爪の脇をすり抜け――
一直線に、宙を舞う金貨へ。
バリバリッ――!!
雷をまとった金貨が、爆ぜるような眩い光を放った。
だが。
リリィナは、ためらわなかった。
灼けるような輝きを放つ金貨を、迷いなく握りしめる。
次の瞬間――
リリィナ:「ぐぎゃああああああッ!!」
部屋に響き渡ったのは、リリィナの声ではなかった。
それは――
メディルの断末魔だった。
同時に、クリスと対峙していたメディルの分身が、霧のように崩れ落ちる。
黒い輪郭がほどけ、空気に溶けるように消えていった。
衛兵たちは、その異様な光景に息を呑む。
だが、異変はまだ終わらない。
リリィナの身体が、ぐにゃりと歪んだ。
皮膚が波打つ。
骨が軋む。
肉体が内側から引き裂かれるように、形を変えていく。
リリィナ。
次の瞬間には、メディル。
そして――ガスパー。
三つの姿が、目にも留まらぬ速さで入れ替わった。
まるで、三つの魂がひとつの肉体を奪い合っているかのように。
衛兵:「な、なんだこれは……」
震える声が漏れる。
それでも変化は止まらない。
リリィナへ。
メディルへ。
ガスパーへ――。
狂ったように姿が入れ替わり続ける。
そして、やがて。
ぴたりと、止まった。
そこに立っていたのは――
ガスパーだった。
直後。
ガスパーの胸元から、ふっと二筋の光が抜け出した。
淡く揺らめく、二つの光。
それは――
リリィナとメディルの魂だった。
二つの光は絡み合うように寄り添いながら、ゆっくりと宙へ昇っていく。
天井へ届く頃には、無数の淡い光の粒となり――
静かに消えていった。
あとに残ったのは。
重く落ちる静寂と――
その場に立ち尽くす、ガスパーの身体だけだった。
ガスパー:「……はっ」
ガスパーは、呆然と息を漏らした。
ガスパー:「儂は……何を……?」
混乱した視線が、室内をさまよう。
そのとき――
シャルクス:「ふざけんな」
低い声が、静寂を切り裂いた。
シャルクスだった。
漆黒の剣を肩に軽く当て、コツンと鳴らす。
シャルクス:「たとえお前の意思じゃなかったとしても――お前がやったことを、俺は絶対に許さねぇ」
鋭い視線が、ガスパーを射抜く。
その横で、クリスも杖を肩に担いだ。
クリス:「それに……女の後ろに隠れて逃れようなんて、男のすることじゃありませんよ」
冷ややかな声だった。
ガスパー:「……」
二人の視線に射抜かれ、ガスパーはわずかに後ずさる。
喉が鳴った。
やがて、助けを求めるように視線をさまよわせ――
残っていた三人の衛兵へ向ける。
ガスパー:「お、おい……お前ら! 何をしておる! こいつらを斬れ!」
だが。
衛兵たちは、動かなかった。
やがて一人が、静かに剣を下ろす。
衛兵:「我々は……化け物の兵ではない」
ガスパー:「なにぃ……?」
ガスパーの顔が引きつった。
三人の衛兵は互いに顔を見合わせ、小さく頷き合う。
そして――
くるりとガスパーに背を向けた。
そのまま、何も言わず部屋を出ていく。
重い扉が。
ドン……と鈍い音を立てて閉まった。
広い室内に、虚しい残響だけが残る。
その静寂の中。
クリスは倒れた衛兵のそばに転がっていた剣を拾い上げた。
くるりと軽く回し――
ヒュッ。
ゆるやかな放物線を描いて、ガスパーの足元へ投げる。
カラン、と乾いた音が響いた。
クリス:「最後くらい――ご自分で戦ったらどうです」
ガスパーは、足元の剣を見下ろしたまま動かない。
ただ、呆然と立ち尽くしていた。
その姿に――
シャルクスの苛立ちが、ついに弾けた。
シャルクス:「来いよ、ガスパー」
漆黒の剣を構える。
低く、はっきりとした挑発だった。
シャルクス:「かかって来いと言ってるんだ!」
怒号が室内に響く。
ビクッ、とガスパーの肩が大きく震えた。
ガスパー:「う、うがっ……」
怯えたように後ずさる。
だが、次の瞬間。
ガスパー:「うがあああああッ!!」
ガスパーは足元の剣を掴み取った。
獣のような叫び声を上げ、一直線にシャルクスへ突進する。
だが。
シャルクス:「フン」
シャルクスは、ほんの一歩。
軽く身体をずらしただけだった。
ガスパーの剣が、虚しく空を切る。
その瞬間――
無防備にさらされた胴へ。
漆黒の刃が、静かに閃いた。
ザシュッ。
ガスパー:「ぐああっ!」
ガスパーの身体が大きくよろめき、床へ転がった。
そのまま――
ぴくりとも動かなくなる。
静寂。
シャルクスはゆっくりと剣を下ろし、短く息を吐いた。
そして、ぽつりと呟く。
シャルクス:「……終わったよ、兄さん」
手に握られていた漆黒の剣は――
霧が溶けるように、静かに消え去った。




