第3話 回想:始まりここから
薄暗い部屋の奥。
揺れる灯りの下で、年老いた男とエルフの賢者が、静かに向かい合って座っていた。
男の名は――バルデン・ローガス。
かつて世界中を渡り歩き、いくつもの伝説を打ち立てた大冒険者である。
だが、今そこにいるのは、栄光に包まれた英雄ではなかった。
背はわずかに丸まり、肩まで伸びた白髪が、かすかな風に揺れている。
かつて剣を振るい、幾多の魔物を斬り伏せてきた腕も、今では見る影もなく痩せ細っていた。
バルデン:「黄金の鉱脈、か……」
ぽつりと、老人は呟いた。
その目は、向かいに座るエルフの賢者を見てはいない。
もっと遠く――もう二度と戻らない、遥かな過去を見つめていた。
バルデンは、貧しい家に生まれた。
誰かに守られたことなどない。
誰かに手を引かれたこともない。
それでも彼は、たった一人で剣を握り、道を切り開いた。
富を手に入れ、名を上げ、やがて世界にその名を知られる冒険者となった。
だからこそ、世間は彼をこう呼んだ。
――成り上がり者。
蔑みと嫉妬の混じったその言葉を、バルデンは幾度となく浴びせられてきた。
だが、不思議と腹は立たなかった。
なぜなら――彼には仲間がいたからだ。
命を預け合い、背中を守り合い、剣を並べて死地を越えた仲間たち。
危険な冒険の果てに手に入れた黄金を分け合い、安酒を片手に夜が明けるまで笑い合った日々。
あの時間だけは、本物だった。
今でも、その記憶だけは、老いた胸の奥を静かに温めてくれる。
だが――。
故郷へ戻ったとき、彼を待っていたものは、まるで別のものだった。
黄金の匂いを嗅ぎつけ、どこからともなく群がってきた親族たち。
血のつながりを盾にしながら、その目だけは遺産を数えている。
まるで、獲物に群がるハイエナだった。
そして、それだけではない。
かつて友情を誓い合ったはずの友人たちもまた、いつの間にか金に取り憑かれていた。
笑顔は作り物になり、言葉には値札がつき、差し出される手の奥には、必ず別の欲が透けて見えた。
バルデン:「仲間、か……」
低く、乾いた声が落ちる。
その皺だらけの顔に、深い影が差した。
富は、人を変える。
友情を裂き、信頼を腐らせ、時には家族さえも別のものに変えてしまう。
バルデン・ローガスの人生は、栄光だけで彩られていたわけではない。
勝利の隣には、いつも裏切りがあった。
黄金の輝きの裏には、必ず誰かの醜い欲望が張りついていた。
向かいに座るエルフの賢者は、何も言わなかった。
ただ静かに目を閉じ、老人の独白に耳を傾けている。
部屋に沈黙が満ちる。
その沈黙は、どんな慰めの言葉よりも重く、どんな問いかけよりも深く――
バルデンという男が歩んできた長い年月と、その胸に刻まれた傷を物語っていた。
やがて、バルデンはかすかに唇を動かした。
バルデン:「……アルジェリカ」
その名が、静かな部屋に落ちる。
途端に、空気がわずかに張りつめた。
灯りの揺れる音さえ聞こえてきそうなほど、深い静寂。
しばらくの沈黙のあと、バルデンは目を伏せた。
バルデン:「すまなかった」
それは、誰に聞かせるための言葉でもなかった。
過去に置き去りにした誰かへ向けた、老いた冒険者のかすかな独白だった。
そのとき。
トン、トン。
扉を叩く音が、静寂を破った。
バルデンはゆっくりと顔を上げる。
バルデン:「……入りなさい」
老いた声は低く、静かだった。
だがその響きには、かつて数多の死地を越えてきた者だけが持つ重みがあった。
ギィ……。
扉が軋みを立てて開く。
その向こうに立っていたのは――
二人の若者だった。




