第2話 ガスパー、見参
片手で、今しがた投げつけたばかりの剣闘士の剣を指している。
シャルクス:「ワッツ! ガスパーは――」
その隙を逃さず、シャルクスは全身をひねった。
手首を掴んでいた衛兵の腕を強引に振りほどき、一歩、前へ出る。
ワッツ:「来るよ」
短く、それだけ言って。
ワッツは静かに振り返った。
視線の先は、開け放たれた屋敷の玄関。
重たい影の奥から、ひとりの男がゆっくりと姿を現す。
でっぷりと肥えた体。
高価な衣服に包まれた腹が、歩くたびに揺れる。
だが、その目だけは違っていた。
脂ぎった顔に似合わぬほど、冷たく、淀んだ光を宿している。
シャルクス:「……ガスパー」
喉の奥から、その名が漏れた。
ガスパー・ラッズ。
かつてファーミスト領を治めていたラスパル家を潰し、その地位を奪い取った男。
ガスパーは、ちらりとシャルクスを見た。
ほんの一瞬だけ。
そして、鼻で笑う。
ガスパー:「なんだ……ラスパルの生き残りか」
退屈そうな声だった。
その一言で、シャルクスの内側に火がついた。
拳が震える。
嵌められた手錠の鎖が、かすかに鳴った。
陽光に白く照らされた屋敷の前で――
ついに、因縁の相手が姿を現した。
ガスパー:「……まさか、これがお前の言っていた“面白いもの”か?」
大きなあくびをし、目尻に涙をにじませながら、ガスパーはのっそりと玄関をくぐる。
歩みは遅い。
靴音もだらしなく、石畳を引きずるように響いた。
外へ出ることすら面倒だと言わんばかりの態度だった。
シャルクス:「……これが、だと?」
ガスパーを睨みつけるシャルクスの目が、さらに鋭くなる。
拳の震えが強くなった。
カチャリ、と鎖が鳴る。
しかし、当のガスパーはそれに気づいていないのか。
あるいは、気づいたうえで無視しているのか。
羽虫でも見るような目でシャルクスを一瞥すると、すぐに興味を失ったように視線を外した。
ワッツ:「そいつじゃねぇ」
低い声が落ちた。
ワッツが前へ出る。
幌馬車に突き刺さっていた巨大な剣闘士の剣を、片手で軽々と引き抜いた。
木片が、ぱらぱらと石畳に落ちる。
そのままワッツは荷台へ足をかけ、中へ踏み込んだ。
しばらくして――
荷台の中で何かを探る音が止まる。
再び姿を現したワッツの手には、鈍く黒光りする鉱物が握られていた。
陽光を浴びても、黄金の輝きはどこにもない。
ただの鉄くず。
そう言われても、誰も疑わないような塊だった。
ガスパー:「なんだ、それは」
ガスパーの声が低くなる。
あからさまに不機嫌な声だった。
シャルクスも目を凝らす。
シャルクス:(……なんだ、あれは)
違う。
明らかに違う。
自分が積み込んだ黄金とは、色も、質感も、何もかもが違っていた。
ワッツはその塊を、片手で軽く持ち上げる。
ワッツ:「こいつらが持ってきた黄金さ」
意味ありげに笑い、わざとらしく言葉を区切った。
ガスパー:「なんだとっ!!」
ガスパーの顔が、一瞬で紅潮する。
シャルクス:「バカな……」
かすれた声が漏れた。
あり得ない。
積み込んだ時は、間違いなく黄金だった。
ロイドス:「ほら、やっぱりだ」
ロイドスだけが、嬉しそうに声を弾ませた。
ロイドス:「石っころを掴ませようとしたんですね」
勝ち誇った笑み。
だが――
シャルクス:「違う」
鋭い声が、それを断ち切った。
シャルクスの視線が、まっすぐロイドスを射抜く。
ロイドス:「うっ……」
ロイドスが思わず一歩退いた。
ガスパー:「ふん。くだらん物を見せおって」
ガスパーは鼻を鳴らし、興味をなくしたように背を向ける。
豪奢な衣を揺らし、そのまま屋敷へ戻ろうとした。
シャルクス:「待て……!」
シャルクスが一歩踏み出す。
ガスパーの背中を追おうとした、その瞬間――
ワッツ:「そうとも限らねぇぜ」
低く、余裕を含んだ声が響いた。
ワッツだった。
これまで静かに成り行きを見ていた男が、ようやく動く。
手の中の鉱物を、ひょいと放り上げた。
――カン。
乾いた音が鳴る。
ただの鉄くずにしては、妙に重く、硬い響きだった。
ガスパーの足が止まる。
ガスパー:「……どういう意味だ」
振り返った声には、苛立ちが混じっていた。
ワッツは口の端を吊り上げる。
ワッツ:「これが、バルデンの残した黄金ってわけだ」
ガスパー:「なんだと?」
ガスパーの眉が、ぴくりと動いた。
その時だった。
レックス:「その通りだ」
澄んだ声が、正門の方から響いた。
全員が一斉に振り返る。
陽光を背に、五つの影が屋敷へ向かって歩いてきていた。
レックス。
カミーア。
クリス。
リーア。
セドウィック。
五人は、まるで散歩でもしてきたかのような足取りで、堂々と屋敷の前へ進んでくる。
レックス:「そいつは、正真正銘、本物の黄金だよ」
静かに告げると、五人は幌馬車の前で足を止めた。
シャルクス:「遅かったな。アーポット」
シャルクスがぼやく。
レックス:「そこのでっかい門の前で手こずってね」
レックスは肩をすくめた。
ワッツ:「うそつけ」
ワッツは鼻で笑い、手の中の鉱物をレックスへ放る。
無造作な投げ方だった。
だが、レックスはそれを片手であっさり受け止める。
ガスパーが目を細めた。
ガスパー:「アーポットか……説明してもらおうじゃないか。そいつのどこが黄金なんじゃ」
苛立ちと疑念の混じった声だった。
レックス:「んー。そうだな」
レックスは、手の中の金属塊を軽く持ち上げる。
鈍い色。
輝きなど、どこにもない。
だが――
レックスは、不敵に笑った。
レックス:「こいつは特別でね」
その目が、ガスパーをまっすぐ射抜く。
レックス:「悪党の前では輝かない黄金なんだ」




