第5話 あいつの背を追いかけて
クリス:《雷よ!》
高らかな詠唱が、戦場の空気を震わせた。
次の瞬間――空が裂ける。
幾筋もの蒼白い稲妻が天より落ち、赤い甲冑の衛兵たちの頭上へ容赦なく叩きつけられた。
バチィィィンッ!!
密集していた隊列を、暴れ狂う電流が一気に駆け抜ける。
「ぐああああっ!?」
悲鳴が連鎖した。
焦げた金属の匂いが立ち込め、白煙がもうもうと上がる。槍も盾も意味をなさず、衛兵たちは次々と膝をついた。
リーア:「そりゃそりゃそりゃああっ!」
雷光の残滓を切り裂き、リーアが地を蹴った。
その姿は、一陣の風。
両手の短剣が閃くたび、火花が散り、赤い甲冑に亀裂が走る。
すれ違いざまに一人。
振り向きざまに、もう一人。
声を上げる暇すら与えない。
衛兵たちは糸の切れた人形のように、次々と地面へ崩れ落ちていった。
レックス:「はあっ!」
鋭い踏み込み。
迫る剣を紙一重で受け流し、突き出された槍を身体をひねってかわす。
流れるような足さばきで戦場を抜け、レックスは銀の剣を振るった。
キィンッ――!
衛兵の武器が宙を舞う。
体勢を崩したその懐へ、迷いのない一閃が叩き込まれた。
誰ひとり、その軌跡を捉えられない。
気づいた時には、もう遅い。
レックスの剣は次の敵へと向かっていた。
カミーア:「はあっ!」
振り抜いた刃から、青白い光が奔った。
ビシィッ――!
光の軌跡が宙を裂き、傷を負ったシャルクスへ迫っていた衛兵たちをまとめて薙ぎ払う。
甲冑ごと弾き飛ばされた男たちが、石畳の上を転がった。
カミーアは一歩も退かない。
背後には、膝をつくシャルクス。
そして、その傷を癒やすセドウィックがいる。
ならば――ここは通さない。
シャルクス:「ぐっ……!」
歯を食いしばり、シャルクスが身体を起こそうとした。
前に立つカミーアの背中が、視界に焼きついて離れない。
だが。
セドウィック:「まだ治癒が終わっていない。無理をするな」
淡い治癒の光を絶やさぬまま、セドウィックが制した。
シャルクス:「……もう、大丈夫だ」
それでもシャルクスは、ふらつきながら立ち上がる。
膝が笑う。
それでも、立つ。
ザンッ!
カミーアの一閃が、最後の衛兵を斬り伏せた。
赤い飛沫が舞い、戦場に一瞬の静けさが落ちる。
カミーアはすぐさま踵を返し、シャルクスのもとへ駆け寄った。
カミーア:「ここは場所が悪い。向こうへ行こう」
三人がその場を離れようとした――その時。
ワッツ:「そいつもロッドも、結局――黄金の因縁からは逃げられなかった」
背後から、低い声が落ちた。
三人は、はじかれたように振り向く。
ワッツ:「それはお前も俺も同じだ。……なあ、カミーア」
そこには、いつの間にかワッツが立っていた。
剣闘士の剣を背負い、いつものように不敵に笑っている。
だが、その目だけは笑っていなかった。
カミーア:「……ワッツ……」
ワッツ:「ついてきな」
ワッツは顎をしゃくる。
ワッツ:「終わらせようじゃないか――この、くそったれな因縁をよぉ」
吐き捨てるようにそれだけ言い残し、ワッツは背を向けた。
迷いのない足取りだった。
呼び止める余地もない。
拒む余地もない。
ただ、その背中だけが遠ざかっていく。
カミーア:「……」
カミーアは動けなかった。
追わなければならない。
そう分かっているのに、足が前へ出ない。
気づけば、拳は白くなるほど握りしめられていた。
シャルクス:「……なにやってるんだ」
背後から声がした。
カミーアは、はっとして振り返る。
カミーア:「シャル……」
シャルクスは、まだ顔色が悪い。
それでも、こちらをまっすぐ見ていた。
シャルクス:「いつだって、あいつの背中を追いかけてたんだろ?」
カミーア:「……」
シャルクス:「今行かないで、どうする」
その一言に、カミーアの視線が揺れた。
けれど、すぐに唇を噛む。
カミーア:「……だけど」
シャルクス:「行くんだ、カミーア」
シャルクスは一歩も引かなかった。
シャルクス:「俺なら大丈夫だ」
そして、ワッツが消えていった方へ目を向ける。
シャルクス:「あいつの背中を追いかけて――追い抜かしてやれ」
カミーアは顔を上げた。
その目に、もう迷いはなかった。
カミーア:「……うん。行ってくる」
強く頷く。
次の瞬間、カミーアは地を蹴った。
ワッツの背中を追って、一直線に駆け出していく。
その姿が遠ざかっていくのを見送りながら、セドウィックが静かに近づいてきた。
セドウィック:「……これで、よかったのかな」
シャルクスはしばらく黙っていた。
やがて、かすかに笑う。
シャルクス:「ああ……お前らが、勝たせてくれるんだろ」
弱々しい声だった。
それでも、その瞳には確かな信頼があった。
セドウィックは、ふっと微笑み返す。
シャルクス:「俺も行かなきゃ……うっ」
一歩、踏み出した瞬間。
ぐらり、と身体が傾いた。
膝が折れ、そのまま前のめりに崩れかける。
セドウィック:「だから、無理をするなと言っただろ」
すかさず背後から支え、シャルクスの身体を抱き留める。
治癒の光は、まだ完全に傷を塞ぎきっていなかった。
シャルクス:「奴は……俺が……」
震える声。
視線の先には、ガスパーが消えていった屋敷の玄関扉がある。
あの男だけは、自分の手で――。
その時だった。
クリス:《雷よ!》
鋭い詠唱が、空気を裂いた。
次の瞬間、シャルクスの視界の端で――
バチィィッ!!
忍び寄っていた衛兵に、蒼白い稲妻が直撃する。
黒煙を上げ、男は悲鳴もなく地に倒れ伏した。
焦げた匂いが漂う中、クリスがゆっくりと歩み寄ってくる。
その顔には、場違いなほど穏やかな笑みが浮かんでいた。
クリス:「一緒に行こう」
そう言って、クリスはシャルクスの肩に手を置いた。
その温もりが、背中を押す。
シャルクス:「……すまない、クリス」
二人は視線を交わした。
そして――同時に地を蹴る。
目指すは、ガスパーの屋敷。
すべての決着が待つ場所へ。




