第4話 月下の元に集いし者たち
ザッ……ザッ……。
湿った土の匂いが、夜の森に濃く漂っていた。
頼りない月明かりが木々の隙間からこぼれ、足元にまだらな影を落としている。その影を縫うようにして、シャルクスは音もなく森の中を駆け抜けていた。
背後には――確かな気配。
追ってきている。
シャルクス:(……ここまで来れば、ひとまず大丈夫か)
胸の内でそう呟き、彼はようやく足を止めた。
軽く息を整える。
それから、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは――予想通りの顔だった。
シャルクス:「相変わらず足が速いな。追いつかれるかと思って、ヒヤヒヤしたぜ?」
月明かりに照らされたその顔を見て、シャルクスはわずかに目を細めた。
懐かしさ。
そして、どこか安堵にも似たものが、その表情に浮かぶ。
カミーア:「あんたも相変わらずだね。そのキザっぽいところ」
返ってきた声は、ひどく冷ややかだった。
カミーア・プラント。
かつて、同じ盗賊団に身を置いていた仲間。
そして――シャルクスが密かに想いを寄せていた女だった。
シャルクス:「そこが俺の良さだろ?」
カミーア:「ほんとムカつく」
ぴしゃりと斬り捨てられる。
シャルクスは困ったように笑い、後頭部をかいた。
シャルクス:(……こりゃ、まだ怒ってるな)
カミーアの瞳は冷たい。
だが、その奥にはほんのかすかに、寂しさのような色が揺れている。
カミーア:「そんなことより」
彼女が一歩、前に出た。
カミーア:「あんた、あの商館で何してたんだい?」
淡々とした問いだった。
けれど、その声を聞いた瞬間、シャルクスの表情がわずかに曇る。
シャルクス:「……俺はもう一味じゃない。何をしようと、俺の勝手だろ」
その言葉に――
カミーアの肩が、ほんの一瞬だけ落ちた。
けれど次の瞬間には、彼女はもういつもの冷たい顔に戻っていた。
カミーア:「そうだねぇ」
皮肉げに、口元を歪める。
カミーア:「あたいとあんたの間には、何もなかったしね」
シャルクス:(……さすがに、まずかったか)
気まずそうに、シャルクスは視線を逸らした。
シャルクス:「……そうは言ってないだろ」
その時だった。
木陰の奥から――
ザッ、と枯れ葉を踏む音がした。
二つの影が、ゆっくりと姿を現す。
ブルトス:「一味にいたって言ってもよ……半年くらいしかいなかっただろ、お前」
低く、ぼそりと呟いたのはブルトスだった。
無精髭を生やし、不機嫌そうな顔をした男だ。
ジャン:「そうそう」
隣でジャンが肩をすくめ、軽薄な笑みを浮かべる。
ジャン:「むしろ、なんかある方がおかしいですぜ」
場の空気が、じっとりと湿り気を帯びる。
カミーア:「……うるさい」
カミーアが鋭く睨みつけた。
だが、その視線を受けても、二人は顔を見合わせるだけだった。
そして、にやにやと笑う。
シャルクス:「なんだ」
シャルクスは小さく肩をすくめた。
シャルクス:「お前らもいたのか」
そこで一度、言葉を切る。
そして――ぽつりと、小さく付け加えた。
シャルクス:「……ちょっと残念だな」
その一言に、カミーアの眉がぴくりと動いた。
シャルクス:「それで、そっちこそ――あそこで何してたんだ?」
何気ない問いのようでいて、その声には探るような響きがあった。
その瞬間――
カミーアたちは、ほんの一瞬だけ沈黙した。
湿った森の中を、夜風が静かに吹き抜けていく。
三人は互いにちらりと視線を交わした。
言うべきか。
言わざるべきか。
そんな短い駆け引きのあと、カミーアが小さく息を吐いた。
カミーア:「……あたいらの狙いは、バルデンの黄金さ」
その言葉に――
シャルクス:「……なに?」
ぴくり、とシャルクスの眉が動いた。
次の瞬間、彼の表情から軽さが消える。
それまで口元に浮かんでいた余裕の笑みは消え、瞳に鋭い警戒の色が宿った。
ジャン:「頭の命令で、あの商館を探れって言われたんすよ」
そんな空気を読んでいるのか、いないのか。
ジャンは調子よく肩をすくめ、手を揉みながらにやりと笑った。
ジャン:「何か見つけませんでしたか? シャルクスさん」
だが、シャルクスは笑わなかった。
シャルクス:「……ワッツの命令か?」
低く、押し殺した声だった。
その名を口にした途端、シャルクスの顔つきがさらに険しくなる。
ワッツ・バンプス。
盗賊団の元若頭。
そして――シャルクスにとっては、かつて兄貴分のような存在だった男だ。
カミーア:「ワッツはね」
カミーアは、吐き捨てるように肩をすくめた。
カミーア:「最初っから、それが狙いでウチに入ったのさ」
その声には、隠しきれない嫌悪が滲んでいた。
シャルクス:「なんだって……本当か?」
思わず、シャルクスの目が見開かれる。
カミーアは静かに頷いた。
迷いはなかった。
シャルクス:「あいつは……」
シャルクスは眉根を寄せた。
シャルクス:「金品よりも、暴力の方が好きそうな男だったけどな」
信じられない。
そんな思いが、その声には滲んでいた。
カミーア:「クライアントがいたのさ」
短く、カミーアが答える。
シャルクス:「クライアント?」
シャルクスは目を細めた。
シャルクス:「誰だ、そいつは」
その瞬間――
ブルトス:「おっと」
横から、ブルトスが口を挟んだ。
無精髭に覆われた口元が、にやりと歪む。
ブルトス:「そこまで知りてえならよ」
腕を組み、じろりとシャルクスを見据える。
ブルトス:「お前も、あそこで何してたか吐きな」
そして、試すように笑った。
ブルトス:「それが駆け引きってもんだろ?」
その言葉に、シャルクスはふっと苦笑した。
シャルクス:「……そうだな」
軽く肩をすくめる。
まるで観念したように。
けれど、その目だけは少しも笑っていなかった。
シャルクス:「俺の狙いも、お前らと同じだよ」
一拍。
夜の森が、静かに息を潜める。
そして、シャルクスは告げた。
シャルクス:「バルデンの黄金さ」




