第6話 夫婦狂乱乱舞
セドウィック:《地の精霊よ、ここに!》
高らかな詠唱が、戦場の空気を裂いた。
次の瞬間――
ゴゴゴゴゴゴゴォォ――!!
大地が唸った。
まるで怒りに目覚めた獣が、地の底から身を起こすように。
衛兵:「な、なんだ!?」
衛兵:「うわああっ!?」
足元が激しく揺れる。
敷き詰められた石畳が波のようにうねり、盛り上がり、整然と並んでいた衛兵たちの陣形を根こそぎ引き裂いた。
盾がぶつかる。
槍が跳ねる。
押し合いへし合いになった隊列は、一瞬で見る影もなく崩れ去った。
その中心で、隆起した土砂が渦を巻く。
石を巻き込み、砂塵を噴き上げながら、天へと伸びる。
やがてそれは、ひとつの巨体を形作った。
岩と土で編み上げられた、人の数倍はあろうかという巨躯。
ゴーレム:「グオオオオオ……!」
大地の魔力を宿した怪物が、完全に姿を現す。
その咆哮だけで、空気がびりびりと震えた。
ゆらり、と。
山のような腕が持ち上がる。
その影が、逃げ惑う衛兵たちを覆い尽くした。
衛兵:「ひっ……!」
次の瞬間――
ドガァァンッ!!
振り下ろされた拳が、石畳を粉々に砕いた。
爆ぜた石片が飛び散り、衝撃波が砂塵を巻き上げる。
逃げ遅れた衛兵たちは、悲鳴を上げる暇もなくまとめて吹き飛ばされた。
ロイドス:「ま、まずいですよぉぉぉぉっ!?」
物陰から様子を窺っていたロイドスが、情けない声を上げた。
腰を抜かしかけながらも、咄嗟に方向転換。
衛兵たちに紛れ込むようにして、全力で逃げ出す。
ロイドス:「い、命あっての物種ですからねぇぇぇぇぇ!」
叫び声だけは、なぜかやたらと元気だった。
キンッ! キィンッ!
鋼がぶつかり合う乾いた音が、戦場に連続して響く。
レックスは目の前の衛兵と刃を交えながら、ほんの一瞬だけ視線を遠くへ走らせた。
土煙の向こう。
巨大な影が暴れ回っている。
ゴォンッ! ドガァンッ!
岩の腕が振るわれるたび、衛兵たちがまとめて宙を舞った。
セドウィックの召喚したゴーレムが、戦場を真正面から蹂躙していた。
レックス:「ははっ……やるなあ、セドウィックさん」
軽く肩をすくめながら、レックスは目の前の衛兵の剣を弾く。
次の瞬間――
ザンッ!
鋭い一閃。
衛兵は声もなく地面へ崩れ落ちた。
レックスは剣をひと振りして血を払うと、すぐ近くで戦っていたリーアの方へ歩み寄る。
リーア:「セドウィックも手が空いたみたいね」
組み合っていた衛兵の腹へ、リーアは容赦なく蹴りを叩き込んだ。
ドスッ!
衛兵が吹き飛び、砂埃の中を転がっていく。
リーアはそのまま振り返り、レックスを見た。
その瞳には、戦場の熱に浮かされたような鋭い光が宿っている。
レックス:「よし!」
剣を軽く回し、構える。
レックス:「一気に片をつけるぞ」
リーア:「あいよお」
二人は肩を並べ、迫り来る衛兵の群れに向き直った。
呼吸が合う。
視線が合う。
そして――
レックス:「夫婦狂乱乱舞ッ!」
掛け声と同時に、二人は地面を蹴った。
ダンッ!!
雷のような速度で加速し、衛兵の一団へ真正面から突っ込む。
キィンッ! ザンッ! ガンッ!
剣閃が交差する。
風が裂ける。
レックスの重く鋭い斬撃が敵の防御ごと押し潰し、リーアのしなやかで読めない短剣が、その隙間を縫って急所を刻む。
一人が崩れれば、もう一人が踏み込む。
一人が弾けば、もう一人が斬り込む。
まるで嵐の中心。
二人の連携に飲み込まれた衛兵たちは、なすすべもなく次々と地面へ叩き伏せられていった。
そのときだった。
リーア:「あれ……?」
斬り払った勢いのまま、リーアの視線がふと一点で止まる。
土煙の向こう。
物陰から物陰へ、こそこそと逃げ回る影があった。
顔面蒼白で、必死に戦場を抜けようとしている男。
ロイドスだ。
リーア:「……あいつ」
リーアの目が、すっと細くなる。
次の瞬間。
彼女は戦列から一歩で方向を変えた。
ダッ!!
一直線にロイドスを追い、戦場を駆け抜ける。
ロイドスは屋敷の裏庭へ、転がり込むように逃げ込んだ。
膝に手をつき、肩で荒く息をする。
ロイドス:「はぁ……はぁ……」
恐る恐る周囲を見回した。
裏庭は静まり返っている。
風に揺れる木々が、ざわざわと葉を鳴らすだけで、人の気配はない。
ロイドス:「ふう……ここは大丈夫そうですね……」
胸を撫で下ろし、ほっと息を吐く。
――その瞬間だった。
リーア:「おまえーッ!!」
甲高い叫び声が、背後から炸裂した。
ロイドス:「しまったぁっ!?」
振り返るよりも早く――
ダダッ!
リーアが猛スピードで駆け寄り、ロイドスの肩を掴んだ。
ガシッ!
リーア:「おい」
ロイドス:「うわああああっ!!」
その瞬間、ロイドスは崩れ落ちた。
勢いよく地面に額を打ちつける寸前で――
土下座。
ロイドス:「ごめんなさいぃぃ! でも私は無関係なんですぅ! 悪いのはガスパー様で、私はただ騙されて悪いことを……!」
額を地面に擦りつけながら、ものすごい勢いで弁明をまくし立てる。
リーアは腕を組み、その様子をじっと見下ろしていた。
リーア:「んなこと、どうでもいいんだよ」
ロイドス:「ふへ?」
ロイドスが恐る恐る顔を上げる。
そこには、じっと睨みつけるリーアの顔があった。
リーア:「ウチを襲撃した暗殺者、雇ったの――お前だろ」
ロイドス:「まあ、そうですが」
あっさり認めながら、ロイドスはよろよろと立ち上がる。
だがその瞬間、リーアの視線がさらに鋭くなった。
リーア:「天井裏に忍ばせやがってさ」
腕を組んだまま、リーアは顎をしゃくる。
リーア:「おかげで天井に大穴開いたんだよ。修理代、よこせ」
スッ――
当然のように、右手を差し出した。
ロイドス:「カツアゲですか……こんな時に……」
ロイドスは半目になり、呆れた顔でリーアを見る。
リーア:「頼むよ」
突然、リーアは両手を合わせた。
リーア:「レックスの奴、物壊すとすぐ怒るんだよ」
しおらしくお願いポーズ。
ロイドス:「当たり前のことだと思いますけどね」
ロイドスは心底嫌そうな顔をした。
ロイドス:「嫌ですよ。ガスパー様に請求してください」
きっぱりと言い切る。
リーア:「どうしてもダメぇ?」
リーアは急に声を甘くし、腰をくねらせた。
色仕掛けのつもりらしい。
ロイドス:「ダメです」
即答だった。
一切の迷いがなかった。
リーア:「それじゃあ――」
リーアは小さく息を吐き、
リーア:「えい」
ザシュッ。
短剣が、ロイドスの胸に突き刺さった。
ロイドス:「うっ……」
ロイドスは胸に手を当て、ぽかんとした顔で呟く。
ロイドス:「なに、このやられ方……」
次の瞬間。
すとん。
糸が切れた人形のように、ロイドスは真後ろに倒れた。
ドサッ。
静かな裏庭に、鈍い音が落ちる。
リーア:「ちょっと可哀想だったかな……」
倒れたロイドスを見下ろし、リーアはほんの少しだけ眉を寄せた。
――そのとき。
背後から、低い声が降ってくる。
レックス:「その“天井に大穴開けた件”――」
いつの間にか立っていたレックスが、腕を組んでいた。
レックス:「あとで詳しく聞かせてもらうからな」
リーアは視線を逸らし、気まずそうにへらりと笑った。
リーア:「あたしのせいじゃ……ないよ……」




