第3話 悪党の前では輝かない黄金
ガスパー:「悪党の前では輝かない黄金……だと?」
ガスパーの眉間に、深い皺が刻まれた。
セドウィック:「ああ。この鉱物はね、特定の魔力を当てることで“黄金”へと変わる」
セドウィックはレックスから鉱物を受け取ると、右の掌にそっと乗せた。
セドウィック:「見せてやるよ」
次の瞬間。
セドウィック:「――はあああっ!」
気合とともに、掌の上に眩い光球が生まれた。
純白の光が渦を巻き、鉱物を包み込む。
広間の空気が震えた。
肌を刺すような魔力が、石壁を、床を、そこに立つ者たちの身体を撫でていく。
ガスパー:「お、おおっ……!」
光の中で、くすんだ鉱石が変わっていく。
灰色だった表面が、薄皮を剥がされるように剥がれ落ち、その奥からまばゆい黄金色が溢れ出した。
やがて、光が弾けるように消える。
セドウィックの掌に残っていたのは――誰が見ても本物と疑わない、重厚な黄金の塊だった。
ガスパー:「……こんな鉱物、見たこともないぞ」
喉の奥から絞り出すような声だった。
視線は黄金に釘付けになっている。
セドウィックは、その目を気にも留めず、黄金の塊をひょいと放り上げた。
ずしり。
重みのある音を立てて、黄金が再び掌へ戻る。
セドウィック:「バルデンは、黄金の鉱脈を見つけたわけじゃない」
一拍置く。
セドウィック:「――この魔力で“作った”のさ」
ガスパー:「……なんじゃと?」
広間から、音が消えた。
誰もが言葉を失い、セドウィックの掌にある黄金を見つめる。
セドウィック:「この魔力はね。魔族が“欲に駆られた人間”を生み出すために、バルデンへ与えた力だ」
その言葉が、冷たい石床へ落ちた。
誰もすぐには口を開けなかった。
セドウィック:「バルデンはうまく立ち回って利用した……と言いたいところだけど」
セドウィックは肩をすくめ、苦笑する。
セドウィック:「利用された、と言うべきかもしれないね」
カミーア:「……じゃあ」
カミーアは黄金を見つめたまま、小さく呟いた。
カミーア:「この黄金は、最初から呪われていたってことか」
セドウィック:「ああ」
セドウィックは静かに頷く。
セドウィック:「だからこそ、バルデンは誰にもこの魔力を継がせなかった」
カミーア:「え……でも」
カミーアが顔を上げる。
カミーア:「今、セドウィックさんが黄金に変えたじゃないですか」
セドウィックの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
セドウィック:「あれは、バルデンの魔力じゃない」
そう言って、彼は足元を軽く叩いた。
セドウィック:「アーポット亭にかかっている魔力だよ」
シャルクス:「……アーポット亭に?」
シャルクスが眉を上げる。
その横で、クリスが一歩前に出た。
クリス:「アーポット亭には、回復や能力強化の魔法が常時かかっているんです」
穏やかな声だった。
クリス:「だから“冒険者の宿屋”なんですよ」
シャルクス:「……なるほど」
シャルクスは頷きながら、ちらりとクリスへ視線を送った。
その手首で、鉄の手錠がじゃらりと鳴る。
クリスも、手錠へ視線を落とし、小さく頷いた。
セドウィック:「その魔力で、この鉱物が“黄金に変わるよう”に作り変えたんだ。長い年月をかけて、ゆっくりとね」
あまりにもさらりとした口ぶりだった。
だが、その言葉の中身は、とても気軽に聞き流せるものではない。
レックス:「いや、絶対よく分からないだろ、それ」
すかさず、横からレックスの声が飛んだ。
レックス:「俺もさっぱりだ」
身も蓋もない一言に、張り詰めていた空気がわずかに揺れる。
だが、次の瞬間。
レックスの顔から、冗談めいた色が消えた。
レックス:「とにかくな」
レックスはまっすぐガスパーを見据える。
レックス:「この黄金は、もう“アーポット亭の黄金”なんだ」
一歩、前へ出る。
レックス:「呪われた黄金なんかじゃない」
その言葉に応えるように。
セドウィックの掌に宿っていた光球が、ふっと輝きを失った。
同時に、眩い黄金がみるみる色を失っていく。
黄金色は剥がれ落ち、黒ずんだ鉱物へ戻っていった。
鈍い音を立てて、石のような塊が掌に転がる。
セドウィック:「アーポットの魔力を扱える者にしか、この鉱物は黄金にならない」
セドウィックは指先をひらひらと振った。
セドウィック:「扱えるのは……指で数えられる程度さ」
――俺がいなければ、使い物になりませんから。
かつて聞いた捨て台詞が、ガスパーの脳裏に蘇る。
ガスパー:「……なるほど」
ぎり、と歯が鳴った。
ガスパー:「それは確かに、使い物にはならんな」
低く落ちた声には、憎悪が滲んでいた。
レックス:「その黄金は、もう悪党の前では輝かない」
レックスが、さらに一歩踏み出す。
レックス:「未来を目指す者を照らす光だ!」
その叫びと同時――
クリス:「《雷よ》!」
澄み切った詠唱が、広間を鋭く裂いた。
次の瞬間。
蒼白の雷光が一直線に駆ける。
その先にいたのは――すでに地を蹴っていたシャルクス。
ガスパーへ向かって疾走する、その腕だった。
ガシャンッ!!
雷が、寸分違わず手錠を撃ち抜く。
火花が爆ぜた。
砕けた鉄片が宙へ舞い、鎖が音を立てて弾け飛ぶ。
焼けつくような痺れが、シャルクスの腕を駆け抜けた。
だが、足は止まらない。
シャルクス:「……っ!」
自由になった右手を、振り上げる。
シャルクス:《闇の剣よ》
低く、力強い詠唱。
その瞬間、空間が歪んだ。
黒い霧がシャルクスの掌へ集まっていく。
渦を巻き、凝縮し、一本の形を成す。
生まれたのは――光を呑み込む、漆黒の刃。
柄を握った瞬間、どくん、と脈打つような感触が手の中に伝わった。
シャルクスは一気に間合いを詰める。
ガスパーの目が見開かれた。
シャルクス:「――そりゃあああっ!!」
裂帛の気合とともに、漆黒の剣を大きく振りかぶる。
そして。
一直線に――振り下ろした。




