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食えない奴らの黄金争奪戦 〜アーポット亭の黄金〜凄腕の冒険者たちが営む宿屋に眠る伝説の黄金  作者: 春夏かなた
第6章 悪党に前では輝かない黄金

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第4話 届かなかった刃

漆黒の刃が、一直線にガスパーへ振り下ろされる。


その瞬間――。


空気が、裂けた。


目に見えない何かに引きちぎられたように、ガスパーの上半身がぐにゃりと歪む。


骨が軋み、肉が盛り上がり、皮膚の下で何かが蠢いた。


シャルクス:「っ……!」


刃が届く、その寸前。


そこに立っていたのは、もはやガスパーではなかった。


身体の半分だけが異形へと変貌した存在。


片側だけが、メディルへと変じた怪物だった。


メディル:「サプラ~イズ」


にたり、と口元が歪む。


落下する漆黒の刃を紙一重でかわしながら、メディルはすっと右手を伸ばした。


白かった指先が、見る間に黒く染まっていく。


硬質な光沢を帯びた爪が、音もなく伸びる。


まるで、闇そのものを削り出した刃だった。


シャルクス:「ぐっ……!」


閃光のような一撃。


鋭い痛みが、右腕を裂いた。


赤い飛沫が宙に散る。


シャルクスは踏ん張りきれず、地面へ片膝をついた。


握りしめた腕が、ぶるりと震える。


カミーア:「シャル!」


叫びが響く。


カミーアが駆け出す。


その隣で、セドウィックもすぐさま杖を構えた。


セドウィック:《癒しの精霊よ……頼む!》


詠唱と同時に、彼の掌から淡い光が溢れ出す。


優しい燐光がシャルクスの傷口へ吸い込まれ、裂けた皮膚を包み込んだ。


ワッツ:「届かなかったな。おめぇの刃」


冷やかすような足取りで、ワッツが歩み寄ってくる。


カミーアはぎり、と奥歯を噛みしめた。


その視線が、鋭くワッツを射抜く。


――そのとき。


ぐにゃり。


耳障りな音が響いた。


骨が逆方向へ折れ曲がるような、不快な軋み。


カミーアは咄嗟に振り返る。


メディルの半身が、再び歪んでいた。


肉が波打つ。


皮膚が溶けるように色を失う。


黒かった髪が、ゆっくりと銀へ染まっていく。


形が、整っていく。


そして――。


そこに立っていたのは、穏やかな微笑を浮かべる銀髪の老婦人だった。


セドウィック:「リリィナ……」


名を呼んだだけで、セドウィックの声は掠れていた。


その瞬間。


空気が、凍りつく。


セドウィックは信じたくないものを前にしたように、唇を震わせた。


セドウィック:「裏で糸を引いていたのは……お前だったのか」


銀髪の老婦人――リリィナは、答えない。


怒りもない。


動揺もない。


愉悦さえない。


ただ、鋭利な刃のような眼差しだけを、静かに返していた。


その沈黙が、かえって背筋を冷やす。


レックス:「むっ」


レックスが小さく唸った。


次の瞬間。


ガシャ、ガシャリ――。


重厚な金属音が、屋敷の奥から響き渡る。


赤い甲冑に身を包んだ衛兵たちが、次々と姿を現した。


規律正しく、隙なく、こちらとの間合いを詰めてくる。


逃げ道を削るように。


円を描くように。


じわじわと、包囲が狭まっていく。


レックス:「囲まれたな」


だが、その声に乱れはなかった。


ただ目の前の状況を、静かに見ている。


リリィナ:「私の望みは――」


凛と澄んだ声が、冷えきった空間に落ちた。


リリィナ:「アルジェリカの末裔を、未来永劫、滅ぼすこと」


ゆっくりと、視線が向けられる。


その先にいるのは、ただ一人。


カミーアだった。


カミーア:「……っ」


背筋を氷の指でなぞられたような感覚が走る。


カミーアは無意識に、一歩後ずさった。


リリィナ:「黄金なんぞ、石ころでも構わぬ」


淡々と、リリィナは言い放つ。


セドウィック:「違うだろう!」


叫びが広間に響いた。


セドウィック:「あんたはただ……独占したいだけなんだ。バルデンのすべてを」


沈黙。


リリィナは、ゆっくりと瞳を閉じた。


長い睫毛が影を落とす。


ほんのわずか。


その指先が、震えた。


ガザッ――。


乾いた音が響く。


誰かが、砂を踏み潰した音だった。


リリィナの瞳が、ゆっくりと開く。


その視線の先。


レックスたちはすでに武器を構え、傷を負ったシャルクスを中心に円陣を組んでいた。


誰一人、背を向けてはいない。


リリィナ:「あなた方に止められますか。この悪しき因縁を」


氷の刃のような声音。


まっすぐに放たれた視線が、レックスを射抜く。


レックス:「俺は宿屋の親父だ」


肩の力を抜いたまま、レックスは剣を握り直した。


レックス:「人を止めるのが、仕事だよ」


口元に、不敵な笑みが浮かぶ。


包囲は完成していた。


赤い甲冑がずらりと並ぶ。


槍先が、剣先が、こちらへ向けられる。


それでも。


誰も、退かない。


リリィナ:「……始末しなさい、ワッツ」


淡々とした命令だった。


それだけ告げると、リリィナは踵を返す。


裾が静かに揺れ、屋敷の玄関扉へ向かって歩き出した。


振り返らない。


迷いも、未練もない背中だった。


ワッツはその背中を一瞥し、ゆっくりと口の端を吊り上げる。


ワッツ:「やれ、野郎ども」


その声が落ちた瞬間――。


ガシャァァン!!


赤い甲冑の衛兵たちが、一斉に踏み込んだ。


金属がぶつかり合う轟音が、波のように押し寄せる。


床を蹴る音。


槍が閃く。


剣が唸る。


殺到する鉄の奔流。


その先頭へ、レックスが一歩踏み出した。


レックス:「――宿代は、高くつくぞ」


不敵に笑い、剣を振り上げる。


次の瞬間。


広間は、戦場へと変わった。

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